第3章 公爵邸の大掃除(公爵の死より1日~10日)

第12話 公爵邸の新体制

 葬儀の翌日の午後、邸内の使用人がすべて、客を迎えるための大食堂に集い、顧問弁護士ラルワ氏に向かい合って座っている。


 使用人すべてとなると相当な人数となる。

 よって、一同が座って話を聞けるところということで、臨時に大勢の来客のための食堂が使われていた。


 こうして全員が集まると壮観だな、と、アンジュは思った。


 公爵や令嬢セシルの身の回りの世話をする侍女や侍従たち。

 メイドやボーイなど屋敷内の雑用をこなす者たち。

 厨房で働く料理人。

 庭園の手入れをする庭師。

 馬車の管理をする御者

 そして、執事や家令など、家全体を取り仕切る者たち。


 セシルをはじめとする子供たちは今、ヴォルターの妻マリアが邸内の別のところで面倒を見ている。

 これだけ大所帯となると、家族ぐるみで公爵邸に仕えている家もある。

 職場結婚もよくあり、そこで生まれた幼い子供たちを、親が仕事中に面倒を見る保育士的な仕事をしているのがマリアである。


 それから公爵家独自に騎士団があるが、彼らはいつも通り邸内の警護と訓練。

 団長だけがこの場に出席している。


 さらに主治医のコペトン。


 なぜか、警察関係者も数名同席。


 そして、招かれざる客。 

 亡くなったマールベロー公爵とほぼ同年代で彼の母方の義理の従弟に当たる男。

 インシディウス侯爵である。

 公爵の遺言では、この時点ですでにマールベロー公爵家の乗っ取りを画策していて、養子に入った息子のユリウスはセシルを罠にかけた王太子一派に属していた。


 油断のならない人物の同席にアンジュは顔をしかめた。


 昨日の今日で公爵邸を訪れ、使用人の集まりがあると知ると、自分も立ち会いたい、と、言ってきたという。


 それを言われると、断る理由もないので、仕方なくヴォルターは同席を許した。


 おおかたデローテあたりから情報を得たのか、あわよくば、使用人たちの新体制発足の場に居合わせ、うまく内部に食い込んで仕切る立ち位置でも得たいのだろう。


「えー、今後いかにしてマールベロー家と嫡女セシル様を盛り立てていくかについて、亡き公爵閣下がその旨を記した書面を私に託されました」


 そう告げるとラルワ氏は軽く咳ばらいをし、そしてさらに続ける。


「なお、相続とセシル様のご結婚に関しては十日後、この屋敷外の関係者もそろった席で公爵閣下の遺言を公表する予定です。本日はあくまで屋敷内の皆様の労働環境と待遇についてのお話となります」


 自分たちの待遇についてと言われ、使用人たちはざわついた。


「まず、財務管理、使用人の統括を行う家令には、新たにアーネスト・ヴォルターを任じる、彼の補佐役は、ご自身やカニング氏の下にいた者から選んで仕事を振り分けていってほしい、と、書いておられます」


「かしこまりました。皆様、引き続きよろしくお願いいたします」


 ヴォルターは恭しく頭を下げ、その場にいた使用人たちに挨拶をした。


 インシディウス侯爵はその様子に不愉快そうな表情を隠すことができないでいた。


 元家令のカニングは扱いやすい男だった。

 マールベロー公爵に投資話を持っていく場合も事前にカニングに話を通せば、それとなくその分野で大きな利益があげられるのを、さも巷で聞いた噂話のように主人に話してくれた。

 その労力に対してはいくばくかの『お礼』をさせてもらっていたが、それでもおつりがくることだったので、侯爵はかまわなかった。


 九歳の少女が家長となれば、ますますカニングを使いながら公爵家の財を吸い上げることができると思ったのに。

 不意打ちのような家令交代に公爵は苦々しい思いを抱いていた。


「メイド長、料理長、さらに庭園や馬車の管理についてはこれまで通りの者たちで引き続き業務に当たってほしいとのことです」


 メイソンたち、屋敷内の縁の下の力持ち的使用人は、特に大きな変化はなく、これまで通り働き続けられることに安堵した。


「最後に、セシルお嬢様にお仕えする侍女をまとめる者ですが、こちらはカミラ・デローテからアンジュ・ジェラルディに交代、と、書いておられます」


「なんですって!」


 顧問弁護士の言葉にデローテは反応し、立ち上がった。


「どういうことですか? なぜ私が侍女長から降ろされて、その代わりにアンジュさんが?」


「さあ、理由は記されていないのですが、とにかく公爵閣下がそう書き残されていますので……」


 弁護士のラロワはそう歯切れが悪く説明した。


「ずいぶんとお若い方のようですが、務まりますのかな?」


 インシディウス侯爵が心配をしているようなそぶりで皮肉を言った。


 わかりやすい方たちだ、と、アンジュやヴォルターは思った。


「突然の抜擢で驚いておりますが、精いっぱい務めさせていただきます」


 アンジュは何も知らない年相応のうぶな小娘のように、緊張した雰囲気を醸し出し言った。


 もし昨夜の遺言状を読まなければ、彼女自身もこの『突然の抜擢』にうろたえてしまったかもしれない。

 しかし、読んだうえで判断するなら、マールベロー家よりインシディウス家の利益を優先し、場合によってはセシルを害することもいとわないデローテを侍女長の座から降ろすのは当然である。


「そうはいうけど、侍女長って何をするのかわかっているのかしら? アンジュさんは侍女と言っても私たちとは仕事内容が違いますでしょ。お嬢様の家庭教師も務めてらっしゃるから、ご自分のお勉強も必要ですし……」


 デローテがアンジュに苦言を呈した。


「ほほう、ガヴァネスも務めてらっしゃるのですか。それで侍女のまとめ役もとは、十代のお嬢さんには少し荷が重いのではないですかな?」


 インシディウス侯爵も続けて親切ごかしの言葉を口にした。


「はい、業務内容などは改めてデローテさんに教わらねばなりませんし、引き続きご協力お願い申し上げます」


「しかしですなあ……」


 こりもせず侯爵は口を挟もうとした。


「つまり、侯爵殿は旦那様の眼力に問題があるとおっしゃりたいのですかな?」


 新たに家令となったヴォルターがけん制し、侯爵は言葉につまった。


「でも、私はまだ若輩者ですので、侯爵様のご心配も当然ですわ」


 ヴォルターににらまれた侯爵を擁護するかのように、アンジュが理解と謙遜の言葉を述べた。


「そ、そうなのです……。侍女長と言えばセシル嬢にもっとも近い立場にある者。親戚であり友人でもあった彼の忘れ形見に何かあってはと思いましてな……」


「そうですわね。ご不安なのはわかります。それでしたら、この場を借りて、まず、セシル様に害をなした者たちをつまびらかにし、しかるべき処罰を与えることといたしましょう」

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