第81話 【高速建築】布団の姉

 行くときは魔導車と山積みの木材に机椅子だけだった拠点予定地は戻った時にはすっかり様子を変えていた。


 ローズの勧めで作り始めた桟橋は小さな小屋や木製の生け簀の併設された立派なものになっていて、少し前まではただの泉だったとは思えない。


 何より目を引くのはおねえちゃんが低い木を切り払った中心部で、丸太と木材を組み合わせ魔導車が中に入れそうなほどの巨大な屋根が作られていた。どうやらアルテは屋根裏にいるらしく、そこから木を木で叩く乾いた音が鳴り響いている。


 立木を利用した柱には縄が垂らされていて、屋根裏空間への入り口らしい。


「アルテ凄いね~! もうお家を作ったの~?」

「高レベル者が凄いのは常識だけど、目を疑うわね」

「ああ、もうこれは……家だな」


 俺達の話声に気が付いたらしい楽天エルフは、木枠だけの窓からにんまりした顔を出して手を振っている。その様子に昨日まで徹夜ダッシュしていた疲れは見られない。


「ちょっと興が乗ってね! 車庫兼休憩所を作っちゃったよ!」


 興が乗っただけでそんなものを作ってしまうとは、とんでもない奴だ。


 木組みだけで作ったらしい壁には隙間もあるが、後から何かで塞げば十分だろう。柱はどうやったのかは不明だが深く岩に突き刺されていて、触るとがっしりしている。


 せっかく作った縄の入り口は使わず木枠から飛び降りてくるアルテ。


「この短時間で凄いな」

「このくらいで驚いてもらっては困るな~! エルフの集落と同じく付け外しも自由自在! 簡単に移動できるぞ!」


 俺の感想を聞いた楽天エルフは自慢げに車庫の横壁を掴みひょいと取り外し、別の所に付け替えてしまった。俺が押してみてもビクともしないので何らかのコツがあるんだろう。


 エルフの集落でも柱付きの移動可能なテント風住居に、こういった木製の壁を付け替えて家を簡単に増築していた。


 モンスター湧き出るダンジョン内で住むための知恵だ。


 危険な敵が迫った時や火事が起きた時に、無事な部分だけ別の場所で簡単に再建できる。ここは森で木が多いためにアルテの故郷と同じ方法で家が作れるらしい。


 偵察だけの予定が良さそうな収穫物を見つけた上に一日で拠点まで建ててしまった。この調子で複数あるらしいダンジョンを魔改造できれば、案外簡単に開拓が出来てしまいそうだ。


 そんな事を考えていたのが表情に出ていたのか、腕を組んだローズに注意される。


「最初だから特に開拓しやすい場所を選んだのよ。他の場所は危険が多いわ」

「そういう事だったのか」


 俺の安易な考えとは違って、今後はこんな簡単にはいかないみたいだ。


「他ってどんな場所なの~?」

「砂漠に沼地、火山と密林ね。多彩な環境のダンジョンが一まとめになっているわ。もしも、ブレイクするなら私たちみたいに耐環境であるドラゴン装備を身に纏わないと不可能ね」

 おねえちゃんの質問に嬉しそうに答えるローズ。ローズは説明するのが好きなので近くに居ると色々な知識が増えてありがたい。今回わかったローズのエラースキルも説明が好きとかそんな効果だと思っていたほどだ。


 俺とアルテの羽織っている豪華なマントや、おねえちゃんのワンピースにローズのコートはドラゴン装備なのだ。ドラゴン装備の耐環境というのは強力で、服装に明らかな隙間があるのに例えば雪の中でも全然寒くない。


 快適すぎて普段から装備しているほどだ。


 本当は滅多に出ないレア装備を俺のスキルによって予備まで揃えてある。


 イノシシの時みたいにレアドロップだけが出るし、デメリットさえなければ素晴らしいスキルだ。あの被り物、よっぽどの良い効果でも被る気にはならないが……!


 #####


「クロ、狭いからもう少し奥に詰めて」

「わかった」 


 開拓の一日目が終わり魔導車に固定されたベッドの上で、薄着になった俺と赤いネグリジェのローズは手を握り合い一緒に眠ろうとしている。


 こんなことをしているが俺達は恋人でも何でもない。


 恋人でもないのに何故手を繋いで同じベッドで眠ろうとしているのかといえば、エラースキルの持つ危険なデメリットが理由だ。


 俺達はナンバーという共通した名前のエラースキルを持っている。


 俺はナンバー20で、ローズはナンバー2だ。


 俺達のスキルには共通するデメリットがあり、それは旧文明の戦争らしきものを悪夢として見てしまうというモノ。


 ただの夢を見るだけなら問題無かった。


 その内容が問題で俺が見るのはナンバー20と呼ばれている大型の黒い魔導鎧で、次々と逃げ惑う敵を打ち倒していくという凄惨な悪夢。その様子は一方的で何の手加減も無い。


 ナンバー20は敵を容赦なく破滅させていく戦闘兵器だったのだ。


 最初の頃は剣に変形する黒色の魔導鎧が相打ちになったり囲まれたりの不憫な夢で、なんとか大丈夫だった。夢ならもっと活躍してくれと願ったほどだ。

 しかし、願い通りに活躍して化け物やら死神と罵られながら淡々と戦艦の艦隊を殲滅する恐ろしい悪夢を見た俺は、自身がそんな化け物と関わりがあることでおねえちゃんを危険に晒すくらいならと、一人でどこかに行こうとするほどに錯乱した。


 そんな俺を止める為、おねえちゃんとローズに迷惑をかけたのは苦い思い出だ。


 俺が最近になってから見るようになった悪夢を、ローズは前から見ていたらしい。 そんなことは感じさせない様子で振舞っていたけど、ついに限界がきてしまい片腕を失う重傷を負ったそうだ。

 それでも夢の事を隠したままレベルアップの回復で腕を生やしたローズは凄い奴だ。俺が酷いうなされ方をしている理由を説明する為、おねえちゃんに隠していたことを話してくれた良い奴でもある。


 おねえちゃんは俺がそんな化け物と関わりがあると聞いているのに、一日中看病してくれて手を握ってくれた愛しい人だ。


 そんな愛しい人が俺達の上に覆いかぶさるように降ってきた!?


「一緒に寝よ~?」

「おねえちゃん!?」

「チェルシー!?」


 俺とローズは似たスキルの影響なのか体が触れあっていれば、悪夢をナンバー達が交流する夢に上書きすることが出来る。

 その為、狭い車載ベッドで手を握り合い体が接触しない程度の絶妙な距離感で寝ころんでいたんだけど、おねえちゃん布団による抱擁でホットサンドの具の様に纏まってしまった!?


 上からはおねえちゃんの大きな胸に押しつぶされ、横からは俺ごと抱きしめられているローズの意外とある胸がぶつかり、俺の鋼の相棒を破壊しようとする!?


 進退窮まった俺は、鋼の相棒が発令した緊急指令により夢の世界へと逃避した。


「ぐぅ……」

「クロ!? こんな状況で寝れるというの!?」

「もう寝ちゃったの~? おやすみ~」


 慌てるローズといつも通りなおねえちゃんの声が聞こえた気がした。

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