第5話 空を裂く雷光と口付け
「……アリス。君も俺のことを、そうやって求めてくれるのなら……」
俯くアリシアの視界に、フレドリックが写り込む。彼は、彼女の前に跪いたのだ。
彼は顔を上げると、アリシアの顔を覗き込む。目を逸らす彼女に、彼は自身をまざまざと突き付ける。
「俺は、何を犠牲にしてでも、君の思いを叶えたい」
「……リック……」
「……成人し、そして大精霊の加護を得ている俺たちは、今後人前に出ることは多いだろう。そして俺たちが同じ場に立つ機会は、何度でも訪れるはずだ。……来年には、同じ学園に入学するのだしね」
「……ええ、そうね」
「だから俺たち、仲悪くなろうか」
そして突然あっけらかんと告げられた言葉に。
「…………え?」
アリシアの目は、点になった。
「ほら、国王からの命令は、『親睦を深めてはいけない』、だったじゃないか。つまり、仲良くしなければ近づいてもいいってことだろ?」
「えっ……ええっ、リック、貴方、そんな屁理屈が……!!」
「通るさ。こればかりは、遠回しに告げた向こうが悪いよ。今後更なる制約が付け足されないように、上手く立ち回って行けばいい。
それで、俺たちが触れ合っても何も起こらないようになる方法を探そう。そうなれば俺たちが交際していても、何も問題は無くなるはずだ。
……大丈夫、上手くいくよ」
いたずらっ子のように笑うフレドリックに、アリシアは思わず眩暈を覚えた。そして思い出すのだ。──そうだ、この人、こういう人だった。と。
フレドリックは真面目で聡明で、とても頭の回転が速い少年だった。その頭の良さで、人にいたずらをしかけることが多々あったのだ。今まで犯人として糾弾されたことは、一度も無い(一定期間が開いたら、自白をしていたのだ。自白がなければ、全て迷宮入りしていただろう)。
そしてアリシアも、それを共にやっていた。
(まさかそれが、国命にまで及ぶとは思わないじゃない!!)
本当にフレドリックは、怖いもの知らずというか、面の皮が厚いというか──。
──しかしそれが自分のためだと言われると、少しばかり嬉しいと思ってしまう自分がいるのも、事実だ。
呆れていたアリシアは、思わず吹き出してしまった。自分たちが衝撃の事実と命令を聞かされてからの、初めての満面の笑みだった。
「……いいわ。やりましょう!! 私たち、あんなに仲が良かったのが嘘のように、嫌い合い、いがみ合って見せましょう!!」
「……ふふ、そうこなくっちゃ」
フレドリックは立ち上がり、アリシアの手を取る。……すると雨が降り始めるものだから、つくづく大精霊たちの感情は正直に現れていた。
「アリス。例え俺たちがいがみ合おうと、これだけは忘れないで。……アリシア・レイアナード、世界で一番君のことを愛しているのは、俺だ。何があっても、君を……君だけを、愛している」
「……ええ、フレドリック・グルーム。貴方こそ、忘れないで。貴方のことを世界で一番愛しているのは、私よ。いつも、貴方のことを想っているわ」
そして二人の顔が、自然と近づいていく。アリシアはうっとりとした表情で目を閉じた。それを見たフレドリックは、その顔の端麗さに思わず息を呑む。しかしすぐに、続けて目を閉じた。
唇が、触れる。
短い口付けは、後に記録的な天災の一つだと謳われる雷光が、空を裂いているのを背景にされた。
だが二人にとっては、背景など目に映らない。ただ目の前にいる愛おしい人が、自分を見て微笑んでいる。それだけが全てだ。
◇ ◆ ◇
二人はその後話し合いをし、いくつかのルールを設けた。
一つ。互いへの悪口は、本意だと思わないこと。
一つ。貶すのは本人のみ。家族や友人を巻き込んだ発言はしないこと。
一つ。あくまで話すのみであり、危害を加える行為はしないこと。
一つ。周囲の者が悪口に賛同した場合は、その発言を慎ませること。
二人はこれらのルールを胸に刻み、遂に次年、王立マジェスペリー魔法学園に特待生として足を踏み入れたのだった──。
◆ ◇ ◆
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