第2話 成人の儀
彼らが生を受けたマジェスペリー王国では、歳が十五になると成人したとされる。そして成人の儀を行う際、この国ではある検査を行うのだ。
それは、どの魔法精霊からの加護を受けているのか、ということである。
この世には、水、火、土、風、光、闇──この六つの属性を持った精霊がいる。そして誰もが、精霊からの加護を受けているのだ。どの精霊から加護を受けているのかが分かると、人は魔法を扱えるようになる──……。
だが、光の精霊、闇の精霊から加護を受ける者は少ない。光と闇は、精霊の数が少ないのだ。よほど彼らに気に入られない限り、加護を受けることはまずない。
それに加え、千年に一度ほど、稀に「大精霊」から加護を受けれらる者が現れる。大精霊とは、精霊王の
何故稀に、大精霊より加護を受けることが出来る人間が現れるのか、それは分かっていない。だが大精霊より加護を受けられた人間は、王国で大変重宝された。この国は、精霊の加護とそれによる魔法で発展し、安寧が守られてきている王国だからだ。
そして、時は一年前に遡る。
光の大精霊から加護を受ける少女と、闇の大精霊から加護を受ける少年が同年に現れるという、異例の事態が起きたのだ。
◆ ◇ ◆
アリシア・レイアナードと、フレドリック・グルームは、幼馴染である。
彼らは
何よりアリシアとフレドリックは、一目見た瞬間から恋に落ちていた。
──なんて可愛いらしい子なのだろう。
──なんて聡明そうな人なのかしら。
彼らが両思いだということが判明するのに、あまり時間はかからなかった。
もちろん子の様子を見ていた両親も、彼らの気持ちに気づいていた。特に母方は気が早いもので、将来結婚する様が楽しみだ、と日に
誰もが信じて疑っていなかったのだ。アリシア・レイアナードとフレドリック・グルームは
◇ ◆ ◇
思えば、おかしいと思うことは多々あったのだ。
彼らが触れ合おうとすると、なんだか雷が体内を駆け巡ったような、そんな痺れるような感覚が走る。両親や他の友人に触れる際は、このようなことは決して起きないのに。
これは、「恋に落ちる際は雷が落ちたような衝撃がすると言うものね。私は随時彼に恋に落ちているのだわ」、とロマンス小説で読んだことから自身に起こる現象をそんな風に理解し、気にするどころか彼のことをより一層好きになった。
だが違和感はそれだけではない。彼らが共にいると、天候は悪くなり、家の中のランプや食器は割れる。そんな小さな不幸が続いた。
……だが、誰かが怪我をした、などといった実害はあまりなかったので、二人は特に気に留めていなかった。むしろ、天候が悪くなれば室内でゆったりと過ごし、ランプが割れれば暗闇の中で互いの手を握り合い、存在を確かめていた。互いが居れば、何が起きても怖いことはなかった。
その全てが、彼らの幸せで何よりも守りたかった世界が大きく変わってしまったのは、成人の儀の時だ。
「アリシア・レイアナード……属性、『光』。しかも、大精霊による加護です」
神託を受け取る者の、どこか弾んだ声でされた宣言に、あっという間にその場にいた者たちは歓声を上げる。その中心で、アリシアは呆然としていた。
──え、私が? 私の属性は『光』で、しかも……大精霊?
そう思いつつアリシアは振り返る。この人混みの中から意中の者を探すなど、小慣れていた。
案の定、すぐにフレドリックと目が合った。彼の口は、やった、すごいな、と動き、そして曲線を描く。その笑みを見て、アリシアはようやく目の前の出来事を自分事として捉えられるようになり、輝くような笑顔を見せた。
そしてその笑顔を祝福するように、彼女の目の前で光が舞う。……その光は徐々に、小さな人間の形となった。
『アリシア。ようやく会えたわね』
「あ、貴方が……精霊?」
『いいえ、あたしは大精霊。大精霊の、トゥ・ウィンクよ。ウィンクって呼んでね』
「ええ、よろしくね、ウィンク!」
大精霊は、加護を与えられた人間にしか姿を見せることはない。当然、声が聞こえることもない。虚空と会話を進める乙女に、大精霊の姿を周囲の人間は感じていた。
大精霊の加護を受ける者が現れたことで、場がざわめく。落ち着きなどそこには無く、様々な噂話が飛び交った。中には、嫉妬からかアリシアを卑下するような言葉を発する者もいた。
場は混沌を極め、スムーズに行われていた儀式が滞ってしまう。神聖さを欠いた場では、神託はなかなか降りづらくなる。静粛に、と声をかけるも、なかなかその熱は引きそうになかった。
──だがそこで、一人の青年が歩き出した。
彼が歩くと、そこを筆頭にざわめきが鳴りを潜める。突如として訪れた静寂に、他の者もつられて静寂を取るようになる。……あっという間に、場は静寂を取り戻した。
そしてその青年というのが、フレドリック・グルーム。次に検査を受けるのは、彼だった。
場の空気を変え、凛々しく人前に立つ自身の恋人の姿に、アリシアは思わず見惚れてしまう。その様子はまさに、うっとり、という言葉が一番似合った。
……だが彼女の一番傍で、彼の様子を気に入らない者がいた。
『ねぇアリシア。あたし、あいつ嫌い。だから、近づかないで』
「……え?」
自分の肩に乗るウィンクの不機嫌な物言いに、アリシアは思わず聞き間違いかと思う。だが聞き返しきる前に、宣言がなされた。
「フ、フレドリック・グルーム……属性、『闇』……。し、しかも、大精霊による加護です……!!」
異例の二連続で現れた、希少属性の加護、そして大精霊による加護に、神託を受けた者も驚きを隠せなかった。その言葉に、周囲からも困惑の声があがっていく。
二人同時など、聞いたこともない。
何か間違いがるのでは?
本当だとしたら、何かの予兆と取るべきなのだろうか……。
予測、混乱、噂、様々な話が素早く流れては過ぎ去っていく。アリシアはただ、呆然としていた。
一方、人前に立つフレドリックも唖然としながら棒立ちになっていて、その様子を可愛いと言うべきか、人前なのにと呆れるべきか。
先程と同様、彼と目が合ったが……その時アリシアは、とてつもなく嫌な予感が胸を掠めた。
──何か……何か、私たちの関係が大きく変わってしまうような……。
そう思うと彼女は、愛しの人へ上手く笑いかけることが、出来ない。
彼の横に現れた、ウィンクと同じような小人にも、彼女は気づいていた。
◆ ◇ ◆
その後は、怒涛の展開だった。
アリシアとフレドリックの二人だけが残され、もう一度検査をし直した。
だが結果は変わらず。アリシアは光の大精霊からの加護を、フレドリックは闇の大精霊からの加護を受けていた。
というか、彼らに見える大精霊の存在で、そんなことは調べなくても二人にとっては自明のことだった。
そして二人は正式に大精霊に選ばれた者だということが分かると、今度は国王の前へと連れて来られた。
そこで告げられたのは、二人にとってはとても心苦しいもので。
「光と闇は、相反するもの。そなたたちのように大精霊の加護があるともなると、その反発力も凄まじいものとなるだろう。そこまでのエネルギーとなると、民たちがそなたたちを恐れ、怯えて暮らすことになるかもしれない。そして必要以上に近づけば大精霊たちの怒りを買い、精霊との支え合いによって発展していったこの国は、衰退していくかもしれない。私は国王として、不安要素は少しでも取り除いておきたいのだ。
──よって今度、そなたたちが親睦を深めることを、禁止とする」
恋人関係を解消しろ。そう言われているのと、二人には同義で。
その日、自分はどう家に帰ったのか……アリシアは、覚えていなかった。
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