13 花火大会

 花火が近くで見られる河川敷沿いの道に並ぶ屋台。


 俺とつばさは定番のフランクフルトから始め、焼きそば、ベビーカステラに何故かケバブもあったので、全部分け合いながら食べた。つばさが「ひとつを二人で分け合った方がより多くの種類を食べられる」と主張したからだ。


 いや、よく分かるんだよ? だけどさ、さっきから俺が齧った後をあえて選んで齧ってる気がするんだけど気のせい?


 それとやたらと「ほら、あーん」と差し出されるし。ゴミは片っ端から奪われるし。……こいつ、以前にも増して俺に激甘だな。


 ひと通り食った後は、射的をしたり年甲斐もなくスーパーボールすくいをしてみたり。俺がひとつもすくえずポイを早々に破く中、つばさは皿一杯に取っていた。お前すげえよ。実生活に役立つかは知らんけどすげえよ。


 ちなみに射的も俺は何も当てられなかったけど、つばさは大きなイルカのぬいぐるみを当てた。それは今は俺の腕の中にある。俺にあげたくて頑張ったって言われたんだけど、どう反応すりゃいいんだこれ。


 馬鹿話をしながら遊んで腹一杯になって例の穴場へと向かっている最中、初々しい距離感で並んで歩く拓と彼女と会った。


 拓は俺とつばさが一緒にいるのを見ると、「……うん、二人は一緒が似合うね」とだけ言って菩薩の笑みを浮かべた。……拓には沢山迷惑と心配をかけたな。今度、改めてお礼を言おう。駅前のアイスを付けて。


 つばさは河川敷からは少し離れた丘を目指した。手前はなだらかな坂になっていて、国有地なのか雑草が茂る鉄柵に囲まれた空き地がある。


「この裏側」


 鉄柵に沿って上っていくと、上の方に手入れのされていない木々が生い茂る林があった。


「おわっ」


 坂道で足を滑らすと、つばさが無言で俺の手を掴んで引っ張る。


「あ、さんきゅ」

「ん」


 ……なんだけど、手を離さない。あれ? 俺たち手を繋いだままだけど? つばさくーん?


 俺の大量のはてなマークに絶対気付いてる筈のつばさは、ぐいぐいと俺を引っ張り続けた。つばさの手がやけに熱く感じる。俺の手汗も半端なくて、何故かつばさの背中を見るのすら躊躇われるくらいドキドキした。というか、つばさの距離感! だからバグってるんだってば!


 途中から茂みを掻き分けて到着したのは、鉄柵と林の間にある僅かなスペース。つばさは鞄から一人用のレジャーシートを取り出すと、そこに敷いた。確かに狭い。レジャーシートで空間はほぼ埋まってしまっている。


 つばさは更に虫除けスプレーも振り掛けてくれた。マジで至れり尽くせりで感動しかない。どうしてこんなに優しくできるんだろう。自分がつばさに何も返せてないのが、急に心苦しくなった。


「さ、どうぞ」

「ありがと」


 つばさに促されて座ると、次いでつばさも隣に座る。一人用レジャーシートだから、当然狭い。イルカを腹の前に挟んで膝を抱えて座ると、つばさと肩が触れ合った。


 腕時計を確認すると、つばさははにかんだ笑みを浮かべながら俺を見る。


「もうすぐだよ。楽しみだね」

「だな!」


 俺たちはソワソワしながら、目の前の空に花火が打ち上がるのを今か今かと待った。


 そしてとうとう、ヒューッという音と共に最初の花火が打ち上がる。ドーン! という鼓膜だけでなく地の底から響いてくるような爆発音と共に、鮮やかな大輪が視界一杯に広がった。


 つばさが穴場と言っていただけあって、遮る物が一切ない花火は圧巻のひと言だ。


「すげえ! 本当に特等席だな!」

「でしょ!」


 俺は夢中になって、夜空に次々と打ち上がる花火に魅入った。どうしよう、超感激なんだけど!


 こんな綺麗なものを、あれだけ色々と拗れた筈のつばさと見ている。その事実が心底嬉しかった。俺はきっと、一生この光景と感動を忘れないと思う。震えるほどの感謝と感動と共に、花火を一心不乱に見つめた。


「にしても、こんな特等席、俺に教えちゃってよかったの!?」

「淳平だから教えたんだよ」


 つばさは相変わらず距離感がかなり近めだけど、サラリと友達に好意を口にすることができるのってやっぱりこいつの美点だと思う。俺も何か言ってやりたいと思ったけど、花火に夢中になって頭が働かなかった。うおー! 綺麗、すげー!


 そうこうしている内に、花火大会は終盤に差し掛かる。連発で打ち上がる花火に、俺は大興奮だった。


「見ろよつばさ! すげえよ! 俺さ、まじで感動してる!」


 知らずに笑顔になっていた俺は、肩が触れ合っている横にいるつばさを見る。


「……うん。綺麗だね」


 つばさと目が合った。つばさも俺と同じように膝を抱えて座っているけど、俺と反対側の腕だけが膝の上に乗せられていて、俺と近い方の腕は後ろに突いていて身体全体が俺の方を向いている。


 真顔で俺を覗き込んでいるつばさの瞳に花火が映り込んでいるのが見えるくらいの近さに、俺の心臓がドクンと跳ねた。


「な……なんだよ、花火見ないと損するぞ」


 ついどもりながら言うと、つばさは口角を艶やかに上げる。


「だって、淳平をこんな近くで見るの久々すぎるんだよ? 目が離せる訳がないよ」


 は? な、なに言ってるんだよつばさはさあ。ほら、花火はどんどん上がってるぞ。俺じゃなくて花火を見ろよ。今日のメインは花火だろ?


 そうは思うのに、何故か俺もつばさの端正な顔から視線を外すことができないでいた。どうしてか分からないけど、心臓が口から飛び出してきそうなくらいに暴れまくっている。うお、これってなに? どうしちゃったの、俺の心臓。


 花火大会はきっとクライマックスにきてるのに。きっと今は滅茶苦茶すごい光景が正面に広がってる筈なのに。


 熱を感じるつばさの瞳に捉えられながら、どうしていいか分からずなんとか言葉を探した。


「は……っ、俺は別に目を離しても、子供じゃねーんだから」


 だからさ、俺の心臓がいよいよおかしくなる前に、前を向こうぜつばさ。


 だけどつばさは目を逸らさない。


「そういう意味じゃないよ」

「は? じゃあどういう……」


 その時、ドーンッ! と一際大きな花火が上がった。つばさの顔の片側が、光に彩られる。


 次の刹那、考えてもみなかったことが俺の身に起きた。

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