8 周りの目

 それから毎日、つばさは俺を迎えに来てくれた。


 一般生徒には使用許可が降りていないエレベーターの使用許可を取ってくれたことで、俺の昇降はかなり楽になった。つばさすげえ。俺には頼み込んで許可もらうとか、きっとキョドりすぎてできないよ。


 部活をぼちぼち決めないといけない時期に差し掛かっていたけど、部活説明会に参加していなかった俺はいまいち何があるのか分かっていない。


 でも今どこかに所属したところで何もできないし、結局どこの部にも入らないことにした。


 ちなみに拓は将棋部、つばさは当然バスケ部だ。


 部活がある日はどうしたって一緒に帰れないから、つばさがいない時は拓や仲良くなった男子が駅のホームまで付き添ってくれた。


 クラスは俺が来た時にはもうすでに派閥みたいなのができていて、俺や仲良くなった男子は拓を中心としたおっとりモブグループ。頭のよさそうなガリ勉グループもあれば、高校デビューっぽいキラキラ女子グループもあるし、俺たちおっとりモブグループの女子版のグループもある。


 つばさはというと、大体いつもキラキラ女子グループと少し自己主張が強めな一軍男子グループに取り囲まれていた。俺の目にはそいつらがつばさに寄っていってるだけでつばさは誰とも対等に接しているように見えたけど、他のグループの奴らには彼らほどの積極性はない。当然俺もだ。


 だから、つばさが俺の所に来なければ、俺とつばさには接点はなかった。


 でも、つばさは俺が席を立てば「トイレ? 一緒に行く」と付いてくるし、教室の移動があれば「荷物持つよ」とにこにこしながら駆け寄ってくる。


 つばさが寄ってくればくるほど、キラキラ女子グループの視線が突き刺さるようになってきていた。……俺、もしかしてアイドルつばさくんを奪った間男的なポジションに見られてね?


 キラキラ女子グループの中でも、一際ひときわ俺を睨みつけてくる女子がいた。如月きさらぎさんだ。


 ふわふわの栗色のミディアムヘアに、しっかりめのメイク。アイラインっていうのかな? 目の周りの黒い線がくっきり描かれている大きな目が印象的で、キラキラ女子の中でも可愛い方だと思う。


 ふと視線を感じて顔を上げると、大体如月さんが俺を睨んでいる。最初は気のせいかと思っていたけど、何度も続けば偶然じゃないと俺にも分かる。


 きっと如月さんはつばさのことが好きなんだろうな。だからつばさの放課後を独占している俺が嫌いなんだ、多分。


 これまで何度もそいつら一軍がつばさを遊びに誘っているのを聞いた。でもつばさはそれを全部断っていた。「俺はいいよ」って。


 ――もしかしてつばさの奴、俺の過去の話を重く受け止めて「離れたら裏切ったと思われる」とでも思ってんじゃないのかな。


 俺は別につばさから友達を奪いたい訳じゃない。つばさを独占したい訳でもない。


 だから6月になり俺の生活も大分落ち着いた頃、甲斐甲斐しく俺の鞄を持とうとするつばさに向かって言った。


「あのさ……その、帰りは俺ひとりで大丈夫だよ。もう慣れたし」


 途端、つばさの笑顔が消える。


「え……なに、どうしたの? なんで急にそんなこと言うの?」


 思っていた以上に悲しそうな顔をされてしまい、俺は動揺した。


「え、いや、つばさって全然他の奴らと遊びに行ってないじゃん? 誘われてもいつも断ってるの知ってるし、俺に気を遣ってるならって思っただけで」

「待ってよ。え、まさか誰か何か淳平に言ったの? どいつ? 俺そいつにちゃんと言う。教えて」


 二の腕を掴まれる。ちょっと痛いくらいに力が強い。


 あれ、これもしかして怒らせちゃったのかな? しまったどうしようと焦った俺は、愛想笑いを浮かべて誤魔化す。


「いや、別に誰にも何も言われてないよ! ただ悪いなーって思っただけで」


 滅茶苦茶睨まれてはいるけど。


「……悪くない」


 腕が痛い。だけどつばさが噛む唇が白くなっていて、そっちも痛そうだ。


「そ、そう? ならいいんだけどさ」


 へらりと笑いかけると、蒼白になっていたつばさの頬に赤みが戻ってきた。


「……なんだ、驚かせないでよ。さ、帰ろっか! 帰りにさ、駅前でアイス食べようよ!」

「お、いいねー」


 俺は臆病者だ。最初はつばさを散々拒絶していた癖に、今はつばさが離れていくのが怖い。


 つばさの隣は居心地がよくて、つばさの目に裏切りの色がないことを確認しては安心するんだ。


 俺みたいな奴でもつばさの隣にいていいんだって。明るくて性格がよくて誰からも好かれるイケメンに友達だって言ってもらえる程度には、俺にも価値があるんだって。


 ――支配されなくても、一緒にいていい人間なんだって。


 もしかしたら、八木が俺の中に残した引っ掻き傷はまだかさぶた程度までしか治ってないのかもしれない。ちょっとしたことで剥がれるから、誰かに敵意を向けられるともう血を流したくなくて「自分から一緒に居たいって言ってないし」という言い訳を自分にしているのかも。


 ……俺だって、堂々とつばさの隣に居たいよ。だけど、どう頑張ったって俺はモブにしかなれないじゃないか。


 お前にはつばさの隣は相応しくないって、つばさの周りの奴らの目が言ってる。


 俺はそれが辛かった。

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