3 小川

 拓の言う通り、入れ替えのように見知らぬ奴が俺を訪ねてきた。


「木梨くん! あ、あの、俺、その」


 カーテンから顔を覗かせていたのは、背の高い爽やか系イケメンだった。割と色白で色素の薄い髪はサラサラ、目は大きめのアーモンド型。鼻はそんなに高くないけど、すっとしていて如何にもって感じだ。全体的にアイドルみたいな甘さが漂う顔立ちだった。


 即座に理解する。こいつが俺を押し潰したっていう小川って奴なんだと。だって女子に囲まれてもガツンと言えなそうな優男感が漂ってるし。


 俺の警戒度が、一気にマックスまで引き上げられた。顔のいい奴なんてろくな奴はいない。俺はすでにそのことを学んでいる。モブは引き立て役か支配対象なんだろ、どうせ。


「……誰?」


 我ながら冷たい声が出た。小川(多分)が目を見開いてビク、と怯えたように反応する。フン。


「い、いきなりごめん!」


 小川(多分)が、九十度の綺麗なお辞儀をした。その勢いでふわりと何だかいい香りが漂ってくる。けっ、色気付いてるイケメンなんてヤダヤダ。


 小川(多分)は顔を上げると、早口で喋り始める。


「お、俺、小川つばさです! あの、昨日木梨くんに怪我をさせたのは俺なんだ、本当にごめん! 骨を折ってしばらく入院だって聞いて、俺……っ」


 悔しそうに唇を噛み締めて涙目になる小川(確定)。イケメンはどんな表情でも絵になるから得だよな、と小川の顔を見て思った。


「……別にお前のせいじゃないんだろ」

「え……いや、その」

「女子を庇ってんの? いいよそういう偽善的なの」


 我ながら嫌な言い方だと思う。だけど俺はさっさとこの場からこいつを排除したくて堪らなかった。


「ぎ、偽善って訳じゃ……」

「女子を庇ってんのは認めるんだな?」

「う……」


 小川の目が泳ぐ。


 ほらな。外面のいい奴は大抵こうなんだ。自分ひとりのせいですってやったら、女子には尊敬されるもんな。でもそれって俺を自分のイメージアップに利用してるって気付いてる? それとも無意識なのかな? どっちでも嫌だけど。そこが偽善って言ってんだよ。善意じゃねーんだよ。


 打算で俺を利用するな。だからイケメンは大嫌いなんだよ。


「いや……っ、俺が驚きすぎたせいで落ちたから、やっぱり俺のせいだから!」


 必死だなあ。


 心の中がスーッと冷めていくのが分かった。


「その女子はお前には謝ったの?」


 小川がハッと顔を上げる。


「え、あ、うん……」


 やっぱりな。言っとくけどその女子、性格悪いと思うよ。俺はイケメンには親切じゃないから忠告しないけどさ。


「そいつお前の彼女なの? 優しい彼氏だね」

「え? いや、」


 口調は優しく、でも俺は小川を睨みつけていた。寝たままだし動けないから迫力なんてないだろうけどさ。


「――そういうの、見てると反吐が出るんだよ」


 モブ相手なら謝罪パフォーマンスすればまかり通ると思ったんだろうけどな。こういうのって大元の原因が一緒に頭を下げてこそだと思うんだよ。罪を引っ被って女子を味方につけて、そうやって陣地を広げていく気だろ? 俺が許さざるを得ない状況をわざわざ作ってさ。


 確かに二年前までの俺なら「気にしないで、お互い様だよ」なんて言ってただろうけど。俺程度のモブは御せると見くびられた? 残念、俺はもう簡単に騙されないから。


「木梨く――」

「寝る。出てって」


 相手の返事を待たず、俺は瞼を閉じる。

 

 小川が動く気配がなかったので、顔だけ窓側に向ける。


 するとしばらくして、「……また来るから。今日のプリント、ここに置いておくね」という声が聞こえてきた。


 またふわりといい香りがして、奴が立ち去ったのが分かった。ゆっくりと三十を数えてから、薄目を開ける。


「……はあ」


 いつの間にか強張っていた身体の力を抜くと、二年前の嫌な思い出が蘇ってきた。

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