夜空の大輪の如く咲け

ミドリ

1 衝撃の入学式

 緊張しっ放しだった高校の入学式が終わった。


 まだ身体に馴染んでいない制服に身を包み、生徒たちの流れに沿って階段を上る。向かうは自分の教室だ。


淳平じゅんぺい!」


 すると、後ろから俺、木梨淳平を呼び止める声があった。よく知る声に、強張っていた身体の力が抜ける。


たくーっ!」


 拓は俺の幼馴染みで、小中とずっと一緒だった奴だ。同じ中学からこの高校に進学した奴の中で仲がいいのは拓だけだったから、俺は素直に喜んだ。


「拓に会えてよかったー!」

「おー」


 拓が追いつくのを、立ち止まって待つ。拓は実に人の良さそうな顔をしていて、見た目通りとても優しい奴だ。


 慌てると色々とやらかすことも多い俺の隣でもいつも笑顔を絶やさないでいてくれる、俺の大親友で心の友。


「クラス分け見た? 淳平と僕、一緒のクラスだったよ」

「えっマジ!? うっそ、嬉しい! 拓がいなかったらぼっちになるところだったよ、本当よかったあー!」

「あはは、淳平は人見知りが激しいもんなー」


 そう。拓の言う通り、俺はかなりの人見知りだった。


 ちなみに俺は自他ともに認めるモブなので、人気者になって囲まれるといったラッキーな現象は期待できない。


 背は170に届くかどうかの微妙なところ。顔はブサイクじゃないと思っているけど、はっきり言って中の中、ザ・平均。見苦しくはないけど印象にも残らないと思う。特徴といえば若干垂れた目尻くらいかな。


 性格も拓に比べたらはるかに凡庸だし、本当にこの菩薩のような幼馴染みがいなかったらと思うとゾッとした。拓、俺から離れないでね。


 拓とペチャクチャと話しながら階段を上っていく。


 俺は拓ばかり見ていて、正面を向いていなかった。だから反応が遅れてしまった。


「淳平っ! 危ない!」


 拓が真っ青になって俺を振り返ったのと、上から重量物が激突してきたのとがほぼ同時だった。


 足が階段から離れてふわりと宙を舞う。俺の視界には男子生徒の制服しか映ってなくて、自分に何が起きたか分かっていなかった。


 そして次の瞬間、階段にかかとが触れたと思うと、背中と後頭部を地面に強打する。


 全身のとんでもない痛みと衝撃と共に、真っ白い星が無数に瞬き――。


 俺は意識を手放した。


 

 目を覚ますと、満身創痍で病院のベッドに横たわる自分の体が見えた。


 信じたくない。包帯グルグル巻きなんだけど。


「淳平、災難だったわねー」


 お気楽な口調で頭上から覗き込んできたのは、母さんだった。


 母さんの説明によると、俺は全身打撲及び大腿骨だいたいこつ骨折により、全治三ヶ月の診断が下されたんだそうだ。


 しかも入院は三週間を見ておいてくれと言われた。誰か嘘だと言ってくれ。よりによって入学初日だよ? いくらなんでも酷すぎるだろ。


 両親は「仕方ないよ」と慰めてくれた後、「元気そうで安心した」と笑顔で帰っていった。元気じゃねえよ。全治三ヶ月だって言ってんだろ。


「折角拓と一緒ならクラスに馴染めると思ったのに……!」


 こういうのは最初が肝心なんだ。積極的にいけない俺にとって、スタート地点に立つことすら叶わなかったのは相当痛手だった。


 今度こそ頑張ろうと思っていたのに――。


 悔しさに、唇を噛み締める。


 親の説明では、落ちてきた奴も同じ新入生の男子。周りにいた生徒の証言では、階段を上り切った所で何人かの女子に囲まれていたソイツは、女子のひとりがソイツに抱きついた時に驚いて階段を踏み外したんだそうだ。


 ……女子に抱きつかれる。ソイツ、まさかイケメンか? うわ、俺イケメンの下敷きになったの?


 嫌な記憶が呼び起こされそうになって、無理やり思考を方向転換させた。今は今日のことだ。


 俺は気を失っていたから知らないけど、現場は一時騒然としたらしい。そりゃまあなるわな。


 上にいた生徒たちが先生を呼びに行ってくれて、拓はその間蒼白になって固まっているソイツを尻目に懸命に俺を呼び続けていたらしい。拓は本当いい奴だよ、好き。


 俺とソイツは救急車で運ばれて、 丁度下にいた俺の上に乗った形のソイツは無傷。俺がいいクッション材になったらしい。ふざけんなよ無傷かよおい。


 ひと通り検査が終わって帰っていいと言われたソイツは、俺に謝らなくちゃと興奮していたらしいけど、俺は手術してたし麻酔も掛けてるしでお帰り願ったんだそうだ。


「あーあ……サイテー」


 先行き暗いスタートと同じくらいに暗い窓の外を眺めながら、ぼやいた。

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