第21話:瑠璃も真実も照らせば光る①



 手が痛い。絶え間なく、昼夜を問わずに傷がうずいて、ここ数日は眠ることも出来ていない。

 人目がないのを確かめて、普段の二倍の大きさになるほど厳重に巻かれた包帯を解いてみる。使えないのが利き手側なので難儀したが、数分ほどかかってどうにか、肌の色が見えるところまで来た。しばらくぶりに見る己の右手が、ひどい火傷を負ったように変色しているのを認めて、思わず力いっぱい歯噛みする。

 「あのブス、役立たず、ムダメシ食い! 何にもとりえのない出来そこないのくせに、変な草や木ばっかり育てやがって!!」

 誰もいないのをいいことに、口に出して散々に罵る。そうでもしなければやっていられない。焼けただれたような見た目も、ヒリヒリするしつこい痛みも、最初の頃から全く改善していないのだ。

 「あいつがちゃんと世話してれば、こんなひどい目にあわなくてすんだんだ……!!」

 貴族として生きていれば、火も刃物も直接触れる機会はそうそうない。痕が残るようなケガなんて、物心ついた時から全く縁がなかった。それだけにこの、治る気配のない傷はよけいに気が滅入る。このまま治らなかったらどうしよう……

 「……だ、大丈夫だ、きっと。だってお母さまが、賢者様が治してくれる、って言ったんだから」

 あまり詳しくは知らないが、賢者は大神殿でいちばん偉い人なのだ。きっと自分の邸に来たヤブ医者なんかより、うんとすごい魔法が使えるに違いない。昨日からずっと忙しくしているとかで、挨拶と簡単な処置をしてもらってから姿を見ていないが、そろそろ用事はすんだだろうか――

 《――そうとも、まだ終わったわけではない。こちらにも切り札というものがある》

 「早く来ないかなぁ……、えっ?」

 ぼやく合間に知らない声がした気がして、辺りをきょろきょろ見回す。ここで過ごすようにと案内された個室は、粗末で狭いけれど清潔で、午後に近くなった陽光が静かに差し込んでいて少々まぶしい。当然、自分以外には誰もいない。

 首をかしげる足元で、落ちている影が一瞬、不自然に揺らぐ。しかしながら、解いた包帯を元に戻さなくてはならないことに思い至って盛大に顔をしかめた当人は、全くもって気付かなかった。






 こつこつと、高い天井に足音が響く。こうしていると、王城のふかふかした絨毯の上ではほとんど物音がしなかったのを実感した。

 《――こちらの大神殿には、春を司る女神クローリスを主祭神としてお祀りしております。王家の方々の冠婚葬祭は、主にここで執り行われるのが慣例でして。次のお祝い事は、ウィリアム殿下のご婚礼になりますかしらね》

 「いやあ、まだ何の予定も立っていませんよ。とうとうクライヴにも先を越されてしまいましたし」

 「……恐縮です」

 《ふふふふ。相変わらず仲がよろしいこと》

 聞きようによっては不敬に取られかねない発言だが、言い方と双方の人徳によるものだろう。さっぱりと笑って、騎士殿をからかうように小突く殿下はいたって楽しそうだった。何がどう刺さったのか、ごほんと咳払いをしたクライヴは少々顔が赤い。そしてそれを眺めつつ、頭に響く声で笑っている賢者殿である。

 (器用だなぁ、この人。……もしかして声、出せないのかな)

 これが念話と呼ばれるものであることは、先ほど説明されて知った。大変希少な能力の一つで、現れるのは数十年に一度というレベルなのだとか。本でしか読んだことがなかったその持ち主を目の当たりにしたわけで、大層驚いたユーフェミアである。ぼんやり考えていると、

 《願掛けのようなものです。訳あって身内と離れておりまして、また会えるまでは言霊を縛ろうかと》

 「そ、そうなんですか。すみません」

 《いいえ、心配して下さってありがとう。優しいのですね》

 心を読んだようなタイミングで説明されて、あわてて謝ったらさらににこにこされてしまった。……どうにも既視感があるような気がする、やっぱり。


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