第18話:月に叢雲、花嵐⑤


 所狭しと並んだベッドの間を、白いローブを羽織った医官らしき人々が忙しなく歩き回っている。王城の医務室だから、そこで働く人々の健康を管理することはもちろん職務の一環だが、まさかこんな大人数が一度に運び込まれてくるとは思わなかっただろう。壁際で説明を受けている自分たち、というかセシリアの方に、近くを通るときはちゃんと軽く一礼していくのが律儀だった。

 「先に送ってくれた伝達で、大体の事情は把握できた。大変だったね、新婚早々」

 「お気遣いいただき恐縮です。それで、植物園本体の方は」

 「今のところだけど、特に問題が起こった形跡はないらしい。念のため仕事が片付き次第、何人かで行ってみようと思っていたんだが」

 「仕方がありませんわ、その矢先にこの事態では……ところで殿下、具体的にどのような症状が出ておられますか? 医局にある薬品で対処できれば良いのですが」

 「うーん、そのことなんだけど……もう見てもらった方が早いというか」

 「え?」

 何やら言いよどんでベッドの群れを指さした殿下に、エヴァンス姉弟が顔を見合わせる。そんな中、二人の背後で周りを観察していたユーフェミアことユフィは、すぐに奇妙なことに気付いた。通常ならばあり得ないものが医務室に存在している。

 「……まーくん、これってさっきのと同じやつ? バラっぽい花びら」

 『はい、間違いないっス! お嬢、素手で触っちゃダメっスよ。うーちゃんセンパイも』

 『めえ』

 確認したマイコニドがすかさず太鼓判を押してくれた通り、横たわるお偉方の枕元や掛布団の上、さらには医務室の床の上にまで、先ほど廊下で見かけたものによく似た花びらが一面に散っていた。少々歩くのに邪魔だが、見た目だけなら華やかで麗しいと言えなくもない。

 が、しかし。

 「う゛っ、……ぐっ、げほっ!」

 「だ、大丈夫ですか!?」

 「うぅ、すまんのぅお嬢さん……ごほっっ」

 突然、ごく近くに寝ていた男性がせき込んだ。とっさに屈んだユフィが背中をさすってやること暫し、苦しげな声が続いて、とどめとばかりに呼吸困難になりそうな重い咳が――と思った瞬間、

 「あっ出た!」

 『うーわー……そりゃ咳もひどいっスよねぇ』

 あわや吐血か、と覚悟したユフィだったが、出てきたのは血ではなかった。花びらだ、それも見間違いようもないくらい鮮やかな黄色で、ついさっきまで元気に咲いていたものかと思うほど瑞々しい。いくら綺麗でも立派な異物だ、こんなものが体内から出てくるなら、それは全員揃って寝込む羽目にもなるだろう。

 「……廊下の状況は見ただろう? さっき最初の一人が花びらを吐いてから、あっという間に全員が倒れた。幸いというのか、現時点で命に別状はないし、運んだ近衛隊の方にも伝染は見られない。

 ただし、有効な処置も見つかっていない。こんな症状は誰も見たことがないそうだ」

 「私も初めて見るものです。所見ですと、これは病ではなく呪いの類と思われますが」

 「うん、対処に当たってくれている医官の皆も同意見だ。それで先ほど、神殿の方にも伝達してもらったんだが――」


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