第47話 横浜消滅の日
――当日になった。
今日は、オレが経験した未来において、横浜が消滅したはずの日だ。
オレが見たところ、
パフィシコ横浜は、最大5000名まで入れるコンサートホールである。
未来において、ここにあったはずのダンジョンがあった。
それは昔から存在していたと言われていた。
国会議員もそう言っていたこともあり、国民はみんなそれを信じ込んでいた。
だが、虚偽だった。
現在パフィシコ横浜のある位置にダンジョンはない。
加えて言えば、
かなり高い確率で、ここが
それ以外にもいくつか理由があるため、オレはほぼ間違いがないと思っている。
他にも可能性がありそうな場所には、真白さんと小早川沙月に依頼し、見張りをしてもらっていた。
小早川沙月には武器を渡している。
鈴木のおっさんが練習用に作った刀に、オレが呪文を刻むことで、簡易の
彼女たちが時間さえ稼げれば、オレがたどり着くことができるだろう。
日付に関しては、今日であることにほぼ間違いはない。
「皆様、今宵は星辰メイズのステージにお越しいただき、心より感謝申し上げます」
水無月璃音の所属する星辰メイズのリーダーがパフィシコ横浜のステージ上で、マイクパフォーマンスをしている。
オレは今、パフィシコ横浜に来ていた。
そこでは星辰メイズのライブが行われている。
さらにこのライブはネットで全世界に中継されている。
暗くなった、五千人が収容できる会場の中で、壇上には美しいアイドルが五人立っている。
周りではペンライトの明かりが、ぼんやりと光っている。
オレも売店で適当なペンライトを購入し、水無月璃音から貰ったチケットで前のほうの座席に座っている。
こんな会場が狙われているのは偶然ではない。精霊は人の意志の力を喰らう。ならば、強い感情が爆発するような場所で精霊召喚の儀を行えば、その成功率は跳ね上がる。
さらに――。
2013年7月23日。
それは月齢14.8の満月。――ほぼ完璧な満月になる日だ。
星辰メイズのリーダーの女性が口を開く。
「夜空に輝くは今宵の満月、残念ながらここからは見えませんが、お帰りの際にはぜひ見上げてみてください。特に7月の満月は“バックムーン”とも称され、この月がもたらす光は願いをかなえる特別な力を持つと言われています」
バックとは牡鹿のことを指し、由来はアメリカ先住民族の伝承だ。
「この美しい満月の夜に、皆様の心の中に秘められた願いが叶いますよう、私たちも全力で歌とダンスでお応えしたいと思います。どうぞ、最後までこの神秘的な夜と、星辰メイズと共に、心温まる一時をお過ごしください。」
そういった背景もあり、今日の満月はとても願いを叶えるのに魔術的にも適している。
精霊召喚の儀に対してのプラス要素がそろっているのだ。
推定犯人である松原凌馬はバックムーンに何を願うのか。
それは本人ではないオレにはうかがい知ることもできなかった。
まずは水無月璃音を中心とした楽曲セットが流れる。
新月をテーマにしたであろう曲とビジュアルエフェクトの中、パフォーマンスが行われている。
暗い中に、彼女の毛先に見える銀のハイライトが映える。
圧倒的なボーカル力で水無月璃音は会場を飲み込んだ。
その中で水無月璃音と目が合った。
オレを見ると彼女はなぜかは知らないが、微妙な顔をしていた。
周囲はライトグレーのペンライトがかなり多く見える。
しかしそれ以外がいないわけではなく、様々なペンライトが振られている。
オレも周りに合わせて深い紫色のペンライトを振った。
それから、他のメンバーが中心となった曲や、メンバー同士のトーク、観客を巻き込んだミニゲームなどが展開されていく。
飽きさせない工夫が凝らされたセットが進んでいく。
途中でオレがストーカーから救ったアイドルもオレに気づいたようだ。
水無月璃音の目線の先を追ったようだった。
彼女もまたオレを見て微妙な顔をしている。
――このペンライト、何かまずいのか?
と思ったが、周囲にも同じ色のペンライトを振っている人はいる。
だが周りは複数持っているようで、曲によって色を変えているようだ。
とはいってもオレはこの濃紫のペンライト一本しかない。
そしてさらにセットは進行していき、終わりも近くなる。
アンコールタイムに入った。
オレは警戒を深める。
そろそろ十九時。月の光が降り注ぐ頃合いだ。
そこで――。
――バヂ――!
バヂ、バヂヂ、バヂ――!
そんな音を立てて、スポットライトが明滅する。
それどころか、観客たちの持つペンライトすら異音を立てて、不安定に消えたり灯ったりし始める。
「え、なんだ。これ、演出?」
そんな声が聞こえてきた。
会場は真っ暗になる。
ときおり、ペンライトが一瞬ついたりする。
そんな状態で、周りから慌てる空気を感じる。
「皆様、どうぞ落ち着きください。現在、機材トラブルが起きてしまったようです。今復旧に向けて行動しております。どうぞ、慌ててお怪我などなさりませんよう」
星辰メイズのリーダーが言う。
スポットライトどころか、ペンライトすら消える明らかな異常事態。
なぜマイクは使えるのか、と思えば、水無月璃音が何かしているようだ。
ステージ上の水無月璃音の立っていた場所から魔素の動きを感じる。
「では、この暗闇の中、彼女の美声をお楽しみください」
そこから、水無月璃音の美声が会場中に響き渡る。
そして――
――ぽっ――と明かりが灯った。
次々に、灯っていく。
決して機材が復旧したわけではなかった。
それは、火の精霊の明かりだった。
人々を焼き尽くすための明かりだ。
火の精霊の明かりに照らされ、水土風闇光月氷雷など多種多様な精霊が、会場に具現化されていた。
一体一体ですら、中級探索者がパーティで苦戦して倒すような中級精霊が、
会場中に、数えきれないほどいた。
それは地獄の釜の蓋が開いたことと同義だった。
絶叫が聞こえた。
周囲はパニックになった。
突如、二階席から男の声がした。
「やあ、皆さん。この素晴らしき夜を祝福してください」
声には力があり、どこか人を惹きつけるようなカリスマ性があった。
「皆さんはこれから生まれ変わる」
短めの黒髪で、わずかに白髪が混じっている。それは老いより経験と高貴さを感じさせた。
松原凌馬だ。未来での姿よりも幾分若い。
鋭い目つきをしている。スーツに包まれた身体はスリムながらも筋肉はしっかりとついていた。
情熱を表す
「これからあなた方は精霊に殺され、そしてその肉体は精霊として生まれ変わる。命の代わりに新たな力を手にし、私の力となるのです」
彼は演説するように手を広げた。
その瞬間、背後に現れた精霊たちが煌びやかな光を放つ。
まるで、彼自身がその演出を指揮しているかのようだった。
実際に精霊たちは彼の指示を待つように、攻撃をしてこない。
オレは配信機材をすでに彼に向けていた。
オレは魔素で配信機材を覆い、精霊力による影響を排除している。
だが回線まではどうにもならず、今は動画撮影モードだ。
「あなた方は、知っていますね? これらの精霊がどれほど恐ろしいか! もはやあなた方に、生きる可能性などない。電波も通じないこの状況で、皆さんは死ぬしかないのです」
彼はわざと恐怖を煽るように言う。
彼の言葉によって、観客はさらにパニックになる。つい先日、水無月璃音のシークレットライブで精霊テロが行われたばかりだ。
星辰メイズのファンなら、そのことはしっかり知っているはずだった。
「でもご心配なく。横浜の住民全てが、あなた方とともに死んでくれますよ。寂しくはありません。あなた方は死後、精霊の依り代となり、永遠になるのです」
そう言って松原凌馬は笑った。
パニックにより、観客たちの感情がさらに高まり、精霊の出現が加速する。
「おお。計算通りですねぇ。あなたたちはもう、おしまいです。ファンなら
訪れたのは、観客への絶望だった。
オレはパニックになっている観客をよそに、冷静に立ち上がる。
そして、叫んだ。
マイクなど必要ない。
全身全霊を込めて叫ぶ――その声は、探索者特有の肺活量と集中力で、会場全体を包み込む。
それは、マイクを使っている松原凌馬の声すらもかき消して、会場を支配した。
「お前ら! 落ち着けぇぇぇ!!」
オレの声で、会場中が静まった。
◆おまけ SIDE:星崎渚◆
私、星崎渚は気になっている人がいた。
その人は、ストーカーに襲われた
だけどその人は助けたお礼として、水無月璃音のシークレットライブの招待状を要求したのだ。
信じられない――と思った。
仮にもアイドルだから、一般的にみてかわいいと言われる自信はあった。
お礼をするといっている
だけど、きっとそこまで一途に水無月璃音を想っているのだ。
そう思うと、もっと素敵な人に思えた。
推しでもないアイドルを助けるために自分を犠牲にして、そのアイドルからのお礼を蹴って、観客にしかなれないライブにいくなんて。
――たしかに、璃音ちゃん、綺麗だし歌もすごい上手だもんなぁ……。
そう思うと気持ちはちょっとだけ沈む。
――私だってダンス頑張ってるのにな。
星辰メイズのダンスリーダーである私は、星辰メイズの誰よりダンスが上手な自信はあった。
――風見くんに見てほしいなあ。
なんてことを思ってしまう。
風見遥くん。同じ学校で、同じ学年で、隣のクラスの男の子。
私を助けたとき辺りから、どうやら彼は配信活動を始めたようだ。
元々才能があったのか、彼はすぐに認められていった。
よくはわからないけど、とんでもないことも簡単に起こしてしまっているらしい。
配信コメントではそんなふうに書いてあった。
そして彼は、璃音ちゃんのシークレットライブでも、まるでヒーローのように璃音ちゃんを助けていた。
ストーカーに傷だらけにされていた彼は、短期間でとんでもないくらい、すごくなっていた。
いったいどれほど努力したのか。それとも最初からすごい天才だったのか。それは私にはわからない。
シークレットライブの配信をアーカイブで見た私は、それが私のライブだったらな、と思ってしまった。
だから私は璃音ちゃんに、ちょっとなんか、ちょっとだけ、思うところがあるのだ。
同じアイドルからしても綺麗だもんなぁ――。
とか、そんなことを言っているうちにパフィシコ横浜でのライブの時がやってきた。
失敗は許されない。
集客五千人の大きなライブ。
ライブ配信で海外の人も(どれだけいるかわからないけど)見てくれているらしい。
精いっぱい、がんばるぞ!
私はライブ中も、そういったわけでたまに璃音ちゃんを目で追ってしまった。
だから気づいた。
璃音ちゃんがよく一つの場所を見ていることを。
そこには璃音ちゃんに一途なはずの同級生、風見遥くんがいた。
あの事件で知り合って、仲良くなったのかもしれない。
こんなところまで来るなんて本当に璃音ちゃんに一途な――
――え? 一途? え?
なんでリーダーのカラーのペンライト振ってるの!?
しかも他のペンライト持ってないし!!
リーダー単推しなの!?
じゃあなんで璃音ちゃんのシークレットライブ行きたがったの!?
私は混乱した。
なんとなく、わらしべ長者という言葉が思い浮かんだ。
――え。私、わらしべ?
そんなわけないよね……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
おまけ2
※読まなくても何ら問題ありません
◆星辰メイズ(Seishin Maze)アイドルユニット設定表(要約)
◇グループコンセプト
テーマ: 宇宙や天体
多才性: メンバーはそれぞれ異なるスキルを保有する。メインボーカル、ダンスリーダー、ビジュアル、メインラッパー、メインコンポーザーなど。
◇メンバー設定
・水無月璃音(Rion Minazuki)
テーマ: 新月
役割: 音楽の中心、歌唱リーダー担当
ポジション:センター
性格: 内省的、聡明
スキル: 高い歌唱力
カラー: ライトグレー
容姿: 高貴で落ち着いた美しい顔立ち、黒髪ロングに毛先はシルバーのハイライト。グレーの瞳。
・星崎渚(Nagisa Hoshizaki)
テーマ: 流星
役割: ダイナミックなダンス担当
ポジション:ダンスキャプテン
性格: 明るく、社交的
スキル: ダンス
カラー: ライトブルー
容姿: 長めのウェーブの髪をまとめている。髪色はライトブルー。青い瞳。
・夜空美優(Miyu Yozora)
テーマ: 星雲(ネピュラ)
役割: グループのビジュアル・神秘的要素担当
ポジション:リーダー/ビジュアル
性格: 落ち着いて、神秘的
スキル: ビジュアルとサブボーカル
カラー: 深い紫
容姿: 美しいが神秘的な顔立ち、濃紫のウェーブがかったロング。深い紫色の瞳。
・煌星りら(Rira Kiraboshi)
テーマ: 超新星
役割: ムードメーカー担当
ポジション:ムードメーカー/メインラッパー
性格: 陽気、ポジティブ
スキル: ラップ
カラー: 黄色
容姿: 明るくて華やかな顔立ち、ミディアム金髪。金色の瞳。低身長。
・桜木沙羅(Sara Sakuragi)
テーマ: おとめ座
役割: 楽曲作成担当
ポジション:楽曲クリエーター/サブラッパー
性格: 優しく、感受性豊か
スキル: コンポーザー、サブラッパー
カラー: 淡いピンク
容姿: 清楚で穏やかな顔立ち、桜色のロングヘア。淡いピンクの瞳。
────────────────────────
あとがき
皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
オマケがちょっと多かったですね。
でも、それもこの物語の魅力の一部だと思っていただけると嬉しいです!
応援してくれる方は★とフォローをぜひ!
また、すでに★やフォローをくださってる方にはただただ感謝を。
たくさん反応を頂き、とても嬉しく思っています!
これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために一生懸命執筆いたします。
今後ともよろしくお願いいたします!
もちぱん太郎
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