第34話 迷惑系配信者さん、さようなら

 オレは蒼獅と決闘していた。

 蒼獅は負ければ尻花瓶をされるという罰ゲームが待っている。


 正面から強い圧力が迫る。


 目隠しをしていても、空気の流れと音で何が起こっているか理解できる。


 中級水精霊ウィンディーネ


 水を操る美しき精霊だ。

 彼女は蒼獅の手先となってオレに襲い来る。


 オレは両手両足を縛られ、座った状態のままで、回避すらままならない――はずだった。


 一瞬で体を起こしたオレは、膝の力だけで跳躍をする。


「なんだとぉ!?」


 中級水精霊ウィンディーネの攻撃をかろうじて回避する。

 水滴はいくらか身体にかかってしまったが。


「回避されるのは予想外か?」


「ふ、ふん……! 一度避けたくらいで、なんだっていうんだよぉ? 戦いはまだ終わっちゃいないぜぇ~! やれ中級水精霊ウィンディーネ! ウォーターアローだ……!」


 中級水精霊ウィンディーネから水の矢が放たれる。


 それも回避するために地面を転がった。

 手足を縛られていても回避することくらいはできる。


【は、はるかきゅん……! ごめんね……私たちの投票力が足らなかったばっかりに……】

【無理しないでくれハルカ~~~!!】

【もし負けたらみんなでカンパするから……!】


 そんなコメントの温かな声が聞こえる。


「は、ハルカくん……! 矢がっ! 危ないですっ!」と真白の声。


――いいんだよ。大丈夫だって。負けないから。


 オレは心の中でそう答えて、よけ続ける。

 前に転がり横に転がり後ろに転がり、膝でジャンプする。

 絵面だけ見たらめちゃくちゃ間抜けだ。


「ははは! 打つ手がなくなったようだな? ハルカちゃ~ん。早く終わらせようぜぇ~?」


 蒼獅が余裕しゃくしゃくの声で言った。


 オレは蒼獅に尋ねる。


「もういいか?」


「お? もう降参すんのかい。ハルカちゃぁん。だめだぜぇ、無様に逃げ続ける姿をもっと晒そうぜぇ? ウォーターカッターで全裸にしてやろうかなぁ?」


 蒼獅は得意げに勝ち誇っている。もう勝負がついたかのような言いざまだ。


「違うよ。蒼ナントカさん。あんたの見せ場はもういいか? って聞いてるんだよ」


「はっ? おもしろっ! なんだよそれぇ。どんな強がり? どんな気持ちで言ってるんだそれウケル。何をやってもお前はもう終わりだよ。いったいどんな謝罪したってさぁ、二度と人前に出れないくらい恥ずかしい目に慌てやるぜぇ! ヤラセ野郎がよぉ~!」


「そうか。もういいのか。――おい、やめろ・・・


 オレは回避動作をやめて、魔素と威圧のこもった声で言った。


「はぁ? やめるわけねぇじゃん。笑わせにきたのかぁ?」




 何も・・起こらない。


 そう、本当に何も・・起こらない。



 オレの言葉のあとにはただ空虚な時間だけが過ぎていく。




 異変にようやく蒼獅が気づいた。


「お、おい。中級水精霊ウィンディーネ? どうした……? 攻撃しろっ……!」


 中級水精霊ウィンディーネはたたずんで、ぶるぶると震えていた。


「おい中級水精霊ウィンディーネ! 返事をしろ……!」

 蒼獅が焦った声でいう。


 返事すらしない中級水精霊ウィンディーネに、蒼獅が戸惑った様子を浮かべていた。


 両手両足を縛られ、目隠しをされた状態のオレは言った。


中級水精霊ウィンディーネ。返事をしてあげたらどうかな?」


 中級水精霊ウィンディーネは恐怖をにじませた声で言う。

『は、はい……』


「な、なんでだよ、中級水精霊ウィンディーネ……! なんでハルカちゃんに従ってんだよ……!」


『契約者。あなたこそふざけるな……! なんで、なんでこんな化け物に私をぶつけた……!』


 そう。

 オレは精霊アストラル界にて、ちょっとだけ中級水精霊ウィンディーネお話・・をしてきたのだ。


 精霊は通常、本体が別次元にいる。そのため、こちらの世界で殺されることはない。死んだとしても、また別の依り代を探して顕現するだけなのだ。

 そして彼らは人間や知能ある生物から意志力を集めていく。


 意志力は彼らにとって大切なものなのだ。


 まあそれはともかく、オレは精霊アストラル界にわざわざ行って、かる~く理性的にお話をしてきた。


 その結果がこれだ。


「いやあ。中級水精霊ウィンディーネさんに話が通じてよかった。通じなかったら別の手段をとらなきゃいけなかったからね」


 オレが言うと、中級水精霊ウィンディーネは声を震わせて言う。

『あなたは……いったい何度死んだのだ。どうすればそうなるのだ……なんという、恐ろしい……』


「いいや。オレは一度も死んでいないよ」

 死んだら生き返ったりできないだろ。物質マテリアル界の精霊と違うんだから。


『一度も死なずに……? なんという……ああ、ああ……』


 蒼獅が叫ぶ。

「訳の分からないことを言うな中級水精霊ウィンディーネ! いいから、俺ちゃんに従え!」


『私は! 私は消滅するところだったんだぞ!? なんでこんなのと敵対してるんだ……! お前のような自殺志願者かもしれない人間と一緒にいられるか! 私は精霊アストラル界に帰らせてもらう!』


 精霊が悲痛な声をあげた。

 そのまま、元の世界に帰ろうと、存在が薄くなっていく。


「まあ待て」


『はいっ! なんでしょうか! 仰せの通りに!』


「まだやってほしいことがあるんだよ中級水精霊ウィンディーネ


『何をでしょうか! さぞ名のあるお方とお見受けします! 何なりとご命令を!』


「ちょっと元契約者そいつと遊んで行ってくれない?」


『はっ……? ですが、しかし……。元契約者を攻撃すると、契約の罰則が……』


 中級水精霊ウィンディーネはためらう様子をみせる。


だから・・・?」


 蒼獅と中級水精霊ウィンディーネの間の契約比率は対等のようにオレには見えた。

 この比率が大きいほど、片方が有利になるのだ。


 契約比率が対等ならば、中級水精霊ウィンディーネの受ける罰則はそれほど重大ではないだろう。

 だが、精霊としては今まで貯めた意志力が目減りはしてしまう。

 それは避けたかったのだろう。


『はっ! やらせていただきます……! 元契約者、自分がしでかしたことの責任は自分がとれ……!』


「な、なんでだよ中級水精霊ウィンディーネ……! 今まで俺ちゃんたち、上手くやってきただろぉ……?」


『どこが上手くやってきたというのか! 元契約者の悪趣味にはほとほと嫌気がさしていたところだ!』


「そ、そぉか……? じゃあ謝るっ! 俺ちゃんが悪かったところもあった! だからやり直そう!」


『悪かったところも? お前が、全部悪いのだ! というか、まあ、そのあたりはまだよかった。意志力対価さえ貰えるなら、仕事と割り切れた……』


「じゃ、じゃあ……俺ちゃんたち、やり直そうよ。な?」


 もはや蒼獅は別れを切り出されたDV彼氏のような有様だった。


『愚か者! 一番の問題は、こんな相手・・・・・に喧嘩を売ったことだぁぁぁ!!』


 中級水精霊ウィンディーネが水の矢を生成し、蒼獅に打ちまくる。


「だ、だけど……。戦い中に裏切るなんて、ずるいんじゃないのかぁ!?」


『お説教ですか? 強いほうにつく。それが精霊のモットーです』


【まじか】

【もう精霊信じられねえ】

【……精霊術師やめようかな】


 そんなコメントが流れ出した。


 よほど今まで耐えかねていたのか、中級水精霊ウィンディーネは容赦なく水の矢や水球などをぶち当てていく。


「ぐ、ぐえ……ぐぁ……」

 蒼獅がぼろぼろになっていく音がする。


 ぼこびしゃずきゅうばしゃばしゃびちゃーぼんぼんどかんばしゃーん。


「や、やめてくれ……ハルカちゃん、俺ちゃんが悪かった……。悪かったよぉ……尻花瓶なんかやらされたら、俺ちゃんはぁ……もうおしまいだぁ……」


 そんな声がする。


「蒼ナントカさん、あれから調べたよ。あんたさ、今までどれだけの人を潰してきた?」


「え、いや……その……」

 蒼獅は答えない。

 ――いや、答えられない。


「今まで食べたパンの数を覚えているか? ってことだな? 悪いと思っていない……そういうことだな?」


「いや、その、悪いとは思ってるんだ、がっ!? ぐ……思ってる、思ってるよ……!」

 水球が命中し、蒼獅は慌てて言った。


「捏造とやらせを認めるってことだな?」


「ぐ、ぐ……うう……そんなことは、してな……ぐっ……」


「じゃあ、このままあんたの負けになるが」


「しました……捏造と、ヤラセも、しました。ちょっとだけ……」


 未だに彼は悪あがきをしようとする。


「オレのほうでも多少調べたよ。まず、女優の河原あやさん。あんたが『河原あやの浮気スキャンダル』と題した動画を配信した。だがしかしこれは完全に捏造だった。偽の証拠を組み合わせて事実を歪めていた。この影響で河原あやさんは芸能活動を休止している」


 いつの間に調べたのか? と思うだろう。

 罰ゲームとハンデを決めるアンケートの時間の間だ。


 その間にこれだけ調べられたのはオレが有能だから――と言いたいが違う。


 蒼獅の元ファンで、今はオレのファンになっている人間が密告してきたのだ。

 しかも証拠付きで。


 オレ側でも騙されないように裏をとったが、これらは『蒼獅の捏造』が事実である可能性が高かった。


「あ……」


「次にバンドマンの黒田竜之介さん。あんたは彼の『酒とドラッグの乱れたプライベート』という動画を配信した。捏造だったそれを信じたあんたの視聴者が突撃し、彼は心に大きな傷を負った」


【うっそ。コクリュー、捏造だったの!? 俺あれでファンやめちゃった……】

【河原あやもだよ。せっかくブレイクしかけてたのに、あれで勢い落ちちゃったもんな……許せねえ】


 本当はもっとたくさんタレコミはあった。

 だが、オレの目を通して事実と確信できたことだけ伝えていく。


 オレは彼の罪状を次々と読み上げていく。

 未成年淫行の捏造(実際は妹であり泊まりに来ただけ)。

 配信者に嘘のスポンサーシップを申し込み機材を買わせて逃亡。借金を負わせた。

 料理研究家のレシピ盗作の捏造。

 俳優の中学時代のトラブルを捏造・誇張して配信。

 人気小説家のダークなインスピレーション方法という捏造動画の投稿。などなどだ。


 今はなんとか復帰している人もいるが、そのままつぶれてしまった人も多い。


【マジ!?】

【俺あの人のファンだったのに!】

【信じてあげればよかった!】

【そんなにやらかしてんの? クズじゃん蒼獅】

【あの人がするはずないとは、思ったんだよな……なんで俺あんなスクープ信じちゃったんだろ】


「オレが調べただけで、これくらいのことをあんたはやらかしてる。言ってほしければまだあるぞ」


 オレが言うと蒼獅は無様にうめく。


「ぐ、ぐう……悪かった。悪かったと思ってるよぉ……。だから許してくれ。尻花瓶だけは……」


「本当に悪かったと思っているのか?」


「ほ、本当です……。心を入れ替えます……」


「まず、真白さんに謝れ」


「え……?」


「あんたは真白さんのことをずいぶんと馬鹿にしたな? あの中級火精霊の特殊固体と契約できたのは、真白さん本人の力だ」


「は、ハルカくん……!? わ、わたしのために……?」

 と離れた位置から真白の声が聞こえる。


「…………真白さん、すみません、でした……」


 真白の息をのむような音が、かすかに届いた。

 オレからは彼女のその幼い姿は見えない。というか目隠しのせいで何も見えない。


「だ、大丈夫ですよ。わたしは、その、幼く見えますから……。弱いと思われるのも、仕方ないです……」

 真白はそういって許したようだった。


「でも! ハルカくんに色々言ったのは、絶対に許せません!」

 いや、許していなかったようだ。


「それから、今まで陥れてきた人たちに土下座しろ」


「……くぅ……わかった……」


 悔しそうな声。


 蒼獅が頭を下げる気配がする。


 ――だけど。


 ――残念だったな?


「ああ。オレ目隠ししてるから見えないや。ごめんな。土下座してくれてるかもしれないのになぁ。土下座してないかもしれないから、許せないや。やっぱ」


「ちくしょう! してるよ! 俺ちゃん、ちゃんと土下座してるから! だから許してくれ」


「あーあ。本当は両手両足縛るだけだったのに、目隠しもしろっていったの、誰だったっけなぁ……」


【蒼獅やんけ】

【あいつ自爆してんの草】

【あーあ。欲張るから……】


「頼む! ハルカちゃん! 目隠しを外して、見てくれよ……! 俺ちゃんの土下座を見てくれよ……!」


「この決闘が終わったら見るよ」


「終わったら俺ちゃんの負けになっちゃうだろ!? ギルド契約で尻花瓶されちゃうだろ!」



「されたら?」



「い、いやだ……! そうだ。目隠しを取ってやる! 目隠しをとって、絶対に俺ちゃんの土下座を見せてやる……!」


 蒼獅がこちらに走ってくる。

 中級水精霊ウィンディーネの攻撃を受け、ぼろぼろになりながら走る。


「ぐ、くぅ……! ぐぁっ……! あ……! あと、ちょっと……!」


 もう少し――というところで、水球が蒼獅にぶちあたる。

 蒼獅は吹き飛び、転んだ。

 それからすぐ立ち上がり、またこちらに駆け寄ってくる。


「俺ちゃんの土下座を、見ろーーーッ!!」


 そして、水の攻撃を受けながらようやく、オレの目隠しに手をかけ――。


 水球の邪魔にもなんとか耐え――。



 目隠しを取った。



 オレの視界がもどってくる。


 山間の訓練場だ。


 目の前には装備と服をぼろぼろにされた、みずぼらしくなった蒼獅がいた。



 そして蒼獅が、オレに向かって――


 土下座した。


「許してください。ごめんなさい。俺ちゃんが悪かったです」

 しおらしく、真摯に聞こえる声だった。

 本当に反省していることが伝わるような声だった。


「本当に反省しているのか? 蒼ナントカさんよ」


「しています。本当にしています」


「今まで捏造した人たちにも謝るか?」


「……謝ります」


「じゃあ、捏造した人の名前を、今視聴者の皆さんの前で読み上げろよ。蒼ナントカさん」


 蒼獅は一瞬迷った様子を見せ、そのあと観念したかのように声を出した。


「……………………はい」


 蒼獅がスマホを見ながら次々と名前と捏造したことをあげていく。


「オレはさっき言った以外の情報も持ってるからな。全部言わなきゃわかるぞ。オレが知っていることを言わなかったから、許さないからな」


【うわ……こんなに……?】

【まじで引くわ……】

【でも、ちゃんとこれだけ言ってることは、蒼獅も反省してるんだよな……】

【許してあげたほうがいいんじゃない……?】


 蒼獅が涙ながらに謝罪し、自分の罪状を読み上げていくと、コメントにそんな空気が流れてきた。


 ところどころ話を促し、なんとか全員分言い終えさせた。

 蒼獅に自らの動画一覧を見させながら行ったから、漏れはないはずだった。


「……全部言ったぞ。ハルカちゃん……。俺ちゃん、本当に反省しているんだ……」

 もうぼろぼろで、それでも誠意を見せようと精いっぱい頑張っているような、声。

 そう信じさせる声音。


「こんな、悪いことなんてしない……もうしないよ……」


「もう絶対に、二度としないな。ちゃんと罪を償うか?」


「……はい」


「この決闘の罰ゲームなんか関係なく、反省しているか?」


「……はい。もちろんだ、です」


「尻花瓶とやらが恐いから、ただ逃げているだけなら、オレは許すことができない」


「…………もちろんです」


「蒼ナントカさん。あんたには、二つの道があった。わかるか?」


「……わかりません」


「一つは、最後まで罪を認めず、オレに負けて尻花瓶をされる道だ」


「はい」


「そっちを選んでいたほうがよかったのにな」


「…………そんなことは、ないです。反省しています」

 涙声だ。

 成人男性の涙声なんて、そうそう聞けるもんじゃない。

 コメントでも同情する声が流れていた。


「二つ目の道。蒼ナントカさんはこっちを選んだ。こっちの道は格好悪く謝り、今までの罪を謝罪し、最後に尻花瓶をされる道だ」


「……は? 尻花瓶を、される……?」


【え? ハルカくん言い間違えた?】

【許す流れじゃないの?】

【絶対に許すな! 殺せ!】


 そんなコメントの声。


「お、おかしいだろ! 全部謝ったぞ! 許してくれるんじゃないのかよ!?」

 蒼獅がいう。


「いや。オレは許すよ。あんたの罪をさ。でも決闘で負けてあげるなんてのは言ってないぞ」


「ずるいだろ!」


「でもさ、決闘の勝敗なんか関係なく、みんなに謝るって言ったよな。本当に悪いって気持ちがあるならさ――尻花瓶となっても謝ることができるんじゃないのか?」


 蒼獅は狼狽し、あとずさる。

「な、なんでだよ……」


「オレはコメント見てて、みんな甘すぎるって思ったんだ。オレは、あんたの謝罪から誠意を感じなかった。誠意を感じるように思わせるの、上手いなあって思っただけなんだよ」


「本当に悪いと思ってる……思ってるよ」


「違うな。いや、あってるのか? あんたはたしかに悪いと思ってた。『失敗した自分が悪い』と思ってたんだよ。そして考えるのは『次はどうやってバレないようにしよう』ってことだと思うんだ」


 オレは前回の世界線で、そういうやつをいっぱい見てきたんだ。


「そんなわけが――」


「あんたの中では冷徹な計算が働いてたはずだよ。それは『いかに同情を誘うか。どうやって復帰しやすくするか』ってことだったと思うんだよ」


 オレが言うと蒼獅は叫ぶ。


「違う! 俺ちゃんは本当に反省してるんだ!」


「尻花瓶になってネタにされた未来と、過去の過ちを悔いて更生しようとする青年になる未来――後者のほうが、選びたくなるよなぁ」


 わかるわかる。

 わかるよ。

 君に似た人たくさんいたからさ?


 もし違ったなら謝るし、尻花瓶されないように、オレが違約金を払ったり、ごねたりしてあげてもいい。


 そう思ってるよ。


「ちがう……! 俺ちゃんは本当に、悪かったと思ってる! 更生したいんだ! なあ、信じてくれるだろ!? みんな!?」


【ここまで言うなら……】

【ハルカくん人間不信すぎじゃない? ちょっと引くわ】

【許すな! 殺せ!】


 ――コメントにちょっと過激な奴いるな。


「わかった。蒼ナントカさん。じゃあ、敗北して尻花瓶で誠意を見せてくれよ。な?」


「い、いや……」


「悪いと思ってるなら、本当に心の底から悪いと思ってるなら、本当にすまないという気持ちで胸がいっぱいなら――できるだろ?」


 尻花瓶くらい――さ。




「く、くそ……ちくしょう……!」


 蒼獅がはがみする。


「ああ。蒼獅さん、あんたの悔しそうな顔、よく見える・・・・・な」

 そう言ってオレは目をつぶって見せた。



 蒼獅が何かに気が付いたようにいう。


「そ、そうだ! 審判! ハルカの負けだろ!?」


 蒼獅は突然、そんなことを言い出した。


「こいつ、目隠しして戦わなきゃいけないのに! 外してるぞ!」



 あーあ。

 思った通りだった。

 やっぱ人間は汚いなぁ……。


 オレは心の底からがっかりした。


 思った以上に落胆していた。


 本当はちょっとだけ思っていたのだ。

 蒼獅が、更生しようとしてくれたらいいな――って。


 悪いことをした人間も、やり直そうとしてくれるんだって。


 人間は信じられる人が多いんだって思いたかった。



 小早川沙月は良かった。


 彼女は、自分の命を守るためにオレを犠牲にしようとしなかった。

 それどころか、オレを逃がそうと自分の命を張った。


 それをオレは――美しい――と思った。



 でもやっぱり、そんな人間ばっかりじゃないよな。



 オレも、そんな大した人間じゃないけどな。

 ――だから言えた義理じゃないか。


 蒼獅に向かって審判が首を横に振る。


「な、なんでだよ!」


 オレが口を開く。


「ルールをちゃんと確認しなかったのか? この目隠しは、オレが自ら外した場合負けなんだ。じゃないと目隠しを外されるだけで負けだからな。今回、目隠しを外したのはあんただよ」


 そう告げた途端、蒼獅の顔がゆがんだ。


「あああああああ!!!」


 蒼獅は破れかぶれでオレに殴りかかってくる。


 あーあ……。

 オレは悲しい息をはいた。

「本当はさ、蒼獅さんが罪を認めて、大人しく罰を受けようとするなら。なんとしてでも罰を受けなくて済むように、動くつもりだったんだよ」


 蒼獅が叫ぶ。

「なんで、いまさら、そんなこと……! それを知ってたら――!」


 ――知ったうえで、罰を受けるといわれても、それは何の意味もないだろう?


 オレは口を開いた。


「やれ。中級水精霊ウィンディーネ


 オレの力を中級水精霊ウィンディーネに少し渡す。


 すると今まで以上の、特大の水球が生まれる。


「な、なんでだよぉ……!」


 水球が蒼獅に直撃した。

 蒼獅は吹き飛び、何度もバウンドし、倒れた。

 そのまま、起き上がらない。


 そして、審判が宣言した。


「この決闘! ハルカちゃんねる――ハルカの勝利です!」


【うおーーーーハルカーーーー!】

【人間不信とかいって、ごめん! ハルカくんが正しかった!】

【あんな簡単に騙されちゃうんだな……オレ……】


「みんな、甘すぎるんだよなあ……」


【ごめんよ~~~!!】

【まさか全然反省してないとか思わなかった】

【反省します】


「いいよ。別に」



 でもその甘さ、オレは嫌いじゃないんだよな。



 たぶん、その甘さは優しさってやつだから。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その後、蒼獅はギルド員の強制執行により、罰ゲームが実施された。

 

 罰ゲームの様子は契約により配信された。


 彼は日本だけでなく海外でも『IKEBANA BOY』として有名になった。


 ハルカもまた、登録者が爆増した。

 蒼獅の元ファンだけではなく、蒼獅によって貶められた数々の配信者や有名人たち、彼らのファンも、ハルカに感謝をした。





 これは現在――誰も知ることがない話だ。

 ハルカですら知らない未知の未来の話だ。


 彼の勇姿は全世界に向けて発信され、ネット界で未来永劫語り継がれたという。


 華々しく世界を彩る精鋭英雄たち――その一角に、彼の名前は残り続けた。


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 迷惑配信者の突撃事件を乗り越えた後、オレは決意した。


 さて……横浜についての調査を進めよう。と。



 近い将来、横浜は消滅する。



 そこの住民三百七十万人も、そのほとんどが死亡してしまうのだ。


 オレが知っている横浜消滅の情報はこうだった。

 横浜は半精霊アストラル界化する。

 現世と幽世ダンジョンの入り混じった空間になるのだ。


 精霊というのはこの世に顕現するのに依り代が必要なのだ。

 それは石でも、砂でも、水でも、火でもいい。大気中の成分や風ですらいい。

 ただし、より力のあるものを依り代にしたほうが、強い力を振るえるのだ。


 だから精霊は生き物を依り代として選ぶ傾向がある。

 そして、半精霊アストラル界化した横浜はどうなったのか。


 市民たちは雑多な精霊たちに身体を依り代とされ、精霊系の化け物になっていった。

 そしてその元人間の化け物に殺された人も数えきれないほど多かったようだ。


 連日ニュースで流れない日はなかったほどだ。

 ただし、原因はわかっていない。


 説はいくつもあった。

 曰く、神級精霊が降臨したため。

 曰く、邪悪な精霊術師が自分のダンジョンを作ろうとした。

 曰く、古代の遺物アーティファクトが暴走したため。

 などなどだ。


 いくらオレが未来から来た人間とはいえ、原因がわからないのでは解決ができない。

 ならばどうしたらいいか。


 答えは簡単だった。

 最強の情報屋に頼めばいい。

 現時点で、オレだけが知っている最強の情報屋。

――そいつのことを、世界はまだ知らない。


 その情報屋は、まだ情報屋をしていない。


 そいつを見つけて、情報を集めさせる!



 横浜を精霊アストラル界化から救い、配信してバズるのだ!





◆リザルト


 ハルカちゃんねる登録者130,221人→271,041人

(蒼獅のファン+蒼獅に潰された有名人のファンが流入)





────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

迷惑配信者ざまぁ編、終わりました!


過去最多の分量でお送りしております!

前回、次ざまぁするっていっちゃったから……全部一気に投稿したよ……ストックがぁ……


というのはさておき、ここまで長く読んでいただき本当にありがとうございます。感謝です。


楽しんでいただけた方、蒼獅ざまあって思った方、ハルカこわって思った方、昨日の夜眠った方は、★とフォローをよろしくお願いいたします。


既に応援いただいた方には本当に深い感謝を捧げます。


これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!



もちぱん太郎

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