<第十九話> 前線の伯爵公子。そして砦に入城する銀仮面卿

何人が人数を減らすことになったロラン達一行の前に、辺境伯の城に負けず劣らずの石壁とそれを覆う蔦に囲まれた、ずっしりとした石造りの砦が現れた。


屋上には見張り台がさらに増設されて、肉眼か魔術なのかはわからないが、物見らしき塔がある。

そしてその塔には三人、片手剣を腰につるしている他、弓や弩弓を持った兵士がいる。兵士の鎧はおそらく煮固めた革で、軽いなりにそれ相応の硬度を持つ品と見受けられた。


 ロラン──銀仮面卿の一行を見、いつもの輸送隊であると気が緩みかけたところで、彼ら物見の目に馬車の御者席の脇に座る異様な人物が目に入り、にわかに彼らが騒ぎだした。


「なんだアイツは!?」

「銀の仮面? 面妖な!?」

「なんだ、呪いか呪いか!?」

「いや、隣に城のハンスがいるぞ!」

「ああ、本当だ、ハンスだ」

「ハンスのやつにおかしな動きもなさそうだが……」


 と、どうするか決めかねていた。

 もちろん馬車の目の前の鉄で補強されてた分厚いもんは、ピクリとも動かない。


 止まった御者台の上でロランは息を吸う。

 そして吐く。大音声と共に。


「この銀仮面、いや、私は辺境伯爵公子、ハルフレッドだ! 開門せよ! 辺境伯の城から運んできた補給物資である! もちろん、家族の手紙も差し入れもあるぞ!!」


 ロランの声は良く響く。

 砦内が「ワッ」と沸き立ち、間もなくして門が開かれたことは言うまでもない。

 それはいつもの補給隊と判断できたからだ。


 補給こそ戦の命、兵の士気こそ軍の強さの証なのだ。



●〇●



太陽が眩しい。

ここは砦の屋上。

蔦は屋上の上まで這っていた。


「手入れをせねば、妖魔が蔦を伝って登ってくるな、いかんああ、いつまでもこれでは。しかし、最前線で時々衝突もあるというのに、これではだめだな、はっはっは!」


 赤い色の金属鎧に腰に佩いたブロードソード。

 この武人はロランを引き連れて頭を書く。

 金髪をまとめて後ろに流した、美男子である。

 ここが王都の宮殿であれば、いづこの貴公子かと噂になるだろう。


 だが、ロランはハルフレッドから聞いていいる。

 目の前の武人が、二枚目の顔など霞むほどに剣術の達人であるということを。


「ああ、聞いている。災難だったなハルフレッド」


と、ロランへにこやかに話しかける、鎧の武人こそはハルフレッドの実の兄。辺境伯の次男タスクランである。


タスクラン公子──ハルフレッドの異母兄──のことは、事前にハルフレッドから兄公子の似顔絵を見せられて予習済みだ。


 今のところ、異母兄とはいえハルフレッドの実の兄だというのに、ロランがそのハルフレッドの影であるということに気付いていないようだ。


 こう見てみると、タスクランはよく似ている美形である。

 と、言うことはロランこと銀仮面も、その仮面を外せばそれ相応の美男子。


 こればかりはロランは先祖と神に感謝する。

 貧しさと飢えの中、体と衣服を汚していた兄妹は、その汚れと異臭から近づくものもなく。

 その本質ばかりか外面の輝きも、天は兄妹に与えてくれていたのだ。


「大きくなったな、ハルフレッド」

「兄上もお元気そうで」

「ああ。健康だけが取り柄さ。それにしてもお前……その銀仮面、似合ってないぞ?」


 ロランは一瞬詰まる。

 タスクランの目が一瞬細まったからだ。


──正体がばれたか?


 ロランの背筋に走る、一滴の冷や汗。


「昔からお前の美的センスはおかしいと思っていたんだ、はっはっは!」

「いえ、私はこの仮面のデザインを、これはこれで気に入っているのです」

「そうか! 美的センスが悪いのは俺の方かもしれん。変なことを言ってすまないな、ハルフレッド。はっはっは!」

「いえ、兄上が仰るなら、やはりこの仮面、デザインが少しあれなのでしょう」

「いやいや、たぶん気のせいだと思うが、仮面をつけたお前がお前でないような気がしてな? うん、一瞬だぞ? 一瞬」


 ロランはまたも硬直する。

 そして、自然とショートソードの間合いを足が測っていた。


 ──もし別人とバレたなら、この公子を切らねばならない……!


 ロランは必死に表情を消すことに努める。

 タスクランは背中を見せる、切り捨てるなら今!


 ──が。


「ま、俺の思い過ごしだな。変なことを言ってすまなかったハルフレッド。補給の任、ご苦労だった。はっはっは!」


 タスクランの笑い声が、砦の屋上から四方の森に拡散する。

 森からバサバサと一斉に鳥が飛び立つ、猿やげっ歯類がキイキイと鳴く。


「今、戦況は落ち着いている。客間でゆっくりするといい、あの連れてきたお気に入りの新顔メイドと共に」

「アリアですか?」

「アリアと言うのか、あの美しい娘は。でも、お前のものなのだろう? 俺は弟のお気に入りを奪うような無神経な兄ではないよ」


 ロランにとって、笑えない冗談である。


「うん、まあゆっくり休んで疲れを取ってから帰れ。何泊かしていくと良い。な! その娘としっかり親交を深めろよ? チャンスだぞ? な? 銀仮面卿?」


 と、タスクラン。

 ロランは緊張を解く。

 全ては思い過ごしのようだった。

 ここは、ロランやアリアにとって、充分に休息をとれる場所らしい。


 ロランは、この前から続く幸運に何度も感謝したのである。




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