第93話 大好き

「監督や共演者達が、引き伸ばしてくれてるって。だから間に合うよ」

 白井さんは運転しながら言った。


「みんなに迷惑かけたわ」

 さっきの偉そうな態度はどこへやら、雪名さんは明らかにシュンとしている。


「一応、事情偉い人に話してあるから。警察にもあのタクシー乗り場の事チクリ済みだし」

 白井さんが励ますように言っても、雪名さんは車の窓から外を見たままぼんやりとしている。

「みんなに平謝りしないといけないわね。騒ぎにもなったかしら」


「どうして、こんな事になったんですか」

 私はそっと雪名さんにたずねる。雪名さんはチラリと私を一瞬だけ見ると、ボソリと言った。

「靴を」

「靴?」

「あの時はまだ結構時間があって。で、近くの靴屋に電話してサイズの在庫確認してあったから、タクシーで行って受け取って帰ってくれば十分間に合うはずだったんだけど」

「待って、待って下さい。靴?話がよく見えないんですが」

 私が言うと、雪名さんは不貞腐れながら答えた。

「だって、好葉が今日もまだ怒ってたから」

「怒ってなんか……」

「怒ってたじゃない。私が美里ちゃんのお姉ちゃんに靴を買ってあげようとしたから」

「それは、その、靴を買ってあげたから、というか……」

 勝手に私が不貞腐れてただけ。まあ、そう言われて見れば、対外的には怒っているように見えたかもしれない。

「好葉は、私を踏むのも嫌なのに、それでもずっと我慢して踏んでくれてたのに。これで怒らせたままなら関係が終っちゃうんじゃないかと思って怖くて」

「怖い?」

 雪名さんが怖い?

 ヤクザに囲まれて偉そうにしていた雪名さんが?

 怖いもの無しの雪名さんが?

「だから、その。どうにかしたい、と思って……。その普段使いしているファンから貰ったスニーカー、新作が出てるみたいだったから」

 雪名さんはバツが悪そうにそう言うと、またチラリと私を見た。


 私は無意識に、大きなため息をついていた。


「じゃあ、雪名さんは、私のご機嫌取りをしようと思って、靴屋さんに靴を買いに行ったって事ですか?」

「ご機嫌取りっていうか……まあそうなるかしら」


 雪名さんの言葉を聞くやいなや、私は思いっきり雪名さんのほっぺをプニリとつねった。


「な、なひふふのよ(な、何するのよ)。ほのわわひのはおに(この私の顔に)!」


「雪名さんのくせに!女王様のくせに、私のご機嫌取りをするなんて!」

「は、はぁ!?」

「そんな事しないでくださいよ!あれは私が勝手に拗ねてただけなんです!別に踏むのだって嫌とかじゃないし!」

 私はすぐに雪名さんのほっぺをから手を離す。

 そして雪名さんの美しい顔が赤くなっていないか確認しながらナデナデする。


「私が勝手にへそ曲げてただけなんです。雪名さんは自由なのに。ストレス解消のために誰に踏まれたっていいはずなのに、私以外に踏まれてもいいはずなのに、私が勝手に自分だけが特別なんだって勘違いしてただけなんですから……っていでででで」

 今度は雪名さんが私のほっぺをつねってきた。


「な、何でぇ?痛いですぅ」


「何回言ったら分かるの?本当にバカなの?私はもう好葉以外の踏みつけじゃ満足できないって言ってるじゃない!」

 雪名さんはお怒りだ。


 でも、私も言い返させてもらう。

「だって昨日、私が、多分紗弓さんが先に出会ってたら紗弓さんとこういう関係になってたんでしょうって言ったら、肯定してきたじゃないですか!」


「そりゃそうでしょう!私の小さい足フェチ舐めないでくれる?チャンスを見つけたらすぐに捕らえるわよ!美里ちゃんのお姉ちゃんの足だってね!近くで見せてもらいたくて見せてもらいたくてたまらなかったんだから!だから靴を買ってあげる口実で見ようとしただけなんだから!」

 雪名さんは怖いことを言って逆ギレしてくる。ちょっと雪名さんは小さい足への貢グセがあるようだ。


「そりゃタラレバの話をしたらそうなるわよ。でも、実際は私は好葉に出会って。いつも踏んでもらって、私好みにケアして。一緒にデートしてご飯食べて、仕事して、そうやって積み重ねてきたんだからもう好葉以外駄目に決まってる!手放せないに決まってるでしょ!!そんな事も分からないの!?本当にバカなの!?」


 大層なお怒りに、私は怯む。


「もう、今更嫌だったって言われても困るもの。そりゃ何としてでも、ご機嫌取りでもなんでもして手元に置くわよ!」


 いつもの堂々とした雪名さんはいない。

 顔を真っ赤にして、必死で駄々をこねている。


「ご、ごめんなさい」

 思わず私は謝る。


「わかればいいのよ」

 雪名さんは偉そうにフンと鼻を鳴らすと、車の窓の方へそっぽを向いた。なんだかまだぼーっとしているし顔色も良くない。


「……あの、雪名さん、もしかして今日変なタクシーに間違えて乗っちゃったのって、疲れてぼーっとしてたからっていうのもありませんか?」

「まあ、ちょっとね」

 雪名さんは言う。

「もしかしてですけど……ここ最近まともに踏まれて無いからストレスためて寝れてないとかあります?」

 思い返してみれば、ここ最近、踏んだのって言えば、ベイビーベイビーのモデルテストの前にちょっと踏んだだけだ。

 どう考えても足りない。

 雪名さんは何も言わないけど、多分肯定の意味だ。


「……今日の事は、私のせいでもありますね」

「そんな事無いわ。体調管理は自分の仕事よ。……まあでも、今ちょっと踏んでくれるって言うならまあ踏ませてあげてもいいわ」

 雪名さんはそう言って、そのきれいな足を私の足の下に滑り込ませていた。


「好葉だけよ。私は好葉が大好きよ。お分かり?」


「わかりました」


 私も雪名さんが好き。

 仲良しになりたい。


 そう言おうとした時、白井さんが言いづらそうに口を挟んできた。

「ごめん、今キスする流れ?もうすぐ会場着く予定で時間無いから早めの展開お願い」


「しないわよ」

 雪名さんは呆れながら答えた。でもしっかりと私に足を踏まれている。


 結局遅刻になったけどまだイベントは終わっていない。

 車が着くやいなや、私達は走って会場に向かった。




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