第76話 番外編 加美爽香の収録日誌
番外編 ☆加美爽香の収録日誌☆
某月某日。
今日の日誌は私、LIP−ステップの愛すべき末っ子、爽香がお送りします。
今日は、花水木組がレギュラーを務めるバラエティ、『ハナミズキの種』の収録日。
ゲームあり、トークあり、そして歌ありのバラエティ。ゴールデンじゃないし30分番組なんだけど、ネット配信の再生回数も多くて、若い子に人気の番組。
私達も、ファンから『LIP−ステップもハナミズキの種みたいなバラエティやってほしい』ってよく言われてたから、今日の収録は気合が入っちゃうんだよね。
私達がゲストのを2週連続でやってくれる、って言ってたのに、ギリギリになって、なんか早川結音と一緒のゲストって事にされたんだよね。なんか、目論見がわかりきってて嫌な感じがするけど。
ま、でも前に一緒に配信ライブして、早川さんとは仲良くなったし、ちょっと安心感もあるから、いっか、みたいな。
楽屋入りして、それからすぐに花水木組の8人に挨拶に行く。早川さんにも挨拶に行く。
皆にこやかに挨拶を返してくれた。特に直居千奈ちゃんなんか、ほわほわしながら「前はありがとう。頑張ろうね」と笑いかけてくれた。すっごく可愛い。私もメロメロになっちゃう。
収録が始まった。
トークではチョロっとだけ、配信ライブの時の早川結音と花水木組の仲直り話をする。あまりバラエティで話をしないとこにしているけど、このメンツで一切しないのは逆に不自然だ。
その後、いくつかのゲームに興じて、そして一旦休憩に入る。
楽しい。
何これ超楽しい。そりゃ勿論、トークとかゲームとか必死にやった。でも何か、同性同世代が集まって収録するのって、超楽しい!!
楽屋に戻って好葉や奈美穂と一緒におやつと水を摂取していると、廊下から物音が聞こえてきた。
覗いてみたら、
「何してるの?」
私がたずねると、雅ちゃんはビクッとした。
「あの、今からやる、歌の収録。LIP−ステップさんの歌の歌詞、実はまだ覚えれてなくて……」
「そうなんだ。大丈夫?」
「はい、ちゃんと前日に覚えてこなかった私が悪いので」
まあ、そう言われりゃそうなんだけどさ。花水木組も忙しいし、ちょっと覚えたりするの、サボりたくなる気持ちもわかるな。
「そんな難しい歌詞じゃないし、いけるいける。あ、今邪魔しない方いいよね?じゃあまた後でね」
雅ちゃんはコクコクと何度も頷いていた。あんなに頭を振ったら、覚えた歌詞出ていっちゃいそう。
休憩が終わって歌の収録に入る。花水木組の歌と早川結音のソロ曲と私達の歌を交互に歌うから、あの時の配信ライブを思い出す。
「ちょっとストップ!誰か!今のところ歌詞間違ってる」
スタッフから声がかかって、歌が止まった。
「すみません、私です」
雅ちゃんがすぐに手を挙げる。あちゃ、やっぱり突貫で頭に入らなかったか。
「歌詞確認して、もう一回」
収録は再開されたが、また雅ちゃんが間違えて再度止まった。
「ごめんなさい、一回ちゃんと確認してきます」
真っ赤になっている雅ちゃんが、歌詞カードを持って、スタジオを出て行った。
「ごめんなさい。あの子、たまに事前準備サボるの。あとでキツく言っておくから。今ゆっくり休憩してて」
千奈ちゃんが申し訳無さそうに私達に言った。
「ううん、落ち着いて覚えて来てもらって」
「私達なら大丈夫ですから」
好葉と奈美穂が優しく答えている。
でも千奈ちゃん優しそうだしな。ああいう子にキツく言っているところを想像できない。
ふと横を見ると、早川さんが怖い顔になっている。
あ、早川さんこういうの嫌いそうだもんな。
「ちょっと雅の様子見てくる」
早川さんは雅ちゃんの後を追ってスタジオを出て行った。
「わ、私も見てくる!」
私もついていくことにした。ヤンキーっぽい早川さんが雅ちゃんをシメたら大変。
廊下に行くと、案の定、雅ちゃんが早川さんに壁ドンされながらメンチを切られていた。
「テメエ、昔からそうだな。サボり癖変わんねえな。どうせゲスト大物じゃねえと思って高括ってたんだろ?」
「そ、そんな事……」
「どんな時も手ぇ抜くんじゃねえよ。千奈とか優しいからナメてんだろ?私が脱退してから酷くなったってスタッフから聞いたぞ」
「す、すみません」
完全に雅ちゃんが縮んじゃってる。あれじゃ覚えなきゃだめなものも覚えられない。
「ねえ!」
つい、私は二人の間に割り行ってしまった。
「早川さんの言ってることは正論で、間違いじゃないかもしれないけど!サボっちゃった雅ちゃんが良くないのかもしれないけど!今じゃなくない!?今、皆待たせてるの分かってるでしょ!?叱るのは後!!今は雅ちゃんの邪魔しないで、歌詞覚えさせるのに集中させて!ほら雅ちゃん、あっちで集中して覚えて来な」
私は雅ちゃんを早川さんから遠ざけた。
あ、やば。つい出しゃばっちゃった。
私はおそるおそる早川さんの方を振り向いた。そこには鬼のような顔をした早川さんが……いなかった。
「あ、あのぉ早川さん?」
「あっ……もっ……と」
早川さんの様子がおかしい。
てっきり怖い顔になってると思ったら、全く違う。
顔を赤らめて、目もなんだからトロンとしている。息もなんだか荒い。あと、『もっと』って聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。
「ご、ごめん、なんかつい。どうしたの」
私が早川さんに近寄った時だった。
「あら。雅じゃくて結音が叱られちゃってるの?」
後ろから千奈ちゃんが現れた。顔は笑顔だけどなんだか声が冷たい気がする。やっぱり私が出しゃばっちゃったのは良くなかったんだろうか。
「ごめん、私なんかが偉そうに口出しちゃって」
「ううん、爽香ちゃんは悪くないよ」
千奈ちゃんがそう言いながら、早川さんに近寄った。
「結音、爽香ちゃんも可愛い声だもんね?」
「千奈、その、違う」
「どうだった?爽香ちゃんに叱られて。ねえ、どうだった?」
「違うんだよ。その」
あの早川さんが怯えている。
何だ?これは。何が起こってるんだろう。
私が混乱していると、後ろからぽん、と肩を叩かれた。好葉だ。
好葉は私の頭をムギュッと抱きしめた。
「爽香、見なかった事にして、行くよ」
「え?」
「彼女達の事は彼女達に任せた方がいいよ」
そう言って、好葉は私の頭を抱きしめたまま、スタジオに戻って行く。
「だ、大丈夫かな、本当に」
「大丈夫。関わらないほうがいい。私は爽香に、変態の泥沼三角関係に巻き込まれてほしくない」
「は?」
私は好葉の言ってる意味がわからなくて首をかしげたけど、あとは好葉は何も言ってくれなかった。
少しして、雅ちゃん、そして早川さんと千奈ちゃんが帰ってきて収録が再開された。
今度は難なく進んで、なかなかいい絵が撮れたと思う。
収録が終わって、雅ちゃんからも土下座せんばかかりの謝罪を受た。千奈ちゃんもやってきてニッコリと言ってくれた。
「今回はうちのメンバーが失礼してごめんね。楽しかったよ。また一緒に共演したいね」
「うん、共演できるように頑張る」
私達はそう決意しながら答えた。
帰り際、楽屋を出ると、早川さんが待っていた。
「爽香、さっきは、その」
「あ、ごめんね。外部のモンが偉そうに言っちゃって」
私は慌てて謝る。しかし、早川さんは首を振って少し上目遣いで言った。
「今後も、なんかあったら遠慮なく叱って欲しい」
「へ?」
私がポカンとしていると、早川さんはサッサと行ってしまった。
「結音……平気で二股かけるタイプだ」
後ろから、死んだような目をした好葉が現れた。
「びっくりした。急に後ろに立たないでよ。てか何?二股って」
「爽香……」
好葉になぜか、御愁傷様、といった顔をされた。
「ねえ、なに?何なの?好葉!知ってるなら教えてよ!」
私の声がテレビ局の廊下に響く。
結局よくわからないままだ。
まあでも、収録は楽しかった、ってことで日誌は終わります。
おしまい。
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