第89話 高橋さん、また家をなくす



「高橋さーん、寝袋の準備できましたよ〜」


「やだ! 私はシバちゃんもふもふで寝るんだいっ!」


 あらかたの撮影も終わって、俺たちは寝る準備をしていたが、高橋さんはシバのもふもふベッドで眠りたいようだった。


「シバー、いいか?」


「ん。いいよ」


「やったぁ〜! シバちゃん、もふもふしようねぇ」


 腹一杯、ファイトピッグを食ってご機嫌なシバは高橋さんのために大きく姿を変えるとグワッと大あくびをした。もふもふに埋もれる高橋さんを見送りつつ、俺も後片付けを始めた。


「有紗ちゃん、楽しそうだったねぇ」


「だな、仕事ずっと大変だったろうし。たまにはこういうのもいいのかも」


 いつか、高橋さんのトラウマが消えてもっと彼女を楽しめるようになればいいななんてお節介な思いを抱きつつも俺は積極的には動かずにいた。

 音奏が俺にしたような荒療治は時に人の傷を抉ってしまうことがあるからだ。高橋さんもいつか、仲間の死を乗り越えて彼女自身が彼女を許せるようになるまでもっと時間がかかるのかもなぁ。


「キャンプっていいねぇ〜、おうちも好きだけどやっぱり誰もいないダンジョンでこうキャンプするのって癖になっちゃう」


「完全に俺に毒されてるじゃんか」


「だって、彼女だし? 英介くんの趣味は私の趣味だよ〜」


「まぁ、カップルで趣味が近いのも面白いわな。音奏、白湯飲む?」


「飲む〜、マジありがと」


「朝飯のベーコンもいい感じだし、白湯飲んだら寝るか」


「だねぇ〜、そうだ。この前ペットOKの温泉見つけたんだけど行こうよ〜。雪平さんにワンチャン案件にならないか相談してもい?」


「最高だな。しばらく温泉入ってなかったから楽しみだわ」


「やったね! じゃあメッセしときまっす!」


 キャンプの次は温泉か……いいな。温泉旅館じゃ料理も出してもらえるしふかふかの布団に貸切の露天にはいつだって入れる。最高だよなぁ。彼女といくのは初めてだけど絶対に楽しいに決まってる。


「じゃあ、寝ますか」


「そうしますか〜」


 2人用の寝袋にもすっかりなれたもんで、俺は音奏に配慮しつつゆっくりと眠りについた。



***



「おはようございます」


 シバの飯コールで起きた俺はまだ眠そうな高橋さんにコーヒーを淹れ、まだ寝ている音奏をそのままに朝食の準備を始めた。


「あら、朝ごはんまで作ってくれるの?」


「ま、一応今回は俺たちがおもてなしする側なんで」


「ほんと、音奏が羨ましいわ。岡本くんって尽くすタイプなのねぇ」


「まぁ、元社畜なんで」


 スキレットに昨日燻製器で作ったベーコンを薄切りにして焼き、卵を落としていく。その間に弱火の炭火で食パンをこんがりと。


「高橋さん、いいところで音奏起こしてもらって」


「了解、わ〜美味しそ〜!」


 キャンプの朝飯といえば?! ベーコンエッグだろうが! ということでしっかりラードで美味しくつくったベーコンエッグにブラックペッパーをかけて、音奏が起きてくるのを待機する。


「シバ、目玉焼きできたぞ」


「食う」


 ぺろん、と目玉焼きを渡すと彼はちゅるっと啜る。可愛いなぁ。ベーコンも続いて食わせると本体様は満足したのか焚き火の近くで丸くなった。


「おはよぉ」


 高橋さんが音奏を起こしてくれてやっと人間たちの朝食タイムが始まる。


「音奏は甘めのコーヒーでいいかな?」


「お願いしまぁす」


「はいよ」


 音奏のカップにコーヒーを用意しつつ、高橋さんにベーコンエッグトーストをお出しする。緑が足りないような気もするがまぁいいだろう。


「わぁ〜ありがとぉ」


「どうぞ、ほい。音奏のもここに置いとくぞ」


「英介くんありがと〜!」


 そしてレディーファーストで女性陣に配った後俺は自分のベーコンエッグトーストもちゃっと作って、かぶりついた。自家製のベーコンのコクと半熟の目玉焼きが炭火の香りのついたトーストによくマッチする。

 最高にうまい。


「そうだ、昨日食べさせてくれたランチソース? あれってどこに売ってるの?」


「あぁ、あれなら海外系のスーパーとか通販でも買えるはずです。ちなみに、ポテチやナチョス系のスナック菓子につけて食っても死ぬほどうまいんで常備するのをお勧めします」


「そうなの?」


「はい、アメリカだとタコスとかフライドポテトとかにもかけて食べるのでそれを模したスナック菓子にもめっちゃ合います。ただ、カロリー爆上がりですけどね」


 高橋さんが「げっ」と眉を顰めた。仕事を辞めてから太ってしまったらしい。


「か、考えてみるわ」


 こりゃ、買うな。ランチソースはぜひ日本でも流行ってほしいので料理動画でもお勧めしておくか。もしかしたら案件来るかもだし。

 こういうところは狡賢く行かないと、俺も将来のためにしっかり貯金はしておきたいしな。


「食い終わったら、早速ですが帰る準備ですよ」


「英介くん、おかわりあったりする?」


「私も、もう一枚食べたかったりして……」


 女性陣の方が俺よりも食いしん坊なようだ。太る〜とか言ってすぐ愚痴る癖にちゃっかりしてるんだから。


「英介、オレも」


「はいはい、作りますよ〜」



***


 楽しいキャンプを終え、俺たちは帰路についていた。お嬢さん2人と犬はぐっすりと眠りこけていて車内はとても静かだった。俺は、普段よりも優しくアクセルやブレーキを踏み2人と1匹が起きないように配慮する。


(楽しかったな)


 ソロキャンプもいいけど、やっぱり好きな人たちとのキャンプは格別に楽しい。俺はどちらかといえば尽くす側になってしまいがちだが、それもなんだか楽しいのだ。俺ってばMっ気があったのかな。


 首都高を降りて高橋さんの住むシェアハウスへとナビを展開する。着く頃にはちょうど昼か。起こして何か買っていくか? いや、一旦、シェアハウスの前までいくか。


 音奏と高橋さん、そしてシバの寝息を聞きながら車を走らせる。


 しばらく進むと、なんだか既視感のある感じ。遠くに見える黒煙とそれから徐々に増える野次馬。消防車のけたたましい音……。


——まさかな?


「えっ、何? 有紗ちゃん、起きて!」


 あまりの騒音に目を覚ました音奏が慌てて高橋さんに声をかけた。


「ううん……なぁに? 火事?」


「まじかよ……」


 ちょうど角を曲がって、俺たちは驚愕した。なぜならシェアハウスがあった場所がごうごうと炎に包まれていたのだ。

 救急車に運ばれる煤まみれの住民、野次馬がスマホで撮影していたり、泣き叫んでいたり……。


「ちょっと、ここ通行止めです! 下がって!」


 消防隊員に声をかけられて俺は車を後退させる。


「高橋さん、一旦うちに来てください。シバ、高橋さんを頼むぞ」


「おう」


 高橋さんは炎に包まれる家を見て体を振るわせ息が荒くなっていた。多分、PTSDというやつだろう。現場から離れたら音奏を後ろに座らせて過呼吸の対処をしないと。


「大丈夫、離れましょう」


 俺は急いで車を走らせた。


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