第83話 俺、嫉妬する


「これ、ちょーかわいくない?」


 彼女の口癖と言ってもいいくらい頻繁に言われる言葉だ。そもそも、音奏は「可愛い」という言葉を結構雑によく使う。シバを見ても可愛い、俺を見ても可愛い、TVで映っているおっさんを見ても可愛い……。

 可愛いの定義とは? 俺が歳なのか? 音奏の「可愛い」は本当によくわからない。


 ただ、もうよくわからないのでなんでも「そうだね」と答える。例えば、ピンクのスカートと青のスカートどっちが可愛いと聞かれても正直違いは色くらいしかわからない。

 これがリップとかアクセサリーになるともっとわからない。



 と俺にいろんなものを見せてくれる音奏だが、今回ばかりは首を縦に振ることはできない。


「それはあんまり」


「ええ? うっそ、これチョー流行ってるスポーツブランドだよ? 似合うっしょ?」


「似合うけど……」


 目の前でくるくる回っている彼女はスポーツブランドのスポブラにピタッとしすぎているレギンス姿だ。

 おへそも腕も丸出しで、レギンスなんて「上になんか着る」前提のような感じだ確かに、有名でおしゃれなスポーツブランドのロゴが入っているのでおしゃれではあるが……


「似合うけど可愛くない? なんで?」


 ムッとする彼女に言葉を選びつつ


「似合ってるんだが……流石に露出多くないか? それで走ったり筋トレしたりするんだよな? ジムで」


 そう。

 この露出多めのスポーツウェアで彼女はジムに行こうとしているのだ。正直、今の若い女の子がどういう格好でジムに行っているのかというのはよく知らないが……なんというかかなり寛容な俺でもちょっともやっとする。


「そうだよ? これ、うちの事務所のスポーツ系クリエイターの女の子おすすめのウェアなんだ〜。見てみて〜」


 音奏が見せてくれたスマホには同じようなスポーツブラとレギンスで体づくりをする美人なお姉さんが写っていた。確かに、言われてみれば海外ドラマでこんなシーンあったかも? 

 というような感じで様になっているな。


「そうだけどさ……いやわかるんだけど」


「やっぱり、太った?」


 ちなみに、太ってはいない。もともとスレンダー系の音奏はガリガリだったが、SSS級になるために訓練したこともあって筋肉が適度についた程度でむしろスタイルが良くなったに近い。

 本人は体重だけをみて太ったと言っているが。


「太ってはない」


「じゃあなんで可愛くないの?」


「可愛くないわけじゃないんだけどさ」


「え〜、なんか複雑なんですけど〜!」


「だってその格好でジムで運動するんだろ?」


「そうだよ。ほら、英介くんもアーマーはピッタリしてるでしょ? 動きやすいし汗も吸収してくれるし楽でしょ? それの女の子版的な?」


 確かに、理にかなっているのはその通りだ。そう、彼女のいう通りなんだけど……。


「なんていうかその、露出多くないか? と思ってさ。ほら、完全に貸切のジムでもないし一応音奏もインフルエンサーなんだしさ」


 くっそ……。うまく伝えられない自分に腹が立つ。なぜ「他の男に見られたくない」と素直に言えないんだ俺は。世の中の彼氏たちはいったいどういう気持ちで彼女とプールやら海やら行ってるんだ? あんなのほぼ下着じゃないか!


「そうかなぁ〜? ミニスカートより足隠れてない?」


「でもラインが出てるし……そのなんかブラっぽいのもちょっと抵抗あるかも」


「あ〜、もしかして英介くん。嫉妬とかしてくれてる?」


「はっ?!」


「だってだって〜、他の男の子に音奏ちゃんのこと見られたくなってことでしょ?」


 そう言われたら言われたで反抗したくなる俺。その通りなんですけどね!


「そりゃそうだろ……。自分の彼女が胸だの尻だのくっきり出してたら誰でも抵抗あるって、これ、上にTシャツ羽織ったりショートパンツ履いたりするのはなし?」


 彼女はうーんと不満げに口を尖らせる。一枚上に羽織るということはその分重くもなるし汗もかきやすくなる。あと、「可愛い」ブランドロゴも見えなくなってしまう。


「英介くんがそういうなら着ようかなぁ〜?」


「お願いします」


「なんかうれしー。束縛されちゃった! 記念に写真撮ろう?」


 俺の返答を待たずに、彼女は肩を組んでなんか嬉しそうな顔でスマホでカシャッと写真をとった。


「あはは、変な顔になっちゃったよ〜。あげちゃお」


「お、おいっ勘弁してくれよ〜」


「いいのいいの〜。だって英介くん可愛いもん」


 彼女の「可愛い」はマジでわからない……。



「なぁ、音奏ジムは貸切のところにしよっか」


「きゃ〜! 英介くんの束縛魔〜!」


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