第11章 俺、家を探す
第56話 俺、家族が欲しくなる
「ご飯ですよ〜、ア・ナ・タ」
と書斎に入ってきた音奏に起こされて俺は自分がすっかり眠ってしまっていたことに気がついた。編集をなんとか終えて、ゲーミングチェアの心地よさに眠ってしまていたのだ。
「ん……飯って作ったのか?」
「なに〜? 不満ですかぁ?」
彼女は冗談っぽく頬を膨らませる。よく見ればエプロンをしている。似合う。
「いや、料理苦手じゃなかった? と思ってさ。起こしてくれたら俺が作ったのに」
「まぁ、料理は苦手というか。自分のために作るのはめんどくて苦手って感じ。でも大好きな彼氏と可愛い子供たちのためなら? まぁ作れちゃうよね! 私天才だし」
「はいはい」
「あ〜、そうやって照れ隠しする〜」
「雪平さんは?」
「久々に飲みに行ってくれば? って言ったら息抜きしてくるってさ。ふふふ、このくらいの恩は返さないとね?」
天才というよりも策士だなこりゃ。
「さ、お料理冷めちゃいますよ〜」
***
食卓に並んだ煮込みハンバーグとサラダ。控えめにいって最高だ。双子も大喜びでいただきますの号令を今か今かと待ち侘びている。
一方で先に食事を済ませたシバは庭先で丸くなって先に眠っていた。
「いっただきまーす!」
「はい、どーぞ」
デミグラスソースたっぷりの煮込みハンバーグは家庭的で安心する味だった。そういえば、音奏はおばあちゃんっ子だったはずだ。こういうあったかい味、俺には作れないんだよなぁ。
「美味しいですか?」
「おいしー!」
「おいしー!」
「うまいです」
「よかった〜。たくさん食べてね!」
双子はたっぷり食べた後、それぞれお風呂に入って夜8時には寝室へとあがっていった。
俺と音奏は雪平さんの帰りを待ちつつ、控えめな酒で乾杯をした。
「ねぇ、そういえば放火だったって聞いたよ」
「あぁ、まぁ放火というか不審火って感じらしいが」
「ねぇ、その人大丈夫かな?」
「え? 死体はなかったはずだぞ」
「じゃなくて……ほらシバちゃんの呪い」
「あぁ……シバの飯を台無しにしたから死んでるんじゃないかって? いや、それはないよ。正しくはシバの目の前に差し出された食べ物をダメにしたやつにかかるもんだからな」
「ドッグフードとかってこと?」
「違う。だからシバに明確に与えると意思表示した段階で発動になるんだよ。たとえば餌の皿に入れたり、どうぞと行ってジャーキーを手渡したりな」
音奏は「そういうことか」と頷いた。
「そうじゃないと、シバのお気に入りのジャーキーやフードを廃盤にしたら開発者が一網打尽になっちゃうしな。犬神の性質上、目の前に置かれた食いもんに執着するらしい」
俺の部屋の前に置かれた木材、俺の下の部屋での不審火……明らかに俺を狙ったものだろう。こういう時くらい発動してもよかったのにな、なんて。
「そういえば、シバちゃん。双子ちゃんとすごく楽しそうに遊んでたよ。そりゃもう飛んだり跳ねたり」
「シバは子供が好きなんだよ。俺も小さい時世話になったし。気のいいやつだよ。ほんとにさ」
甘い酎ハイを飲み、スナック菓子を食べる。もし、音奏と結婚して子供ができたらこんなふうに子供が寝た後に晩酌をして、どうでもいいようなこと話して笑ってすごせるのだろうか。
「子供欲しいなぁ」
酔っているのか、冗談なのか、じーっと見つめてくる彼女にドギマギする。そういえば、結局色々あってキス止まりだったっけ。
「子供できたら冒険一緒にできないぞ」
「え〜、でも確かにそうだよね……」
「それに、流石に音奏の親御さんにご挨拶もなしにいきなり子供できました。ってのは大人としてどうかと思うぜ。結婚を前提にお付き合いしているご報告くらいはしておかないと」
彼女の顔が曇った。おばあちゃんっ子ということはやっぱり両親に何か……? いや、わかりやすく地雷踏んだ気がするぞ。
「ごめん、その」
「ううん、生きてるよ。2人とも。でも、2人は私になんか興味ないと思うし。いいの」
うわぁ……気まずいな。やっぱり、何か地雷があるんだな。
「あ〜、まぁ時が来たらさ。挨拶させてくれよ、それに俺の母親にも会わせたいし?」
俺の親の話題を出した途端、彼女は目を輝かせる。普通逆だろ、逆。
「いいの? 岡本くんのお母さんに?」
「ああ、喜ぶだろうよ」
「会いたい!」
「そのうちな」
もう一度、甘い酎ハイを飲んで彼女を見つめた。いつか、どっかに一軒家を立ててこうして平和な時間を過ごしたい。俺の親父はそんな夢をほんの少しの時間しか叶えられなかったけど……俺は絶対に叶えたいと思った。
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