第52話 俺、深夜の散歩に出る



「うぅ……煮詰まってきた」


 深夜2時。

 社会人ではない俺は生活習慣が狂いがちだ。朝はシバのエサの後、大体二度寝。好きな時間に起きて好きな時間に寝る。音奏がきていても大体同じだ。


 とても幸せな生活であるが、動画編集をしていると沼ってしまう。かくなる俺も絶賛沼り中だ。

 時間があればあるほどこだわりたくなって、どんどんドツボにハマっているということだ。


「ここはもっとこうやってカットをいれてシバの動きを可愛く見えるようにして」


 

<彼女に食べさせたいカップ麺アレンジ>


 という企画であるが、動画はシバがそんなアレンジに奮闘する俺を眺めているという構図になっている。シバはアフレコに向かないので彼のコメントはテロップで。

 俺はアフレコでレシピ部分だけ音を後入れしている。

 あとの部分は生活音というか、見ていてほっこりするような料理の音が楽しめるように……。


 っても、副菜のもやしサラダを作るくらいなので大した料理動画ではないんだけどな。



「やっぱここ、気に食わないなぁ。ちょっと息抜きでもするかな」


 パンツ一丁だったが適当に転がっているスウェットとTシャツを着て財布を探す。


「英介、どっかいくの?」


「ん、コンビニまで散歩だ」


「散歩?!」


「そ、ちょっと編集に行き詰まってな。アイスでも買おうかと」


「オレも行く」


 シバが起き上がってプルプルと全身の毛を震わせた。尻尾も元気に丸く上がり、やる気満々だ。


「ん、お散歩するかぁ」


「こういうのもたまにはいいよな」


 シバの首輪にリードをつけて、念の為にうんち用のバッグとペットボトルも持参する。


「シバ〜、一応キラキラつけるぞ」


「ん〜」


 キラキラというのはシバの首輪につけるアクセサリーだ。ピカピカ光る仕様になっていて暗闇の中でも犬がいることが自動車や自転車からもわかるようにと開発された商品だ。ペットショップのお姉さんに勧められて買ったっけ。


 部屋の明かりを消し、シバを連れて玄関を出ると、廊下の奥から聞きなれた寝言が聞こえ俺はため息をついた。

 

「高橋さーん、外で寝ちゃダメですよ〜」


「……」


 高橋さんはぐっすりである。そういえば、俺たちとキャンプの後、日勤→夜勤→日勤という鬼シフトになるとか言っていたような……。

 疲れとストレスを大量の酒でぶっ飛ばしたんだろう。今日はやけにひどい。声をかけても起きない。

 しかたない、不法侵入にはなるが……ここに置いておくわけにもいかないし失礼するか。


「流石に失礼しますよ」


 俺は高橋さんを抱き上げて、不用心にも空いている彼女の部屋のドアを開けて、そっと彼女をベッドの上に下ろした。それでも起きないので一応脈は確認したが大丈夫。だいぶ深酒をしたようだが……コンビニからもどったら一応もう一度声をかけよう。


「シバ、お待たせ」


「おう、あの子大丈夫か?」


「今度あったら転職をお奨めするよ。ほんとさ」


 深夜の風は少しだけ冷たくて、俺は歩く脚を速めた。シバはるんるんで歩いていたし、コンビニまでは歩いて10分ほど、少しだけ遠回りするか。


「シバ、ソフトクリーム食う?」


「ん〜、アメリカンドッグがいい」


「了解、あったら買ってきてやるよ」


 コンビニに着くと、俺はシバをポストに繋いで店内に入った。俺はバニラソフトクリーム、あとカップ焼きそばとおにぎり。ホットスナックコーナーのアメリカンドッグとフライドチキン。


「あざーす」


 気の抜けた店員さんに会釈をして商品を受け取るとシバの元へと戻った。シバはヤンキーのお姉さんたちになでなでされていたが俺が来ると「ワンッ」と吠える。


「あ、すんません」


「じゃね〜、わんちゃん」


 お姉さんたちは俺にそういうとコンビニの中へと入っていった。シバは愛想を振りまくのがうまいなあ。全く。足立区のヤンキー姉ちゃんもメロメロにすんだから。


「さあ〜シバ、行くぞ」


 俺はアメリカンドッグをシバに食わせ、自分はソフトクリームを食いながら、いつもの散歩コースに入る。

 足立区の川沿いを歩きながら夜の川の静かさとたまに通る暴走族のけたたましいエンジン音に安心する。


「ん? 消防車に救急車? 事故かな」


 暴走族が時たま深夜に事故を起こすので足立区ではあるあるだが、心配になる。高橋さんたちERの人も大変だよなぁ……。人間はダンジョン以外でも怪我するし病気になるし死にもする。


「英介、俺眠い」


 シバが珍しく「シバ拒否」をして動かなくなったので俺は彼をヨイショと抱き上げる。コンビニ袋にうんちバッグにシバ。手が塞がってしまった。


「しゃーなし、家まで抱っこだな」


 そのまま家の方向に向かって歩いていると、なんだか少し明るくなっている気がして、時間をチェックしたいが如何せん両手が塞がっているので見れない。

 

「ちょっと急ぐか」


 足早に家に向かっていると、消防車の音が近くなる。それどこか、空がオレンジ色に染まっていた。

 家に近づくに連れ、こんな深夜なのに人が増えザワザワと噂をしている。火事が起きているらしい。こんな深夜に? 迷惑な話だぜ。


 と余裕をかましていたら俺は目の前の光景に絶句することになる。



「まじ……かよ?」


 燃えているのはまぎれもなく俺が住んでいる古い木造アパートだった。



"***あとがき***


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