神退治。

 「パウォォォォォン!!!!」


 「うっ……何だこれ⁉」


 (人間、アドナイの力を持つ人間よ。)


 ベビモースが吠えるとモゼの脳内に誰かが呼びかける

 頭の中で呼びかけられたモゼは頭を抱える

 誰だ?まさか、こいつベビモースか!?



 「何だお前?喋れるのか⁉」


 (アドナイの力を持つ者は我と会話が出来る。そなたは力を持っているな)


 「持ってるけど、それだけで会話出来るのか」


 (アドナイの力は強大。力を持っている者はすぐに分かる。そなたのような者を探していた)


 「俺を?」


 (我も元はアドナイと同じ神であった。だが、やつは力が強くなると我を地上に落とした)


 モゼは口で話しかけ、ベビモースはモゼの脳内に語りかけることで会話が成立している

 モゼはベビモースが脳内に話しかけてくる感覚に慣れ平然としている



 (我は地上でアドナイに復讐する機会を待っていた。そなたのようなアドナイの力を持つ者を待っていた。そなたの力と我の力ならアドナイを倒せる。どうだ?我と組む気はないか?)


 「断る。俺はお前の復讐に興味はない」


 モゼは毅然とした態度で言った

 ベビモースはモゼの堂々たる態度に目を丸くする

 


 (そうか……残念だ。なら……死ね。そなたのようなアドナイの力を持つ者は邪魔になるだけだ)


 「復讐なんて辞めてこの世で平穏に暮せばいいだろ」


 (愚かな人間には分かるはずもない。神から魔物に落とされる屈辱を……!!)


 「知るかよ。そんなこと」


 (そんなことだと……!!貴様も侮辱するか⁉)


 あ、地雷踏んだ……

 本当に知らないんだもん!神の世界とか分からないし、落とされるのも何か理由があるだろ

 因果応報じゃないのか?



 「パウォォォォォン!!!!!!」


 「危な!!……いない!?」


 ベビモースは長い鼻を振ると風の斬撃をモゼに向かって飛ばす

 モゼは斬撃を避け、ベビモースに視線を向けるとそこにベビモースはいなかった

 斬撃が木々に当たり、当たった場所を大きく削り痛々しい跡になる



 (人間は愚かだな)


 「……!!!!危ない!」


 ベビモースはモゼの脳内に語りかけるとモゼの背後から水の砲撃を放った

 モゼは背後からの攻撃に気づき、とっさに体が動き攻撃を避ける

 水の砲撃が木々に当たり、衝撃で木々が大きくしなる

 危なかった!!この図体で機敏に動けるとか反則だろ!!

 威力もとんでもないし……元神の実力は健在ってことか



 「雷の怒りトルスイーラ!!」


 (何故、アドナイに従う?やつに従ったところで良いことなど無いぞ)


 モゼが雷魔法を唱えると電撃がベビモースに向かって空中を走る

 ベビモースは高くジャンプをして電撃を避ける

 電撃は後ろの木に当たり、当たった場所を焦がした

 


 「別に従ってるわけじゃない。アドナイ様に従って生きるなんてしない。俺は俺の人生を歩む」


 (自分なりの人生だと?やつに力を授かっておきながらそんなことが出来るわけ無いだろう。愚かだ。何故、人間は愚かなのだ。にしてもそうだ。我が神になれば自由な生活を保証するというのに)


 「ヘッカーさんのことを言ってるのか……?」


 モゼはベビモースのという言葉が引っかかった

 モゼの顔が怒りに代わり、目はベビモースが何と答えるのかを捉え続けている

 ベビモースが納得しない回答をすれば今にも飛びかかりそうな雰囲気が出ている



 (負けると決まっているのに、何故戦いを挑んでくるのか不思議で仕方がない。やつのせいで無駄な時間を過ごしている。だが、さっきので死んだだろう。これで無駄な時間を使うことはない)


 「侮辱してるのはお前の方だろ……!!潮流の渦位マレアボルテックス!!!!!」


 モゼはベビモースが喋り終わる前に魔法を唱えた

 モゼの手に水が渦を巻いて湧いてくる。渦を巻きながら大量の水がベビモースに向かっていく

 ベビモースの反応が遅れ、渦巻きが直撃する

 ベビモースは当たった瞬間、ふらついたがすぐにモゼを睨みつけた


 (おのれ……!!生意気な!!)


 「生意気なのはお前だ。人間にも意地ってもんがあんだ。お前はそれを踏みにじった……!!」


 (意地だと?そんなものが何だというのだ?くだらない)


 「……!!」


 ベビモースの言葉がモゼの中の何かを弾けさせた

 モゼの普段かけている力のリミッターが衝動で外れた

 モゼの中に燃える瞳で過去を語るヘッカーの姿が蘇る

 こいつ……!!絶対に倒す!!



 「……!!!パウォォォン!!」

 

 ベビモースはモゼの力が増幅したことに気づき威嚇するように吠える

 全能感に溢れる。この感覚があれば元神だろうと倒せる

 障害など何もない



 「雷撃轟電トネラティオ!!!!!」


 「ウォォォォン!!!!!」


 モゼの手に構成された魔法陣から雷撃がバリバリ、と音を立てベビモースに向かって放たれる

 ベビモースの雄叫びと共に角先から無数の風の刃がモゼに向かって発射される

 電撃と風がぶつかりせめぎ合う。風の刃が電撃にぶつかる度バチバチ、という音が森に響く

 爆風が巻き起こり、暴風が木々に吹き付ける。木々が耐えられず倒れる



 「渦の波動ヴァーグボルテックス!!!!」


 「ウォォォォォーン!!!!」


 モゼが再び魔法を唱えると手の魔法陣に水が渦を巻いて集まる

 渦巻いた水が魔法陣でまとまると1つの球となってベビモースに向かって発射された

 ベビモースは再び雄叫びをあげる。角先に電気の玉が構成される。ヘッカーを瀕死にさせた技だ

 電気の玉から電撃がモゼに向かって発射される

 水玉と電撃がぶつかりせめぎ合う……と思われたが、ぶつかる寸前に水玉と電撃は両方消滅した

 モゼとベビモースは上から何か来る気配を感じ、空を仰ぐとアドナイ様が空から降りてきていた



 「アドナイ様!?どうしてここに……」


 (アドナイ!?何故貴様がここにいる!?)


 「いやぁ、ちょっと迷っちゃった……って懐かしい顔があるじゃん」


 (貴様から来るとは好都合!!ここで死ね!!我を地上に落としたこと後悔するといい!!)


 ベビモースはアドナイ様が降りてくると長年の恨みを込め、鼻を振り風の斬撃を飛ばす

 モゼは斬撃を防ごうと魔法を唱えようとしたがアドナイ様が手で制止した

 このままだと当たる!!何で止めるんだ!!

 


 「出会い頭に攻撃か……やっぱ地上に落として正解だったな」


 アドナイ様は詠唱をせずに魔法を唱える

 風の斬撃がアドナイ様の前にある見えない壁に阻まれ消滅する

 無詠唱!?神はやることがえげつない……



 「お前は神じゃなくて悪魔だ。ここで消えろ」


 (悪魔だと……!?いい加減にしろ!!)


 「そこまで死にたいなら仕方ないな……神の怒りゴッド・イーラ


 ベビモースは怒りに身を任せ全魔力を凝縮させた雷撃をアドナイ様に向かって放つ

 アドナイ様は呆れたように魔法を唱えた

 アドナイ様の手からまばゆい光が光速で放たれ、ベビモースが反応する前に直撃した

 魔法が直撃したベビモースはその場で力尽きる。巨体が地面に衝突した際、地震のように地面が揺れた

 見えなかった……これが真の神の力。この領域に行くのは人を完全に超えない限り無理、いや人を超えても無理だろう



 「まだ、こいつベビモース生きてたか。死んだと思ったけど、もう死んだからいいか」


 「ベビモースがアドナイに復讐しようとしていましたが、何があったんですか?」


 「それは教えられないな。こいつベビモースは神々の間でもタブーだから」


 「そうですか……」


 何故、神が地上に落とされたのか知りたかったがそれは叶わぬ願いだったみたいだ

 触れるのは辞めておこう。しつこく聞くと怒りを買うかもしれない

 そうなったら、為す術もない。死を待つだけだ



 「よく戦ったね。こいつベビモースも地上に落ちたとはいえ持ってる力は強大。自分のものにしてるみたいだね」


 「はい。慣れてないところはありますけど」


 「力を完全に使いこなすことは難しいからね。完璧を目指すなら頑張って。応援してるよ」


 アドナイ様は俺に優しく笑いかける

 アドナイ様から応援された。感激だ

 こんな経験もう一生しないだろう



 「じゃあ僕はこれで」


 アドナイ様はそういうと俺の目の前から姿を消した

 空から来たから空に戻るのかと思ったら、普通に空間転移ワープだった

 神も魔法を使いこなすんだな。特別なことをするのかと思った(もうしたけど)



 「モゼさん!!終わりましたか⁉」


 後ろから声をかけられ振り向くとパレードが息を切らしていた

 ここまで走って来るほど遠くに逃げたのか

 完璧な判断だ。少し離れただけじゃ巻き込まれてただろう

 


 「うん。無事に終わったよ。ヘッカーさんは?」


 「さっきとあまり変わってません。このままじゃ!!」


 「大丈夫。死なせないよ」


 俺はパレードにヘッカーさんが休んでいる場所に案内してもらった

 パレードに案内された場所は木々に囲まれた中にある小さなくぼみ

 外敵から身を守れそうな場所だ。こんな場所、よく見つけたな

 ヘッカーさんが横になって寝ている。血の出血は収まっていないが先程よりひどくない

 心臓の付近に耳を当てると微かに音が聞こえる。死んではいない

 回復魔法をかけても怪我がひどいから完全には治らないが、自分で動けるくらいにはなる

 


 「慈愛じあいしずく


 「ヘッカーさんの呼吸が落ち着いてます」


 モゼが魔法を唱えると指輪から一滴の雫がヘッカーの体に落ちる

 雫は体に落ちると中に入っていき、内側から傷を癒やす

 中の傷はこれで大体治る。病院で看てもらえば完璧に治療できる

 あとは外の傷か。出血も止めなきゃいけない



 「大回復マックスヒール


 「出血が止まった……」


 「あとは病院で看てもらって治療は終わり。病院に運ぼう。意識が戻れば自分で歩けるくらいには治ってるから」

 

 ヘッカーの傷がみるみる治っていく様を隣で見ていたパレードは嘆声を漏らした

 モゼがヘッカーを背負い、くぼみから出る

 パレードもモゼに続いてくぼみから出た。二人はアルーラに向かった

 

 

 「完全には治らないんですね」


 「重症を完全に治すってなると専門的な技術がないと。傷にピンポイントで回復魔法をかけられないと重症は完全には治らない。軽症ならかけておけば治るけどね」


 「回復魔法も簡単じゃないんですね」


 「そういうこと。回復魔法が一時しのぎにしかならない時もある」


 「そういう状況にならないのが理想ですね」


 「そうだね」


 理想はパレードの言う通りだ

 回復魔法を使わないで敵を倒せればそれがいい

 でもそれは難しい。想定外のことが起きることもある

 


 「でも、俺の回復魔法ならある程度の傷は治せるから。そんな心配しなくていいよ」


 「……」


 パレードは真顔で俺の背中で寝ているヘッカーさんに目を向ける

 これくらい怪我されると完全に治すのは厳しい

 ヘッカーさんのことをそんな顔と無言で見るのやめてあげて

 


 「これくらいの傷はさすがに完全には治せない」


 「ですよね。何もしなかったら確実に死んでましたからね」


 「そうだね。確実に死んでた」


 やられた直後は呼吸も浅かったし、骨は何本も折れていた

 出血もひどかった。応急処置をしなかったら、まずこの世にはいない

 俺ってヘッカーさんの命の恩人じゃね?

 だからといって物乞いはしない

 助けたいから助けたんだ。力は俺が自由に使う



 「街が見えてきましたよ」


 「ウッ……ここは?」


 歩いていると視線の先に街が見えてくる

 やっと着く。ヘッカーさん大きいから重いんだよな

 重いから引きずってやろうかと思ったけど、実行する前に起きてくれた

 


 「やっと起きましたか。もうアルーラにつきますよ」


 「……!!ベビモースはどうした⁉」


 ヘッカーさんは起きるとすぐさま俺の背中から降りて地面に立つ

 元気そうだ。あとは自分で歩いて帰ってもらおう

 顔が必死になってる。どう説明しよう

 俺が倒したっていうのもな……

 


 「それなら終わりました」


 「お前が倒したのか?」


 「……アドナイ様が倒しましたよ」


 「アドナイ様?どういうことだ」


 「アドナイ様ってメシア教の神様ですよね?どうしてそんな方が?」


 俺はハテナがいっぱいの二人に説明した

 説明が終わると二人は懐疑的な視線を俺に向けてきた

 本当だって!!こんな場面で嘘はつかないよ!!



 「まさか、30年追ってたやつが神だったなんてな」


 「驚きました?」


 「驚いたが、神だろうと獲物であることに変わらない。神なんて倒した暁には祝杯をあげてるさ。でも、ベビモースを倒したのがアドナイ様か。神に獲物取られちまったな」


 ヘッカーさんは残念そうに言った

 アドナイ様に全部持ってかれたな

 


 「勝負は引き分けですね」


 「そうだな」


 俺がつまらなそうに言うとヘッカーさんもつまらなそうに答えた

 死なない程度に攻撃してくれればな、手柄取れたのに……って!!

 ヤベッ!!ベビモースの素材持ってくるの忘れた!!



 「素材忘れた……」


 「何⁉素材落ちてるのか!!俺は取りに行ってくるぞ!!」


 「はぁ……めんどくさい。空間転移ワープ


 ヘッカーさんは意気揚々と神の森の奥へ向かった

 だが、そうはさせない。俺は空間転移ワープを使い戦闘した場所に戻ってくる

 ベビモースが力果てた場所に牙が落ちていた。体はどこ行ったんだ?

 まぁいいや。素材だけ回収してすぐ戻ろう



 「え?嘘だろぉぉぉ!!!!」

 

 俺が牙を手にとると牙が砂のように崩れて消えていた

 手に持ったら消滅した……高く売れると思ったのに

 無くなったものは仕方ない



 「あ、モゼさん」


 「お前いつの間に戻ってきたんだ!!」


 「モゼさん、顔色悪いですよ」


 パレードがモゼの顔色が蒼白なので気になって尋ねる

 ヘッカーもモゼの顔色が悪いことに気づき心配になる

 


 「……えた」


 「「え?」」


 モゼが消えるように言ったため二人は全て聞こえず聞き返す

 ため息をつくとモゼは大きく息を吸い込んだ

 


 「素材消えた……」


 「「え?えぇぇぇぇ!!!!」」


 二人の絶叫が森に響いた

 絶叫は街にまで届き、後に神のあくびと呼ばれた

 アドナイ様、百歩譲って手柄はあげますけど素材は残して下さいよ!!

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