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 個人について、そして故人についての話というものは憚るような気がする。それでも、過去というものは自分自身を作り上げていくものだ。だからこそ、自分という存在について話すときには、必然と人との関わりについても話さなければならないだろう。僕は、そう思うのだ。


 


 ■間宮 桜について


 幼い頃から陰鬱な人生を送っている。自慢ではないけれど、そのおかげというよりか、そのせいでというか、人よりも早く達観した気分で世界を見てしまうことで、そうして価値観が異なる同年代の人物とは関わることが少なくなってしまった。


 両親はそのことに対して違和感を覚えることもあったらしいけれど、結局はひとつの子供の成長だと受け取ったらしく、見守ってくれていた。その視線が逆にどこか気まずかったけれど、特にしつけを変えるでもなくかかわってくれた両親については感謝が尽くせない。


 そんな幼い頃の折に、隣の家に引っ越してきた女の子がいた。僕と同じ幼稚園に通うことになり、そうして関係を紡いでいく一個年上の女の子。彼女はひとりっこで、どこか正義をかぶる毅然とした態度の彼女と僕は出会った。


 「それっていけないことなんだよ」


 よく彼女が他の子どもたちに言う台詞の大半はこれだった。


 彼女は年長だったから、幼稚園でのぼくとの関わりがそこまであるわけではない。でも、幼稚園の遊ぶ時間に外に出れば、積極的にいろんな子どもに対して注意している彼女の姿を見かけることがとても多かった。


 よく言えばリーダー気質。もしくは委員長という人間。


 悪くいってしまえば、独善的で偉ぶっている子ども。ともかく正義面をしているだけの人間。どちらかといえば、周囲の子供からの印象としてはそんなものだったと思う。


 幼稚園での関わりこそなかったものの、引っ越してきたときから家族ぐるみでの付き合いというものは生まれてくる。


 幼稚園の帰り、時間を持て余すことになって、隣のお家で遊ぶとか、そういうことも多くなってくる。どちらの家にも遊び道具とかゲームとかは存在しなかったので、必然と自分のことを話したり、幼稚園であったことを話したり。


 それはいつしか日常になっていって、幼稚園という幼さしかない時期から、長くも中学校に至るまでに長く続いた。






 小学生の時にあった話。


 人と関わることをよしとしない僕の生活は、よく図書館で本を借りて過ごすことが多かった。もしくは借りる対象を幼馴染の桜としたりする場面もあり、そうして読書という世界に僕は身を置くことになった。そんなある日のことである。


 「あれ」


 家に帰ってから気が付いた。ランドセルの中に入れたはずの、彼女から借りていた本がない。


 教室で本を読むと揶揄われるから、いつも図書室で読んでいる。そうして図書室で読んだものは必ず教室に帰るときに隠すようにランドセルにいれるはずなのだけれど、どうしてかmそして何かを間違ってしまったのか、そこには彼女から借りた本は存在しなかった。


 今日には彼女に返さないといけない。一週間前にそう彼女に約束したのだから、この約束は絶対であると、幼い心が張り詰める。


 ──ピンポーン、と家のチャイムが聞こえてくる。いつもは間延びしたような音に感じるけれど、今日に至っては緊張w間を張り詰めたような警鐘に聞こえてしまう。


 なんとかしなければいけない。そんな感情を抱きつつも、ないものはないのだからどうしようもない。


 今振り返れば、正直に彼女に話してしまえば、それだけで済んだような気がするけれど、当時の僕は彼女からの信頼を裏切ることが怖くて仕方がなかった。だから、そうして覚悟を決めた。


 階段を昇る音がした。チャイムが鳴ったのだから母がいつものように家に入れたのだろう。彼女が本を取り返しに来たのだと、焦燥感が重くなる。


 コンコン、ノックの音が耳元に障る。いよいよ僕は考えていたことを実行するときが来たのだと、腹をくくった。


 彼女が部屋に入ってくる。入ってきたと同時に、僕は片隅に考えていた言葉を彼女に吐いた。


 「あいつらに……、クラスのやつらに揶揄われてとられたんだ」


 そう、吐いた。


 いつも彼女には、暮らすの人間が僕のことを疎ましく振舞われていることを話していたから、どことなく信憑性については生まれているような気がした。それで納得してくれるような気がした。もしそれで、今のこの状況を解決できたのなら、明日どうにか探して、適当な言い訳を今のようにつくろえば、それで済む話だと、そう思ったのだ。


 だが、彼女は。


 「ふうん」


 興味もないような顔で、無表情にその話を流した。


 成功した、そう思った。これでなんとかなったと。けれど。


 「その話に私はどこまで付き合えばいいの?」


 サクラはそう言って、結局すぐにウソがばれてしまったのだと幼心に察する。


 「私、嘘は嫌いなんだ」


 彼女は言葉を続ける。


 「嘘つきは泥棒の始まりとか、そういうことをいうつもりではないけど、嘘をついたら更に嘘を重ねることしかできないかr、私は嘘が嫌いなの」


 怒鳴りつけるでもなく、感情を含ませるでもなく、淡々と事実を突きつけるように。


 「その嘘を私が信じたとして、そのあとどんな嘘をつこうとしたの?」


 図星をつかれた気持ち。そして思い出す本来の彼女の気性について。


 そうしてハッとしてしまう僕の様子を見て、彼女は少し微笑んだ。


 「ほら、結局そういうことなんだよ。嘘は一つついてしまえば必ず重ねてしまうものなんだから」


 諭すように。


 「私、ちゃんと話がしたいな。ゆっくりと考えていいから、正直に話そうよ」


 そう言って、彼女の諭す口調は終わりを告げる。まるで大人が子供に適切に然るように。


 怒られることを覚悟していたからこそ、怒られない現状について、どうしてか涙が流れてしまう。自分がやってしまった嘘という行為に対しての公開が、罪悪感となって、涙は止まることはない。


 子どもの頃、誰かに怒られることに対して恐怖を覚えずにはいられない、だからこそ、今回もそんなものから逃げるように、彼女に嘘を紡いだというのに。


 彼女の優しく諭すような、そんな怒り方はまさしく大人のように見えて仕方がなかった。


 彼女はいつだってそうだ。


 彼女は不正を、嘘を、不平を許さない。それは誰が対象であっても変わることがない。それこそ、幼馴染である僕に対しても。


 そんな優しいまなざしに見つめられて、僕は彼女から視線をそらしてしまった。ないていたからかもしれない、でもそれ以上に視線を合わせたくなかった理由は、叱られている空気の仲でも、どこか照れた表情を彼女に見せたくなかったからだ。


 きっと、そんなときに理解したのだ。それが初恋の始まりだったと。


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