第二十七話 暗黒竜の一日
ダークドラゴンは暗闇を司る竜である。
啓太達と共にコネリ村にやって来た竜は、薄暗い納屋を己の寝床として定めた。
日が沈むと共に眠りにつき、日が昇ると共に目を閉じ、黄昏と共に闇に潜り、暁と共に夢を見る。
「納屋に死体?」
啓太が拠点としている村長宅兼ギルドの朝は刺激的な言葉から始まった。
「ああ、マイクの家の納屋から死体が出てきたとかで大騒ぎだ」
「はあ」
村長はギルドの受付で、常にそこにあるように立っている。
小さな村のギルドとはいえ、その長はそれなりの権威と威厳を持っていた。こないだまで。
「そこで君に調査をお願いしたい」
「え、なんで」
「先日の事件を鮮やかに解決したその手腕をもう一度ふるってほしい」
「あれはみなさんが事件にしてただけじゃないですか」
啓太の言葉に村長の顔が曇る。
「それに関しては我々も反省して、監視は週に一回にしている」
「監視って何を監視してるんですか」
「我々だ」
「意味が分からないので頑張ってゼロにしましょう」
啓太の言葉に村長の顔に影がさす。
「うむ……そうだな。それがいいかもしれない。村役会議で提案しておく」
「そんな規模だったんですか。いっそのこと全員もいでみては」
啓太の言葉を受け流すように村長は顔を上げる。
「それはともかく、マイクの納屋にあった死体について調査してもらいたい」
「うーん」
『勇者よ……』
世界を混沌に導く声が、鱗粉と共に降り注いできた。
「何」
『今度こそ誰でもいいから有罪にするのです……』
「無差別判決とかそれもうテロじゃん」
ほっぺたを膨らませた鱗粉の発生源を無視して村長は頭を下げる。
「君しか頼れるものはいないんだ。どうか頼む」
「うーん」
威厳とかいろいろすり減っているとはいえ、見た目はそれなりにいい大人が頭を下げているのを見て、すっぱり断れるほど啓太は割り切ることはできなかった。
「……いや、まあ、そういうのやった事は無いですけど、できる範囲でがんばります」
「そうか……! ありがとう」
村長の顔に安堵の色が広がる。
「それじゃあ早速だがマイクの家に案内しよう」
「お願いします」
『ギルティ!』
「控訴しといて」
二人と一粉は事件現場に向けて歩き出す。
一体どんな事件が待ち受けているのか。啓太たちの行く手に風雲急を告げるようにぬるい風が吹いた。
「これがうちの納屋にあった死体です」
村長の案内でマイクの家の納屋に来た啓太。
少しこわばっている顔の啓太の前には、ごろりとアレが寝転がっている。村長は眉間に深刻そうなしわを刻んで啓太を見た。
「どう思うかね?」
「知らない竜ですね」
「竜?」
「……う」
啓太はうつむいて眉間に手をやってしばらく目を閉じた後、何かを決心したように顔を上げた。
「すみません、ちょっと逃げようとしました。それは俺の仲間です」
「そうだったのかね。しかしなぜこんな所に」
「暗くて湿ってそうな場所が好きだからじゃないかと」
啓太の脳裏に、屋根を見てはしゃいでいるありしの竜の姿が思い出された。
「……ほったらかしにしたのがダメだったかなあ」
『司法解剖しましょう司法解剖』
ふわふわと漂う妖精は物騒なことを言っている。
「いやいやいや無理無理無理」
「解剖するなら医者を呼ぶが」
「……それよりも、弔いをお願いします」
啓太が頭を下げる下で、竜は寝返りをうった。
「うーん、むにゃむにゃ」
「生きてんじゃねーか!」
啓太は竜の頭をはたいた。
「村長! 死んでないですよ!」
「なんだと……マイク、どういう事なんだ」
「まったく動かないからてっきり……」
『死因は何にしますか』
ある意味蘇った死体に対しパニックに陥る一行。
ゆっくりと起き上がった竜は、瞳をどんよりと濁らせながら口を開いた。
「……おはよう……おやすみ」
「起きろー!」
啓太は竜の頭をはたいた。
「え、なに? なに?」
ようやく覚醒した竜は疑問符をいくつも浮かべている。
啓太は竜の両肩をつかんだ。
「竜さん!」
「え、なに」
「部屋で寝てください!」
「え。でも部屋だと明るくなるし」
「明るくなったら起きて!」
「なんで」
「起きろ!」
「はい」
このあと啓太は事態収拾のためにあちこちで頭を下げ、竜は冒険者ギルド兼村長の家の二階のベッドに引っ越すことになった。(第一部完)
ダークドラゴンは暗闇を司る竜である。
啓太達と共にコネリ村にやって来た竜は、紆余曲折の末、村長の家の一室を己の寝床として定めた。
日が沈むと共に眠りにつき、日が昇ると共に目を閉じたらこじ開けられた。
黄昏と共に闇に潜り、暁と共に夢を見ようとしたらお布団をはがされた。
竜は家出した。
「納屋に死体……」
啓太が拠点としている村長宅兼ギルドの朝は刺激的な言葉から始まった。
「ああ、ジェフの家の納屋から死体が出てきたとかで大騒ぎだ」
「なんかすみません」
啓太は頭を下げた。
「どうかしたのかね」
「いや、多分それは俺の仲間じゃないかと」
「じゃあ調査をお願いしていいかな」
「はい」
話はとんとん拍子に進み、埃っぽい鱗粉の持ち主はふわふわと浮遊する。
『被告人を却下しましょう』
「がんばってね」
二人と一粉は事件現場に向けて歩き出す。
一体どんな事件が待ち受けているのか。風雲急を告げてない感じの普通の風が普通に吹いている。
ジェフの家についた啓太たち。
納屋の前には一人の男が立っていた。
「おや、スティーブじゃないか。どうしたんだ」
「村長、事件だと聞いて飛んで来たぜ」
スティーブと呼ばれた男は煙草をくわえると、マッチをポケットから取り出して火をつけ、元気よく咳き込んだ。
「ゴホッゴフッ……謎は全て暴いてやるぜ」
スティーブと呼ばれた男は見る者の精神的な痛覚を刺激している。
啓太は変なものを見る目をできるだけ隠しながら村長に尋ねた。
「あの、村長、この方は?」
「うむ、スティーブはこの村の保安官だ」
「はあ」
スティーブと呼ばれた男はニヒルな笑いを浮かべようと唇を曲げている。
「ハドソン家の監視をローテーションにしようと提案したのも彼だ」
「うわあ」
事件に迷宮の影がちらつきはじめた。
「それでスティーブ、捜査はどうだね」
「ふっ、納屋の死体についてだが……」
スティーブと呼ばれた男は納屋の方を見ながら煙草をふかした。
「死因を究明するため医師に解剖してもらったら健康体って言われた」
「怖ッ」
啓太はドン引いた。
「え、なに、どういう事。死因は司法解剖とかいう小話じゃないんですから」
「ああ、医師にすごい怒られた。強引に解剖させたのがまずかったかもしれない」
「そりゃそうですよ……ところで竜さんは大丈夫なんですか」
「竜さん? ああ、被害者なら納屋で寝てるよ」
啓太が納屋の中に入ると、床に竜が寝転がっていた。
「竜さん起きてください。竜さん」
啓太が竜の肩をつかんで揺さぶる。
「うーん、もうちょっとだけ……ん? 痛ッ、え、なに? 痛ッ」
起き上がった竜が自分の腹部を見ると、なんか縫われていた。
「え、なに? え?」
「竜さん」
混乱している竜に、啓太はしゃがみこんで視線を合わせた。
「朝起きないから縫われるんですよ」
「え、なに? なにが?」
「縫われないためにも頑張って早起きしましょう」
「え、どういうこと? なんで?」
「起きましょう」
「はい」
こうして事件は解決した。
反省した竜はきちんと部屋で寝泊まりするようになったが、しばらくの間、傷を癒すという名目でベッドからでてこなかった。
夢を見る時間は必要だ。用法用量を守って正しく見ましょう。
次回「屋根裏の死体」
お楽しみに。
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