第二十五話 光さす方へ
マスタードラゴンの元に向かうことになった啓太達。
思えばそれなりに長く過ごしたセミテの街を後にして、未来を目指して一歩を踏み出す。
足元に広がる大地、その続く先には一体何が待ち受けているのだろうか。
見上げれば道は行く末に向けて続いていく。振り向けば来し方は長く長く伸びている。
「ここどこ!」
世界を救う勇者であるところの啓太は、久しぶりの迷子を存分に堪能していた。
「もう帰る! 帰らせて!」
洞窟に引きこもりがちだったダークドラゴンも、初めての迷子に子供のようにはしゃいでいる。
『北って上ですよね』
妖精はいつもと変わらない味わいで勝利していた。
事の始まりは三日前、意気揚々と地図を片手に街を出発した後
『こっちが近道ですよ』
という妖精の囁きに
「もうその手には乗らないよ」
と返した啓太が自分の信じた道を突き進んだ事であった。
地図を片手に右往左往、目的地はおろか現在地を見失った段階で啓太は一つの結論を導き出す。
「もしかして俺、方向オンチなのか……」
ついに真実にたどり着いた瞬間であった。
「そうだ、一回戻ろう、戻ってやり直そう、まだ間に合う!」
落ち込む啓太をよそに、地面をうつろな目でながめていた竜(人間形態)は捨てられそうなヒモみたいな事を言い出した。
『やれやれ、しょうがありませんね。目的地までの道を光で照らしてあげましょう』
そう言うと妖精はふわふわと浮き上がり、片手を空に向けて差し出す。
啓太と竜が見つめる中、妖精の鱗粉は空に舞い上がっていった。
特に何か変化があるわけでもない昼下がりの空の下、誇らしげな妖精は啓太のそばに寄っていく。
『どうです』
「何が」
『道を照らしましたよ』
「何が」
『太陽が』
お昼の太陽はそこら辺一帯というか世界全てをぽかぽかと照らしていた。
「これはどうすればいいのかな」
『光の導きにしたがって行けばそのうちどこかに着きます』
「雑が強すぎる」
ほっぺたを膨らませた妖精を無視することにした啓太は、両手に持った地図をしばらく眺めた後、近くで頭を抱えている竜に話しかける。
「うーん、竜さんはどっちに行けばいいと思いますか」
「一回落ち着くんだ……戻ろう! 戻ってやり直そう!」
焦燥感マシマシで憔悴したわりに瞳はギラギラしている竜はフラれたストーカーみたいな事を言い出した。
「そうしたいのは山々ですけど、戻る方向がわかんないです」
「……もういい、お外きらい。穴がいい。穴に入りたい」
なんだかしょんぼりとした竜はしゃがみこんでヤリチンみたいな事を言い出した。
かける言葉は特にない啓太は、地図と周囲の地形を照らし合わせて現在地がどこであるか探っている。
「うーん……わからん!」
分からないことが分かった。
「そうだ妖精さん、一番近い村か町を調べられない?」
『出来ますよ』
「やった、お願い!」
両手を合わせる啓太を見た妖精は、やれやれしょうがないですね的な鱗粉を振りまきながら、光るコードのようなものを地面に接続した。
『おや、意外と近くにありますね』
「本当? どこ?」
『あそこです』
そう言って妖精が指さした先では、天から光の柱が差し込んでいる。
『分かりやすいように村全体を光で囲いました』
「森を抜けた先だね。ありがとう! 助かったよ」
『存分に感謝するといいでしょう』
希望の光(物理)を前にして、啓太は全身に力が湧いてくるのを感じた。
「ほら、竜さん村ですよ村」
「……村?」
両足を抱いて地面に座っている竜は、顔を上げてどんよりとした瞳を開いた。
「……屋根、ある?」
「きっといっぱいありますよ!」
「屋根、屋根……!」
希望の光(屋根)を前にして、竜の瞳に力が宿る。
「さあ行きましょう!」
「うん……うん!」
『まあ私の手にかかればこの程度は造作もなくて』
三人は森の向こうに見える光の柱に向かって力強く歩き出した。
五里霧中にさした一条の光。道行を照らす輝きは足を前へと進ませる。
そんな感じで森を抜けた三人が目にしたのは、道の先にある光の柱と大地に穿たれた穴であった。
「……村は?」
「穴なのに屋根がないなんて……」
『感謝の心はいくらあっても多すぎることはないそうですし』
三者三様のコメントがバラバラに散らばる中、どこかから騒ぐ声が聞こえてくる。
「なんだろ」
そう言って啓太が見上げた先にあったのは、空に浮かぶ切り取られた大地。その上には村があってパニックになっている村人が観察できた。
「そうきたかぁ~」
思い返せば、ここに来た時に四天王を倒したのも、濁流から草ドラゴンを助けたのも、最強トーナメントが台無しになったのも、すべて空中に持っていく妖精の光が原因だった。
啓太は、空からの光を見た時点でこうなる事を予見しておくべきだったか? と一瞬思ったが予見したところでどうしようもなかったよねとそれ以上思考を進めるのをやめた。
「え? 何あれ……屋根?」
「ちがいます」
ようやく空の異変に気づいた屋根好きの竜。事態がややこしくなる前に啓太はバッサリやっておいた。
見上げれば、村とそれを乗せた大地はゆっくりと天に向かって上ってゆく。
「うーん、妖精さん?」
『讃える歌は少年声の……なんです?』
「あの光を消したらどうなるの?」
『落ちますね』
村と大地はさらに空のかなたに近づいていく。
「ゆっくり下ろすなんてできる?」
『あれは上昇専用なので』
「じゃあ下降タイプは?」
『ないですね』
村と大地は天国に向かって進撃中。
啓太はじっとりとした汗を感じながら考えを巡らせる。その横で竜がなんかぶつぶつ呟いていた。
「穴……屋根……そうだ、僕自身が屋根になれば……!」
事態を混迷に導く導火線に火がつきそうになっている。啓太は虚ろな目をしている竜の肩にそっと手をおいた。
「穴が無いなら掘りましょう」
「え……」
「地面から下に掘ったら屋根つきですよ」
「そうか……そうだね!」
「そうですよ!」
一件落着。竜は一心不乱に素手で地面を耕し始めた。
改めて視線を上に向けると、ゆっくりとだが確実にここから遠ざかっていく村と大地が見える。
「うーむ……」
啓太は考える。いったいどうすればいいのか。このまま空の向こうに見送るか、落ちて地面と一体化……いやいやさすがにそれままずい。
うんうん唸る啓太の横では十センチくらい掘ってバテた竜が地面に転がっていた。
「屋根……穴……」
「休憩はさんで休み休みした方が……」
その時啓太の頭に一つの考えがひらめいた。
「妖精さん、光を消した後、もう一度光を出すのにどのくらいかかる?」
『すぐ出せますよ』
「じゃあ俺の合図で消したり出したりしてほしいけど大丈夫?」
『よく分かりませんがいいでしょう』
「じゃあ止めて!」
『はい』
光の柱は消え去り、村と大地は落下を始めた。
「出して!」
『はい』
光の柱は竜を包み、空へと押し上げる。
「違う!」
『えっ』
「上の村! 早く!」
『こうですか』
加速がつき始めた村と大地を光が包み込み、竜は地面に落ちてぶべっという音をたてた。
「あー、びっくりした」
またゆっくりと上昇を始めた村と大地を見ながら、啓太は額の汗をぬぐう。
「妖精さん、目標はあの村、あの村だからね!」
『まかせなさい』
自信みなぎる妖精を見て眉をしかめた啓太だったが、よく考えたらいつもこんな感じなので気持ちを切り替える事にした。
「じゃあ消して!」
『えい』
村落下。
「出して!」
『やあ』
村停止。
「消し
(しばらくお待ちください)
・
・
・
・
・
「消して!」
『ふん』
光の柱が消えると共に、軽い地響きをたてながら地面に空いた穴に村が収まった。
「……つ、疲れたあ」
傾いてゆく太陽が、膝に手をおいて地面に向けて息を吐く啓太の背中をそっと照らす。
少しづつ長くなる影は黄昏が近いことを知らせている。
啓太は地面でいびきをかいている竜の体を強めにゆすった。
「竜さん、起きてください」
「……あれ? 屋根は?」
「ほら、あそこにいっぱいありますよ」
そう言って啓太が指さした先には、少しだけ傾いた建物が集まる村があった。
竜のぼんやりとした目に光が宿る。啓太は竜を立ち上がらせると、夕日に染まりつつある村を指さした。
「さあ行きましょう!」
「うん……うん!」
『私の精密なコントロールが不可能を可能にしたわけです』
「質の悪いマッチポンプは黙ってて」
三人は道の向こうに見えるちょっと歪んだ村に向かって力強く歩き出した。
五里霧中にさした一条の光。道行を照らす輝きは足を前へと進ませる。
そんな感じで村に着いた三人が目にしたのは、でこぼこの地面と傾いた家、あと顔色がすごく悪くてあちこちに倒れてる村人たち。
「……」
「……」
『……』
突然の強制悪質アトラクションに巻き込まれた村人たちは平衡感覚に結構なダメージを受けたらしく、そこらへんが吐しゃ物まみれになっている。
村の入り口で立ちすくむ三人に、壮年の男が息も絶え絶えによろよろと近づいてきた。
「た……旅の方……よ、ようこそコネリ村へおげえぇぇぇぇ!」
堤防は耐え切れず決壊した。
「おぶうぇぇぇ」
青ざめた竜はもらいゲロをした。
「こ、こんにちは」
啓太は頑張って挨拶をした。
こうしてマスタードラゴンに会うための旅は割と無難なスタートをきった。
村に着いた啓太達を待ち受ける試練とは一体何か。
とりあえず掃除しよう。
次回「私が町長です」
お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます