第十八話 剣の道(前編)

 ここは冒険者ギルド。

 様々な人々が集い、夢と現実が綾を描く。

 一攫千金を狙う者、ギリギリのスリルを求める者、未成年、特に少年を○○する者。

 最後のは最近捕まって牢屋に入った。

 その冒険者ギルドの受付で、啓太は驚きの表情をして固まっている。


「剣って、使うのに免許がいるの!?」

「そりゃあ、武器だからね。それよりも、免許無しで冒険者やるのは難しいよ」

「ええー……今から取れます?」

「講習を受けて、試験に合格すれば大丈夫」


 受付の男の力強い言葉に、啓太はほっと胸をなでおろした。


「あ、そうなんですか。講習はどこでやるんですか?」

「ここの二階の部屋でもうすぐ開始さ。手続きはしておくから」

「ありがとうございます!」


 啓太は元気良く礼を言って受付横の階段を上る。

 ふわふわとついてくる妖精が啓太の耳元でささやいた。


『勇者よ、免許取得の暁には、神剣をさずけましょう……』

「えっ、そういうのがあるんだ」

『知恵ある竜の尻尾に刺さってます』

「そうなんだ。いらない」


 二階についた二人は、目の前にある簡素なドアを開いた。

 ドアの向こうには、机と椅子が規則正しく並んでいる。


「ふふふ、誰かと思えば……よく来たね僕のライバル」


 そこにいたのは、なんかすごい悪い顔色をしながら座っているジョージ。


「ええと、ジョージ……だっけ?」

「そう、我が名はジョージ……天に選ばれし勇者」

『キィー』


 妖精が不快な音をたてた。


「えーと、ジョージも免許を取るの?」

「ふっ、小型限定の免許を持っていたが……いよいよ普通免許をとって羽ばたく時なのさ」


 ジョージは蒼白の顔色をしながら細かく震えている。


「顔色悪いけど大丈夫なの」

「ふふふ、心配無用……武運つたなく漏らしたとしても……覚悟はできている」

「帰った方がいいよ、というか帰って」

「おっ、今日は二人か。そろそろ時間だからはじめるよ」


 にこやかな笑顔と共に部屋に入ってきたのは、短めの髪に明るい表情の、それなりに鍛えてある身体を使ってところ構わず体操をやりだしそうな青年。


「それじゃ普通剣免許の講習を始めます。私は教官のガレット、今日はよろしくね」


 ガレットは片目をつぶりながら笑顔。白い歯がまぶしく輝く。


「さっそくだけど、剣を持つということの意味についてだけど、ジョージ君、君はどう思う?」


 ガレットの言葉に、ジョージはお腹を押さえてやや前かがみになりながらにやりと笑った。


「ふっ、剣は我が命、常に共にある……宿命……うっ」

「そう、安全が一番大事なんだ」


 顔を伏せて何かと戦い始めたジョージ。

 ガレットの歯が再びきらりと光を放つ。


「誰かを傷つける、これは誰かを悲しませることなんだ。だからみんな知っていて欲しい、トイレは扉を出て右に行ったところにあると」


 ジョージはよろよろと立ち上がり、ふらふらと歩いて部屋を出て行った。


「それじゃあケイタ君、君の考えを聞こう、剣を持つとはどういうことか」

「えーと、自分の身を守る……ため?」


 啓太の言葉にガレットは深くうなずいた。


「そう、つまり剣とは己の心、常に己を磨き続けることが大事なんだ」

「なにこれディスコミュニケーションの授業?」


 ガレットは部屋の角にある物置の扉を開け、中から一振りの剣を取り出した。


「これが今から君達に勉強してもらう“普通剣”だよ」


 ガレットが掲げたそれは、無骨な革の鞘に収められ、武器らしい重量を感じさせる。


「ケイタ君、これを見てどう思う」

「はあ……結構重そうだな、と」


 啓太の言葉にガレットは深くうなずいた。


「それは正しい。この鞘こそが剣を剣たらしめているといっていい……ジョージ君はどう思う」


 部屋の右前方の壁が突然開き、便器に座ったジョージがその姿を現す。


「えっ? うわあああああ!」

「その通り、剣は鞘があってこそなんだ! がんばって!」


 壁は再び閉じて、突然の珍事に慌てふためくジョージの姿は見えなくなった。


「鞘の重要性については理解してもらえたと思う」

「なにこれこわい」


 ガレットは剣を鞘からゆっくりと抜く。鈍く輝く剣が、武器としての威容を感じさせる。

 ジョージが青い顔をしながら部屋へと戻ってきた。


「一番気をつけないといけないのは、鞘から剣を抜く時だ。」


 ガレットの目には真剣な光が宿り、口からは白い歯の光が輝いている。


「鞘から抜く……抜剣とは、物から武器に変えること、つまり誰かを傷つける可能性が生まれるということだ」


 剣を鞘にゆっくりと戻す。


「そこで今から、かもしれない抜剣とだろう抜剣について説明したい」

「どこかで聞いたような」


 啓太が首をひねっていると、ガレットは紙芝居のようなものを取り出した。

 そこに描かれているのは今にも剣を抜こうとしている人。


「ケイタ君、この絵の彼が気をつけなきゃいけないことは何だと思う?」

「えーと……周りに人がいないかどうか」

「うーん、それは楽観的予測、だろう抜剣だね」


 ガレットが紙をめくると、そこには腕や足が散らばり赤く染まる地面の上で雄たけびを上げている人が描かれている。


「無差別殺戮するかもしれない抜剣をしないと駄目だよ」

「難易度高い」


 ガレットが紙をめくると、今度は地面に刺さった剣を抜こうとする人が描かれていた。


「ジョージ君、この絵で気をつけないといけないことは?」

「ふっ、簡単だ……技名をきちんと叫ぶこと」

「惜しい、それもだろう抜剣だね」


 ガレットが紙をめくると、そこには黒く塗りつぶされた背景の上に描かれたいくつもの目。


「正解は世界が終わるかもしれない抜剣」

「これ講習? 医師の診察とかじゃなくて? あれ、患者しかいなくない?」


 啓太は思ったことを素直に口にした。

 紙芝居を片付けたガレットが剣を掴む。

 その笑顔には一点の曇りもない。


「これで剣の真髄については理解してもらえたと思う」

「強引に突破してきた」


 ガレットは剣の柄を啓太に向けて差し出す。


「さっそく仮免試験だ。まずはケイタ君。ジョージ君はトイレで待機していてくれ」


 ジョージはよろよろと部屋から出て行く。

 残されたのは啓太とガレット。


「さあ、君のかもしれない抜剣を見せてくれ。だろう抜剣は不合格だよ」


 ケイタはガレットから手渡された剣をながめる。

 ずっしりと金属の重量を感じさせる剣が、鞘におさまっている。


「それでは試験……はじめ!」


 啓太は手に持った剣をじっとながめた。

 物語の中にしか存在しなかったものが今、手の中にある。

 想像していたよりもずっと重い。これを振り回すにはよほど鍛えないと駄目だな。

 ふとそんな事を思う。

 啓太の脳裏にガレットの言葉が浮かんできた。


 “つまり誰かを傷つける可能性が生まれるということだ”


 確かに、こんなのでぶっ叩かれたらただじゃすまないだろうな……剣の重さが、実感となって手に伝わってくる。

 前を向けば、ガレットが白い歯をまぶしく光らせている。

 啓太は剣を手に考える。

 かもしれない抜剣、どうするか。


「合格!」

「へ?」


 突然の合格に啓太が唖然としていると、ガレットが白い歯と笑顔を見せながら近寄り片目をつぶった。


「剣を抜くのはあくまで戦う時だけ……危険もないのに剣を抜くのはかもしれない抜剣の精神に反するからね」

「はあ……」

「いやあ、一発合格はひさしぶりだよ!」

「どうも……」

「それじゃケイタ君は部屋の外で待ってて。次ジョージ君!」


 部屋の右前方の壁が突然開き、便器に座ったジョージがその姿を現した。


「うわああああ!」

「ジョージ君、仮免試験だよ」

「じゃあ、俺は外で待ってます」


 啓太はそさくさと部屋の外に出た。

 廊下の窓から外をながめながらほっと一息。


「ふう、とんちみたいな試験だったなあ。まあ合格できてよかった」


 部屋の中からはガレットの声が聞こえてくる。


「それでは試験……はじめ! 不合格!」

「早ッ」




 こうして啓太は仮免試験を突破、ジョージは11回目で無事突破した。

 二人を待ち受けるのは過酷な現実という名の実技試験。

 立ち向かうのは己の意思、打ち倒すのは誰がために。

 次回、縦列駐車が斜め、ご期待ください。

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