第十話 奪われた村(中編)
新しい朝が来た。
新しい日の光は窓を斜めに横切り寝ている啓太の顔を照らす。
だが起きない。この程度では起きたりしない。
啓太は疲れていた。突然おかしなことに巻き込まれ、それに適応するのに必死で自分では気づかなかったが深く疲れていたのだ。
戦士には休息が必要だ。なぜなら――
『朝です起きてください』
妖精は天空からの光を家に当てた。
普通だった家は光に包まれ空中にふわりと浮いた後、ごしゃりという感じの音と共に着地して普通ではなくなる。
家の残骸は山となって積みあがった。
「何! 何! 何が起きたの!」
瓦礫の山を掻き分けて中から啓太が這い出してきた。
勇者の目ざめはいつになく刺激的。
『大事な話があるのになかなか起きてこないからです』
「なんなの」
啓太は体と服についたほこりをはらう。
『このテーマパークの再建についての話です』
「なんなんだよもう」
あくびを一つした啓太は、ぶかぶかの服の袖を詰めながらぞんざいな返事をした。
ようやく脳が目ざめ始めた啓太が、妖精の言葉の中に違和感を覚える。
聞き流していた言葉の中に聞き捨てならないものがあった。
「……再建?」
『一宿一飯の恩義を返すために、勇者がこのテーマパークを繁盛させるという話です』
妖精は本格的に聞き捨てならない事を言い出した。
「……それは、コンサルタントっていう人の役目じゃないの」
『世界にある問題点を指摘し、よりよいものに変えるという視点からすると、勇者も立派なコンサルタントです』
「理屈がガバガバすぎる」
『世界コンサルタントよ、その知恵と勇気でこのテーマパークをどうにかするのです』
「更地にしたら?」
『却下です』
妖精はふわふわと移動を開始する。その先に待ち受けるのは地獄か、倒産か。
『村長が朝食を用意してくれているそうです。まずはそちらをいただきましょう』
「……」
そういえば空腹だったことに気づく啓太。
逡巡はわずかな時間。なんとかなるさ、という安易な結論で啓太は妖精の後をついていくのだった。
二人は村の広場っぽい所にやってきた。中央では焚き火が静かに煙をあげている。
近づいてみると、村長はゆらゆらとゆらめく炎を微動だにせず眺めていた。
「朝……また朝が来た、か……俺の過ちを……炎だけが知っている……炎よ、答えてくれ……俺には何が足りない……?」
多分独り言だろうと判断した啓太は、聞かなかったことにした。
「あ、おはようございます」
「……よく来た……炎よ」
独り言じゃなかった。
「え?」
「炎よ……俺の村はご覧のとおり、だ……何を間違えた……何が足りない……?」
「あの、俺炎って名前じゃないんですけど」
「……そこにいる小さいのが……世界を救うのに燃えている炎の勇者……その知恵は天を裂き、その勇気は大地を割る、と」
「誇大広告! 虚偽広告! JAROに訴えられろ!」
『さあ炎の勇者よ、その知恵で再建策を示すのです』
わめく啓太のそばに来た妖精は光る粉をばら撒きながらもったいぶったしゃべり方をした。
「ないよ!」
「……そうか、俺はやはりこのままでいいのだな……」
「違うよ!」
「待っていてくれサチコ……すぐに成功して迎えに行く」
「無理だよ!」
容赦なかった。
しかしさすがの啓太であっても、妻子の居場所知らないから迎えにいけねーだろ、とまでは言えなかった。
彼はそれなりに空気を読むことが出来るのだ。
『村長、サチコさんの居場所知らないのにどこに迎えにいくのですか』
妖精も容赦なかった。しかもこちらは本格派。
村長はがっくりとうなだれる。
さすがの啓太も少し同情してしまった。
「いや、ここを有名にしたら、向こうから連絡をとってくるかも……知れないし」
『その調子です勇者』
「妖精さんは黙ってて」
啓太の言葉に、村長はゆっくりと顔を上げる。
生気の薄い表情、対照的に無精髭は昨日よりも濃い。
「ここは……開業当初から大苦戦……俺は……俺の出来ることを……全てやりきった……何が……足りない」
村長の何かを求めるような目、具体的には振興策を求める目を前に、啓太は考える。
その手の知識はほぼゼロ。経験はもちろん無い。
真っ暗闇に手探りで立ち向かうドン・キホーテ……狂気に囚われたのは人か、世界か。
「あの、なぜこれを始めようと思ったんですか?」
啓太はまずスタート地点を見定めるべきと判断した。
原点がずれていては、その後の全ては歪んでいく。
妖精の話では、襲われる町や村がたくさんあったのでそれを流行と勘違いしたとあったが、常識で考えてありえない。
まずそこを確認しなければならない。
「……俺は、町や村が魔王軍に蹂躙される様を何度も見てきた……だから……」
「だから」
「皆、魔王軍に襲われた……何度も襲われていた……何度も繰り返す……それはきっと楽しい事だから……それを体験できる所を作れば……大儲け……」
原点は異次元の彼方、非常識の果てにあった。
遥か彼方にある大問題、もはや常人の手に届くものではない。
この課題に対し、啓太は一つの結論を出した。
「更地にしましょう」
『却下です』
「例え過去は消せても……俺の魂は……消せない」
二対一で啓太は負けた。
「いや本当にもうどうするの」
『いい考えがあります』
妖精の光が心なしか強くなった。
迷いを振り払う光が啓太を照らす。
「え、なに」
『この世界の人全員破滅願望ありありのマゾという事にするのです』
妖精は理屈と常識を曲げだした。
人ならざる者は、個という事象ではなく世界という概念の方を修正しようとしている。
「……もうそれだったら、滅んだ方がwin-winじゃない?」
『何を言っているのです』
「それはこっちの台詞だからね」
力なく話す啓太のお腹から、控え目な空腹の主張が声を上げた。
「う」
「……まずは、朝食だ……細かい話はその後に詰めよう……」
細かい話といっても、大雑把な話の時点で手の打ちようがない、というよりも手遅れなんじゃないかという疑念――もはや確信に近い――が啓太の頭に浮かぶ。
だが、今は朝食だ。期待を胸に、啓太は諸問題を後回しにしたのだった。
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