第八話 力を上昇させる菌類

 太陽は空の中央に君臨し、地面の影はほぼ真下に落ちる。

 啓太と妖精の二人は、草が生い茂る道なき道をただひたすらに歩く。


「……お腹すいた」


 ふらふらと歩く足は力なく、うなだれた顔は弱々しい。


『もう少し歩けば食べ物のある森につきます。頑張りましょう』


 いつでも元気で変わらない妖精がふわふわと啓太の周囲を応援するように飛び回る。

 啓太は、ふうはあと崩れ落ちそうな足取りで妖精の後をついていくのであった。



『つきました』


 二人がたどり着いたのは、薄暗くすこしじめっとした感じの森の中。

 昼の太陽もここでは脇役。木々の表面は苔で覆われて全体的に濃い緑色の風景。


「ご、ごはんは?」


 空腹という獣に襲われっぱなしの啓太の目からは理性の光が失われつつあった。


『あれを見てください』


 妖精が指し示す先には、茶色の四角い箱のようなものがあった。

 大きな木の幹から不自然に生えたような、違和感のある光景。


「あれを食べるの?」

『いえ、あれに衝撃を与えて下さい。そうすれば食料が出てきます』


 よろよろと箱に近づいた啓太。

 普段ならばまず警戒しつつ事に当たるはずだったが、理性を失いつつある精神は何の迷いも無く箱をぶっ叩いた。


 ――もりゅりゅ


 妙な音と共に、箱から大きなきのこが生えてきた。

 大きな傘と太くしっかりした軸。白い軸の上に乗っている黄土色の傘には赤色の丸い斑点がところどころにある。

 さすがの啓太もこれを前にしては理性を取り戻さざるを得なかった。


「……パ○ーアップキノコ?」

『その名前は駄目です。元気の出る魔法のキノコ、です』

「なんか脱法っぽい名前だなあ」

『さあどうぞ。生でも大丈夫です』

「うーん」


 少し迷ったが、啓太はキノコをもいでみた。大きさはサッカーボールを少し小さくした位だろうか。


「毒はないの?」

『ありません。あなたもあの大工が食べているのを何度も見たのではありませんか?』

「配管工じゃなかったっけ」

『その辺りは設定が……いえ、そんなことより新鮮なうちにどうぞ』


 座り込んだ啓太は手に持ったキノコを迷いのある目で見つめた。

 これは色々な意味で大丈夫なのか、そういう葛藤がためらいの気持ちをどんどん生み出す。

 しかし空腹には勝てず、ゆっくりと手を伸ばして傘の一部分をちぎった。

 表面は妙な色だが、ちぎった面は白くみっしりと中身が充実しているように見える。

 啓太はまず匂いをかいでみた。特に嫌な匂いはしない。

 一度生唾をごくりと飲み込んだ後、覚悟を決めて口に放り込む。


「……あっ、うまい」


 妙なキノコは甘みがあり、マシュマロに似た食感と味をしている。

 最初はちぎりちぎり食べていた啓太も、最後は直接かぶりついていた。


「ふう、落ち着いた」

『元気が出ましたか』

「うん、まあ、ね」

『それでは出発しましょう、この先にいい村があるんですよ』

「二次会みたい」


 そう言いながら啓太は立ち上がろうとして、違和感に、とてつもない違和感に気づいた。

 身体がすごく重い、いや、腰の辺りがものすごく重い。

 ちらりと自分の下半身に視線を向けると、パジャマのズボンの左足の腿の部分の太さが二倍になっている。

 正確には、二本の足の間から生えているもう一本の足が、膝までの太ももとほぼ同じ大きさになって、ズボンを圧迫していた。


「こ、こ、これは……?」

『パワーアップしてますね』

「パ〇ーアップキノコでキノコがパワーアップ!」


 啓太は出来るだけ婉曲な表現をした。


「ど、ど、どうするのこれ!」

『落ち着いてください』

「うわあああ死ぬうううううう」

『落ち着いてください』


 妖精が空を指差すと、どこかから光の柱が下りてきて啓太を捕らえ、地上から引き離し、落とした。


「ぶ」

『落ち着きましたか』

「痛い」


 地面に横たわった啓太は、仰向けになってうつろな目を空に向けた。


「俺……これからどうなるんだろう」

『対処方法はあります』

「あるの!?」

『思い出してください、“彼”がキノコで大きくなった後、小さくなるのはどんな時だったか……』

「……え?」


 啓太の脳裏にとあるテレビ遊戯が映る。


「……え?」

『では、いきますよ』


 妖精は近くにあった手ごろな石を光で持ち上げた。

 何をするかは分かる、だが啓太はこれから起こることを理解したくは無かった。

 しかし、追い詰められた啓太に他の妙案が浮かぶわけでもない。

 必然――


「うおおおお! こいやあああ! 俺は! 俺は乗り越えてみせる! というか! 何故こんな目に!」

『えい』


 地上を見おろす昼の太陽は一日のうちで一番元気。

 空はどこまでも青く照らされて、雲はゆっくり形を変えながら白く白く浮かんでいる。


 ――ぁぁぁぁぁぁぁ


 どこかで誰かが声をあげる。

 風はそれをそっと、流れるように遠くへと運んでいった。

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