ターン5―天地否 二爻―de facto
会議は進行してゆく、商工官僚、外交官、情報局の局員、それらが一同に会している。特に商工官僚が何人もいることはやはり新鮮だ。
会議は進行してゆく。必要な情報を共有し、戦略的に協働するために。
机の飲み物の減り具合が会議において経過した時間を物語る。
そんな中、情報局のとある分析官が会議室に入り、この国の情報局の支部長に何かを伝えた。
支部長の動きは一瞬止まり、そして、分析官に聞き返す。分が何を言ったのかは分からないが、支部長がかけていた自分の眼鏡を外し、乱雑に机に放り投げたことで察した。
私は今話している参事官の話を遮り「高橋支部長、何かあったのかな?話してもらいたい」と言う。
彼は、ため息を吐いてから更に一呼吸開けた。そして「議会が切り崩されました。上院は半数近く大洋共同体に対し明確に懸念を表明しています。現在の大統領の政治的地盤は不安定であり、その懸念を無視することは困難でしょう」
この場にいる誰もが動揺した。
大洋共同体か大陸関税同盟のどちらかへの加盟が政治的事情により急務となる中、これでは必然的に大洋共同体がかなり不利だ。もはや我々に有力な手札は残っていないというに……
商工官僚の一人は「確かなのか?」というが、彼は「裏付けは取れている。しばらくしたら反対する議員の名簿は部下が直ぐに持ってくるだろう」と言う。
「議会は大統領の決定を追認するはずだっただろう?」と私が言うと、「すぐに詳細な資料が来ますが、どうやら岩盤層からの石油開発にまつわる環境汚染が懸念の中心にあるようです」と返答した。
石油……石油……そうか、今までのメレシア側の不可解な行動の理由がようやく理解できた。以前からの法規制ともいい石油と決別する気なのか?
いや、待て、少なくともそんな懸念は最初から存在していなかった。なぜ突然そんな懸念が生じたのだ?
恐らく、あの方法での石油開発における環境汚染を最もよく知っているのはメレシア帝国だ。我々は意図を誤認していた故にその情報を広げていたことに気づかなかった。だが問題はそこじゃない。それだけだったらまだやりようはあった。
我々はこの国にあるメレシア帝国の大使館も領事館も動きをある程度把握していたのだ。特にマルセナ大使は着任して日が浅い、なのに動きがあまりに早すぎる。
そうだ、思い出した。彼女は前に「非公式の外交でよく使っている民間の暗号通信システム」と言っていた。聞き流していたが、もしかすると反応を伺っていたのかもしれない。
外交はある意味慣習の世界だ。慣習にない新たな行動は基本的に相手が認めないだろう……それとも、メレシア帝国の長きに渡る外交の伝統と彼女の生い立ちに、新たな慣習を生み出す力があるのだろうか?それとも、最近の外交における変化なのだろうか?
なんにせよ、完全にやられた。
使える手札は既にない、もはや詰みかもしれない。そして、この会議室に集まった者の脳裏には責任の文字が浮かび上がる。
私は天井を見てボーっとしている。
「これは外務省による怠慢であろう!」誰かが言った。
それは一瞬の出来事であった。薄氷の上の協力は完全に割れ、優秀な官僚と外交官による建設的な協議の場は官僚による醜い責任転嫁の場と化したのだ。
「そもそも商工省の計画に問題があったのだ!」
「これは政治の側による問題だ!」
「情報総局のこれまでの分析が的外れだったのではないか!」
私は顔を正面に向け、こう言った。
「これは私の責任だ、だが、今は僅かでも通商についての成果を持ち帰ることを優先するべきだろう」
0か100では無い、例え10でも成果を持ち帰るべきだ。外務省と商工省の協力はこれで最後になるかもしれないのだから。
まだマシな負け方というものがあるのだ。
――もう既に日も落ちてしまった。会議は最低限体裁を乱さない程度には円滑に進んだ。最悪の負け方より、ましな負け方の方がいいのは疑いようもない。やりたくなくともやらなければならない。
私は手を洗い、いつもの手順で占いを始める。
天地否 二爻――そうか、そうならいいな。
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