第9話 エピローグ Side 道照
助手席には、晴香さんが乗っている。今、俺は晴香さんを家に送っている最中だった。
俺は、妻である小夜が好きだ。それは間違いない。けれど、隣に座っている晴香さんに感じているものはそれよりももう少し激しい何かだ。
小さい頃、優月は癇癪持ちで最初はかなり苦労したが、小夜は強かった。
「エネルギーが有り余ってるのがいけないのよ。」
そう言って、幼い頃から近くの柔道教室に優月を通わせ、娘はどんどん強くなっていった。柔道の特待生として、遠い私立中学校に行ってから、すでに娘は長期休みの時にしか家に帰ってこなかった。小夜といえば、元々の性格通り、小説の取材だと言ってあちこちに飛び回っている。留守中の俺の世話を、晴香さんに任せるという恐ろしいことをして。
今や、晴香さんは小夜を超える売れっ子作家になっている。不思議なことに天真爛漫な小夜の小説は流れる水のように清らかできれいなのに対して、静かな晴香さんは豪胆で骨太な冒険小説を書くのだ。
晴香さんが小説家になれたのは、小夜のおかげだった。晴香さんとコンビニで出会ったあの日、二人は彼女を思い出した。俺は初恋の人だったことを、彼女は初めてのサイン会に来た人だったことを。ちなみに、初恋だったことは小夜には言っていない。就活でよく会う人だったと言ってある。
そんな晴香さんが地元に帰って来て、街角でばったり再会した。俺たちは驚いた。彼女の実家は俺たちの家のすぐ近くだったのだ。俺たちはすぐに意気投合して、小夜は晴香さんに小説の手ほどきをした。
晴香さんは今や、小夜の大がつくほどの親友だ。そんな彼女が例え俺をいいと思ってくれることがあっても言うことは一切ないだろう。けれど、晴香さんは小夜より遥かに俺好みの料理を作ってくれ、優月が帰ってきた時はタンパク質中心のご飯をわざわざ作りに来てくれている。
昔から俺を知っているとしか思えないようなことが多々ある。何より彼女は俺を深く理解してくれていた。多分間違いなく、俺たちはお互いを好きなことを感じている。でも、それは俺も決して出すことはないし、晴香さんも同じだろう。
だから、俺にできることは、今この家に送るまでの道が少しでも赤信号に引っかかることを祈るばかりだった。
それでも家には必ずついてしまうもので。
「いつもありがとうございます。」
晴香さんが笑顔でそう言い、シートベルトを外している。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
晴香さんは車を降りた。俺は去りがたくて、車の窓を開けて、彼女が家に入るまで、見届ける。そんな彼女の足が止まった。去りがたさをお互いが感じていると、俺は思った。
「道照さん。」
「はい。」
「夢で、また会いましょう。」
そう言って、彼女は足早に帰っていった。それが俺たちに許されるギリギリのラインだ。そういわんばかりに。俺は彼女の気持ちを確信していた。
そうだな、夢で会えたらいい。そう、少し高くなったテンションを持て余した帰り道、俺は事故にあった。
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