第19話「会える」

 あずくんのラインを見た日は興奮しすぎて寝れず、トモセくんに会うことはできなかった。



 

 次の日、改めて白い世界にいる自分を確認するなり、トモセくんの姿を探す。

 少し離れた距離に、ぼんやりとトモセくんのシルエットを発見し、大きな声で呼びかけたいのを堪えて駆け寄る。

 先にトモセくんがボクに気づき、

「アキ! 昨日は会えな・・・」

 会話をさえぎって勢いよく飛びつく。

「コンサート行けることになりましたっ!! あずくんがチケット取ってくれたんですっ!! もうっっ、嬉しくて一番にトモセくんに伝えたかったんですけど、昨日は興奮しすぎて全然寝れなくて・・・」

「そう・・・だったんだ」

 トモセくんの顔が引きつってることに気づき、ハッと我に返り慌ててトモセくんから離れる。


 うわぁぁぁぁぁ、ボクはなんてことをっっ! トモセくんに抱きつくなんてっっ!!


「ごごごごごめんなさい!」

 土下座しようとしたらトモセくんに止められた。

「チケット手に入ったんだ! おめでとうっ! オレも嬉しいよ」

 アイドルスマイルを向けられ、パニックだった頭がシューッと湯気を出して停止した。顔も真っ赤だ。恥ずかしさで死ねる。


 とりあえずその場でふたり並んで座り、深呼吸をひとつ。

「飛びついてごめんなさい、本当に嬉しくて・・・」

「いいよ、嬉しいことがあるとハグしたくなるよね」


 ファンの荒ぶりに優しく共感してくれるなんて、ホントトモセくん神すぎるっ!(尊い)


 気持ちが落ち着いたらトモセくんの髪型がまたネコっ毛になってることに気づいて、なんかほっこりする。(かわいい)

「こうゆうのってゆるふわって言うんだよね。かわいい」

「・・・え?」

「・・・へ?」

 きょとんとするトモセくんに、ハッと我に返る。無意識に手を伸ばしてトモセくんの髪に触れて、しかもトモセくんに向かって「かわいい」なんて言ってしまったー!


 今日のボクはどうかしてる!! コンサートに行けるからってきっと浮かれてるんだっっ!!


 髪に触れた手を慌てて引っ込め、激しく謝った。トモセくんは怒るどころか笑ってくれた。

「本当は人前でこの髪型でいるのは嫌なんだけど、アキが似合うって言ってくれたから」

「はい! ストレートヘアも似合ってますけど、こっちもすごく似合ってます!」

「アキにそう言われると、好きじゃなかったこの髪も好きになれそう。じゃー、毎日この髪でいようかな。アイロンかけるの大変なんだよね。暑いし」

 イシシと冗談気に笑う。


「ファンのみんな喜びますよ」(ボクも嬉しい)

「ここだけ。アキの前でだけだよ、この髪型は」

「・・・ボクの、前だけ?」

「うん、アキ限定」


 そうだよね。地毛がネコっ毛なのは夢のトモセくんだけなんだから。


「アキ?」

 一瞬、うわの空になったボクを心配するトモセくんにすぐさま笑顔を向ける。

「えへへ、嬉しいな、ボク限定なんて」

「・・・なんか、今のやりとり、恋人っぽくない?」

「へ?!」


 トモセくんの唐突な発言に心臓が口から飛び出そうになる。代わりに、自分が飛ぶように立ち上がった。

「ごめん、急に変なこと言って。深夜ドラマで彼氏がいる友人の役を演じるからってアキに恋人ごっこをお願いしたじゃん?」

「は、はい!」

「アキ、意識すると緊張すると思って、今から『ごっこしよう』ていうより、自分で勝手に恋人としてアキに接してみたほうが自然に恋人っぽさをつかめるかなーっと思って」

「えぇ?! じゃぁ、今日は恋人としてボクに接してくれてたんですか?」

「今日だけじゃなくて、お願いした次の日から」

 確信犯とばかりにニコッとドヤ顔のアイドルスマイル。(策士な推し、尊いっ)


 そうだったんだ。そう言われると、なんとなく距離が近いのも、「アキ限定」なんて言ってきたのもそうゆうことだったのかと納得する。


「アキがハグしてきてくれたのも恋人ぽくってよかったけど、あまりに不意打ちすぎて対応できなかったのが反省」

「反省しなくていいですよ、ボクのはごっこじゃないんですから」

「素ならなおさら」

「トモセくーん」

 仕事に貪欲な推しも好きッ。


 立ち話していたことに気づき、再びトモセくんの横に座る。

「話は変わるんだけど・・・前から気になってたことがあって。ひとつ聞いてもいい?」

 真顔なトモセくんが改まって言うから少し緊張が走る。

「な、なんでしょう?」

「アキって・・・リアルでオレに会ったことある?」

「・・・へ? それはどういう・・・」


 なんだろう、心がざわつく。なんか違和感がする。まるで、自分が持ってる考えとは違う、異物な・・・。


「ごめん、言い方おかしかったね。すごく喜んでくれたから、オレたちのコンサートに行くの初めてなのかなーと思って」

 ニコッと優しく微笑むトモセくんに緊張がほぐれて安心する。

「実は2回行ってて」

「そうなんだ、握手会とかは?」

「残念なことにそれは1回も参加できてなくて。応募はするんだけど毎回はずれるんです。デビュー当時は抽選じゃなかったって聞いて、もっと早くファンになってたらなぁ、て今でも悔やんでます」

「・・・そっか。なんか、ごめん。握手会が抽選で」

「そんな! トモセくんは悪くないです!」

「トラブルがあってから人数制限かけるようになって・・・。あ、うちの握手会じゃなくて、他のアイドルでね。社長が決めたことだし」


 なんか、生々しい話になってしまった。トモセくんもちょっと気まずい顔をしてるような。

 さっき感じた違和感は気のせいだったのかもしれない。トモセくんが真剣な顔をしていたから変に疑ってしまったのかも。


 それにしても、するどすぎる、ボクの推しっっ!

 ボクがなぜこんなに今回のコンサートを喜んでいるのか? それは行けないと思っていたのに行けることになって嬉しいっ! だけじゃなく、実は、トモセくんのファンになってから行くコンサートは今回が初めて・・・だから。

 嘘はつきたくなくて、正直に2回行ったことを話しちゃったけど・・・。言えない。口が裂けても、前回の2回はトモセくん以外の推しのために行ったなんてっ。

 本当はラヴずをデビュー当時から推してることも、実は握手会に1回参加してることも! 口がどんなに裂けても言えないっ。

 これはボクが墓場まで持っていくつもり。推し変したなんて絶対トモセくんの耳に入れちゃダメだー!!


 今まで自分の都合の悪いことは聞かれたことなかったし、自分の夢だからそこは安心していた。だから、さっき違和感がしたのかもしれない。

 とはいえ、夢の中のトモセくんに半分以上嘘をついたことは罪悪感だ。


「あの! ファンレター書きますね。本当は手作りお菓子を渡したいところなんですけど、ファンボックスは飲食禁止だから」

「アキの手作りお菓子・・・捨てがたい! でも、ファンレターはありがとう! 絶対読むよ」

「はい!」

 実際はファンレターだけでもすごい数なんだろうなぁ。


「席ってどのへん?」

「えーと、2階の東側・・・だったと思います。まだチケット手元になくて、友達情報なんですけど」

「・・・そっか、じゃーアキのために東担当になる」

「え、嬉しいです。でも、担当とか決まってるんですか?」

「決まってません。走り回ります」

 トモセくんの冗談にお互い自然と笑みがこぼれる。(尊いっ)


「うちわ作りますね!」

 久々のコンサートうちわに気合が入る。姉さんたちに仕込まれたおかげでうちわ作りは得意中の得意だ。派手なものから、ファンサ狙いのものまで。とにかく推しに見てもらうのが第一のうちわ。

「いいね! できたらどんなのか教えて。そしたらアキのこと探しやすいと思う。あと、座席の場所も」

「座席はいいですけど、うちわがどんなのかは秘密です!」

「え?」

「先に教えたら意味ないじゃないですか! 大丈夫です、トモセくんの目にとまるようなものにしますから!」

 フンッと自信たっぷりのボクに、トモセくんがプッと吹き出し笑った。

「わかった、当日楽しみにしてる」

「はい、絶対トモセくんが気になって2度見するようなうちわにしてみませまっす!」

 2度見にツボったトモセくんがよく笑うからキュンキュンが止まらないっ!(推しがかわいすぎるっ)


 ヤバい、本当に本当にコンサートが楽しみすぎる!

 なにより、リアルでトモセくんに会える! 夢の中のトモセくんじゃなくて、生のトモセくんに会えるんだっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る