おれは結晶人の夢を見るのか……
<陽気で陰気な日々、ニレンに喧嘩を売る日々、年上の結晶人だけでなく年下や同い年の結晶人にボコられる日々。そうやって日々自分自身と向き合い、ニレンと同じように草むしりをしたり植物の種を植えたり花々をスケッチしたりと、おれはいろいろ見て育った>
『何もかも手遅れだ』そう気づくのは後の話になるわけで、その前に気づいたことは、おれの植えた種芋だけいつまでも芽が出ないことだった。そのことが気になったおれは、自分で植えた種芋を墓荒しの如く土から掘り返したのだ。
もちろん、種芋は酷い悪臭を放つ物体になっていたわけで、「うげぇ」とおれは腐った物体を顔から遠ざけた。どうやらニレンの言ったことは本当だったらしく、おれは芋の芽が出るのを見に来ていたのではなく墓守に来ていたようだ。
「クソ、なんでいつもこうなるんだ」そこでおれは静かにつぶやき、手にある腐った種芋を握りつぶしてしまった。酷い臭いだ、将来のおれのような腐った臭いだ。
おれが植えた種芋は全滅だったが、おれの隣に植えてあるニレンの種芋は全て発芽していた。まだまだ小さくて、これから生きついてくれるのかも分からないし頼りない芋の芽なのに、『ぼくに全てを懸けろ!』と、傲慢な少年が腐った大人たちに命令するみたいに、死した土地で自由に生きようとしていた。
(おれもニレンのように誰にでも認められる存在だったら、今の自分から逃げずに済んだんだろうな。こどもは夢を見る、おとなは夢を見ない)夢はでっかく、望みはちっこい。この時のおれでも、将来の自分に薄々感づいていたんだ。
「どうして」
どうしていつも上手くいかないのか。ガキのおれでも解決法を考えることは簡単にできたが、解決させることはできなかった。ひとりで解決できないと分かっていても、おれは誰にも頼れないでいた。ニレンが誰にも頼らなかったから、おれも意地を張って頼らなかったのだ。
こんな時にニレンはどうするのか……。
「芽が出ないことは悪いことじゃない。単純に今この瞬間じゃなかったってことだよ」
こうして登場してくるのはいつもニレンだった。世話焼きで何でもそつなくこなす、傲慢な第五世代結晶人の少年ニレンだ。
「意味わかんねぇよ! 腐っていても芽くらい出るだろ!」
「今のアザミの手は命を奪う手だ……生物の命だけでなく、鉱物の命も、万物外の命も。何もかも奪ってしまう闘争に狂った手だ」
「おれは虫と野菜だけしか殺したことねぇよ。お前みたいに家畜や害獣を平気で殺すようなことは絶対にしない、たとえそれが必要な行為でも感情くらい溢れるね」
お前には分からないはずだ、何でも簡単にやってのけるお前のような人形には分からないだろ。ヒトか機械かの判断のつけようがないお前は、おれのことを理解できない。
人間か結晶人かを見分けられる目を持ちながら、腐っている物も死んでいる物も見分けられなくなっていたおれもまた、ニレンのことを完全に理解できない。
「こころの表現は自由だ、不自由を含むほどの自由なんだよ」
そう言ったニレンは、唐突に植物の種を渡してきた。どんな植物の種なのか分からないが、この種はヒトに改良されていない種だとすぐに分かった。結晶人のような、結晶原石に改良された遺伝情報ではなく、闘争のセカイで自らを変えながら今も生き続ける健気な種だ。
「アザミが持っている<もの>は死んでいるものなのか生きているものなのか……咲かない結晶人は多いけど、そういう結晶人は戦場で一輪咲かせる。愛するものの盾となるか、弱者の盾となり敵に矛を向けるか、それとも未来に希望を託すか。どんなカタチでも、最後は一輪咲かせるのが結晶人なんだ」
ああ、ガキの頃からお前は農民で間違いなかった。おれが追っている奴は戦場に立たずして一輪どころか千輪咲かせ、他の者までも千輪咲かせる奴だった。生きた土地で田畑を耕し、時には万物外のものにさえ生命を与え、時には物語を読み聞かせる……お前は英雄だったり詩人だったりするけど、お前ほど農民が似合う奴をおれは見たことがない。
なあニレン、ガキのお前はガキのおれに夢を見させるのが得意だったよな。おかげさまでガキのおれは夢物語の中で夢を見ているような感覚だったぞ。
いろいろ思うことはあったが、この頃のおれは悪ガキだったわけで夢を抱きしめた。
「知らねぇよ、おれは結晶人だ。結晶人には知らなくてもいいことが山ほどある」
と、こうしておれは捨て台詞にもならない現実的な台詞を吐き捨て、ニレンに背を向けて歩き出した。
結晶人にとっての大舞台は戦場だ、だから農業を知り尽くしても農業を上手くなっても仕方ない。ああ、そうに決まっているさ。だって
次の日も、その次の日も、おれは結晶人を見た。ニレンやリジーやケントと会話をした。
その今に考えることは――(おれは結晶人の夢を見るのか……)
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