第13話 演習場

 「何で――ッ!!」


 椿隊長が妖艶な笑みを作りながら、真っ直ぐこっちを見ている。すると隊長の視線を追って、参加者の視線が俺に集まって来た。『壇上に上がるなんて聞いてないよ~』と心の中で叫んだ。今すぐ逃げ出したいが許してくれそうもない。


 「おい朔太郎。お前呼ばれてるぞっ」

 

 嬉しそうにユリアンが背中をぱんぱん叩いてくる。


 「どうした。早く来い」


 腹を決めるしかないか……。

 恐る恐る壇上にいる椿隊長の元へ向かうと、会場中から突き刺すような視線を一身に浴びた。

 ふとその時、嬉しそうに大笑いする十三さんが視界に入った。

 まさか……。

 「められたのか……!?」

 隊長の元に到着すると、すぐに隊長は俺の肩に手を置き皆に話し始める。


 「諸君。この者を子供だからと見くびってはいけない。この者は今回の開発に貢献した。よって、皆を代表し、所長の私から礼を言わせてもらう」


 椿隊長は少し俺から離れると、俺の方に体を向けた。


 「君が居なければ、今回の開発はまだ数年先……いや、数十年先になっていたかもしれない。本当によくやってくれた。この開発により多くの命が救われることになるだろう。ありがとう」


 「開発者として君からも一言頼む」


 どうしてこうなった……。

 軍の精鋭達の精悍せいかんな顔が、一斉に隊長から俺に向きを変えた。多くの人の前に立つという慣れない経験に、体は萎縮し頭の中は既に真っ白だった。


 「……えっと……青風朔太郎と……申します……。この開発は、私だけでは決して完成出来なかったです……。研究所全員で……ようやく完成までこぎつけました」


 少し落ち着いてきたかも……。


 「それと、この開発には海から引き揚げた、『圧縮した空気を放出する遺物』と、十三さん……いや、武田様より頂いた『地面から数センチ浮き上がるブーツ』。それと『身体能力を上げる籠手こて』の最新装備三つが元になっています。簡単に言ってしまえば、私達はそれを組み合わせただけなんです。まあ……決して簡単なことではなかったですけど……。まだ原理がよく分かっていない所もあります。研究を続けていけば、もっと良い物が出来ると思います。私達の研究成果が、少しでもこの国のためになれば嬉しい限りです」

 

 最後に一礼して締めくくると、大きな拍手が湧き起こった。

 最初は頭が真っ白になって、何を話しているか分からなかったけど、思いのほか、うまく話せたのではないだろうか……。

 

 「朔太郎。名を決めてくれないか? これの」


 椿隊長が右手につけた装備を指さす。


 「えっ!? 私がですか……?」

 「そうだ。君が付けてくれ」

 「うーん……ブースト……ギアなんてどうでしょう?」

 「ブーストギアか……。良いじゃないか。よし! 今日から『ブーストギア』と命名する! これにて終了だ。解散!」


 壇上から降りると椿隊長がすぐに寄って来た。妖艶な笑みを作り何とも楽しそうに見えた。その美貌やしぐさ、凹凸おうとつのある引き締まった体が、数々の男達の視線を引き付ける。


 「急に呼んですまなかったな」

 「椿所長……もう勘弁して下さいよ~。本当に緊張しました。事前に教えてくれれば、まだ良かったのに」

 「フフ。椿所長だなんて言わないほしいな。君と私の仲だろう? 君には香夜かやと呼んでほしいな」

 「香夜……ですか?」

 「そう……それで良い。あぁ可愛いわ~あなたの顔。敬語も必要ない。年齢はあなたの方が上なんだし」


 所長はそう言いながらも、ドンドンと俺の顔のすぐ近くまで所長の顔が迫って来る。


 近い……。


 甘い息と匂い、そしてその魅惑的な瞳が俺の頭をおかしくさせる。


 「事前に教えてたら、可愛く慌てる反応が見れないじゃないか。さっきの反応はとても良かったわぁ……キュンキュンした。ああ、もう我慢できない」

 

 そう言うと椿所長は突然俺に口づけをした。すぐには何があったのか理解できず、されるがままに茫然と立ち尽くしていると、口の中へぬるりと何か滑り込んで来た。


 何だこれは……。

 ああ……気持ち良い……。

 これは彼女の舌なのか……。


 「朔太郎!!」


 どこからか女性の声が聞こえ我に帰った。俺は慌てて飛び退く。声のした方へ振り返ると、そこには桃香が心配そうな顔でこちらを見ていた。

 普段声が小さい彼女が今の声を出したのか……? 


 「な……何するんですか!」

 「あまりにも可愛いかったから。あらっ、嫌だった?」

 「嫌……ではないですけ――!」

 

 全てを言い切る前に、隊長は俺に抱き着き耳元でささやいた。


 「気持ち良かったでしょ? もっとこのお口で色々して気持ちよくしてあげましょうか?」


 俺はごくりと生唾を飲み込むと、隊長の艷やかな唇から目が離せなくなった。

 お口で色々する……。

 何をとは言わない。 

 俺も男だ。

 思わず想像を膨らませてしまった。

 

 「きょ、今日は急用がありますので、こ、これで失礼いたしますっ!!」


 俺は逃げるように慌ててその場を後にした。

 


☆★



 真夏の太陽が照りつける演習場。

 

 演習場の隅にできた日陰へロミーと共に座り込み、暑さと訓練で火照ほてった体を涼ませていた。

 

 目の前では、ユリアン達七名がブーストギアを装着し、入り乱れての模擬戦を繰り広げている。熱気に包まれる中、訓練に励む皆の姿は、真剣で必死な形相だった。


 聞こえてくるのは、木刀がぶつかる音、砂の擦れる音、ユリアン達の荒い息遣い、そして「スパンスパン」というギアの放出音だけだ。

 

 地上と空中を縦横無尽に動く様は、使い始めた時とは比べるべくもない。

 

 「本当にすごいものですね。ブーストギアは」

 

 「皆かなり扱いがうまくなった。毎日頑張ってきたからな。訓練を始めてからもう二年ぐらいは経ったのか……」

 

 「最初はうまく扱えなくて、どうなることかと思いましたけどね……」

 

 「ハハハ。みんな怪我ばかりしていたもんな。ロミーも最初はひどかったぞ」

 

 「それは言わないでください。朔太郎も僕達と変わらないじゃないですか~。ここに来た時はあんなに弱かったのにな……。物凄い早さで強くなるから……負けない為にこっちも大変なんですよ?」

 

 「フハハハ」

 

 「二年前……ここでブーストギアのお披露目会へ参加した時は、皆もっと小さくて可愛かったのに……何だか少し逞しくなりましたよね」

 

 「そうだな……」


 俺がこの世界に来てから約三年が経過した。

 あっという間の三年間だった。

 最初はアイが居ないことにがっくりと肩を落としたもんだが、クヨクヨする暇もない程、毎日が忙しく充実していた。

 

 この三年間で、アイの石像や過去の歴史について、俺なりに色々調べてみたが、思うような成果は得られなかった。

 この世界がどうしてこんな姿になってしまったのか……。

 アイがこの大陸へ人々を逃がしてからどうなったのかは、全く知ることは出来なかった。

 

 そして、この三年間の訓練で、自分の体のことが少しずつだがわかってきた。

 タイムマシンの中で受けたナノマシンによる治療。

 このナノマシン……。

 俺の想像より遥かにすごい代物だった。

 負荷をかけた分だけ、体はナノマシンに馴染んでいき、とんでもなく強くなれるのだ。

 

 運動なんてほとんどして来なかった自分が、ナノマシンによって大幅に身体能力が上がった若返った体と、ブーストギアのおかげで、超人のような動きが出来るようになった。

 視力や聴力などの感覚までもが飛躍的に向上し、体は軽く、力は無限に湧いてくるようだった。何でも出来そうな全能感を感じた。

 どんどん強くなっていく自分を実感するのが、ただ……ただ嬉しくて、毎日の訓練に没頭した。

 

 「朔太郎。あなたは本当にすごいものを作りましたね。これからの戦いはブーストギアが主体になるでしょう。皆が使い方に慣れれば戦いは一変いっぺんしますよ」

 

 ロミーの声で現実に意識が戻った。そしてまた目の前の模擬戦に意識を向ける。


 「ブーストギアを使った戦闘は、体力や筋力はもちろんのこと、瞬時の判断力や反射神経、そして集中力など、多くの力が求められる。どれか一つでも欠けると、本来の力は発揮することは出来ないだろう。それこそ手足のように意識しなくても使えるようになる必要がある」

 

 「燃料の使い方も重要ですよね。すぐに無くなるものではないですけど、長時間で使用し続けないといけないような場面もあると思うんですよね」

 

 「そうだな。そういう場面も想定しておいた方が良いだろうな」


 「中でもアベルはここに来て伸びたと思いませんか? 体が小さく軽い事もありますが、天性のバネと空中でのバランス感覚が非常に優れています。動きが軽いというか……くるくる回転しながら躱したり、攻撃したりと動きが読み難いんですよね~」


 アベルに視線を向ける。その動きは確かに速い……。トリッキーな動きだけではなく、その非力さをカバーするように全体重を乗せた回転斬りなども繰り出している。


 「そうだな。ブーストギアの扱いは、確かにうまくなった。体が小さい分、扱い易いのかもしれない。でも力はまだ非力だし、刀の扱いはまだまだだ。これからが楽しみだな。伸び代で言ったら、俺的には桃香も頑張ってると思うけどな」

 

 「それ僕も思ってました! 最初は全然だったのに……いつからかは分かりませんが、気迫が凄くなりましよね。声も大きくなったと思います。何かあったんでしょうか?」

 

 「……それは分からない。でも変わろうとしてるんじゃないかな? 俺達も負けていられないな。ロミー。休憩は終わりにしよう」

 

 「そうですね。本気で行きますから覚悟してくださいね」

 「望むところだ。格の違いというものを見せてあげよう。フハハハ」

 「朔太郎。それは僕のセリフですよ。フフ」


 俺達は笑顔でグータッチをした後、配置について礼を交わした。


 「「お願いします」」

  

 さて……、どう攻めてやろうか……。

 数歩歩く。


 まぁいいか……。

 そして全力で走った。


 何も考えずに行こう。

 それからギアを全開に放出。


 そんな気分だっ!!


 「行くぞ! ロミー」

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