ブルーセイバー ~未来からムキムキ爺さんが俺を殺しにやって来た~

十文字うへへ

序章 未来の刺客

第1話 来訪者

 「フフフ……フハハハハハ」

 「ついに……ついにやったぞ……」

 「俺は成し遂げたぞぉおおおおおお!!」 

 


 薄暗い研究所内。

 自分の発した声が静寂せいじゃくした研究所に響き渡った。

 

 目の前の台座上には、けになった白いネグリジェのような服を着た小柄な女性が、ライトアップされた状態で横たわっている。

  

 肩にかかる白い髪はほんのり桃藤色を帯び、見事なつやを放っている。細くすらっとした柔らかそうな肢体は、きめ細やかで透き通るような白い肌をしており、染みなど一つもない。その美しさは、言葉では表せないほど可愛らしく、彼女を見た者は誰もが一瞬で心を奪われてしまうだろう。

  

 だが、彼女は動かない。ただ静かに、まるでそこだけが時間が止まったかのように眠り続けている。 


 女性の頭から爪先つまさきまで舐めるように見た後、生唾なまつばをごくりと飲み込んだ。

 

 女性とお付き合するという経験など生まれてから、ただの一度もない。

 四十三歳童貞。

 それが俺の肩書きだ。

 友達と呼べるような友達などできたこともない。



 物心つく頃、両親は俺を家に残し、買い物に出かけたまま二度と帰って来る事はなかった。事故などで亡くなったわけではない。俺はのだ。

 

 ずっとだった——。

 

 人と何を話して良いか分からなかった。『また捨てられるかもしれない』という恐怖から、自分から話しかけることはできず、空気であり続けた。いじめられるということはなかったが、ただ他の人には自分が見えていないような感覚。

 

 それで良いと思っていた。

 

 大人になってもこれは変わらなかった。毎日毎日、ロボットのように満員電車で勤務地に向かい、ロボットのように言われたことだけ作業する。人と接することはできるだけ避け、話すことは最小限。同じような日常が毎日続き、何度も既視感を覚えた。


 仕事睡眠仕事睡眠仕事睡眠仕事睡眠仕事仕事仕事。

 

 毎日がこれの繰り返し。他には何もない。仕事と睡眠だけをするマシーン。

 

 いつまで我慢すれば良いんだ?


 人との繋がりなどほとんど無かった。

 何の面白みもない無味無臭の生活。

 永遠に続く同じような毎日。

 ただ生きているだけ。

 息を吸って吐くだけのロボット自分


 これが俺の人生だった。

 

 孤独から抜け出すチャンスは、幾度となくあった。でも勇気を出すことができなかった。逃げ続けて来たのだ。そんな自分ことが何よりも嫌いだった。俺は絶望していたのだ。

 

 何のために生きているのだろうか……?


 ふとそう思った。俺は死ぬまでずっと、こんなくだらない人生を本当に送るのだろうか?

 

 もう死のう。

 何もかもどうでもいい。

 疲れた……。


 そんな考えを持った時だった。彼女を製作しようと考えたのは。きっかけは本棚の上から落ちて来た一冊のロボット工学の本。俺は狂ったように勉強し、彼女の製作だけを目標にして生きることにした。

 

 何かが変わると思った。

 

 それからの俺は、彼女の事以外は何も考えなくなっていた。歩く時も……食べる時も……仕事中もずっとだ。

 

 彼女なら絶対に俺を捨てたりしない。


 最初は話し相手になってくれれば、見た目とか何でも良いと思って作り始めたのだが……いざ作り始めてみると、そうではなかった。どんどんこだわりが強くなっていった。


 もっと……もっと……もっとだ!!


 俺だけの人間を作り上げるのだ。いつしかそう思うようになっていた。


 楽しかった……。


 これまでに感じたことがない感情が、芽生えたのが分かった。何かに取り憑かれたように、彼女の製作にどんどん夢中になっていった。


 彼女に対し、よこしまな気持ちが無かったといえば嘘になるだろう。可愛い女性とイチャイチャしたいと考えるのはおすさがではないのだろうか。永い研究期間で彼女との妄想を何度も何度も膨らませた。 

 

 手をつなぎ街を歩いてみたり。

 お風呂でお互い洗いっこしてみたり。

 添い寝してみたり。

 お家で一日中のんびり過ごしてみたり。

 膝枕してもらってみたり。

 ……


 いつからだろうか。

 気づけば彼女のことを『アイ』と呼んでいた。

  

 二十年の間、アイの研究と開発に没頭した。寝入っている時間以外は全てといっても過言ではない。うまくいかず苦しい時もあったが、今までの生活では感じたことのない、やりがいと楽しさを同時に感じることができた。

 

 何度も何度も何度も行き詰まり、失敗を繰り返した。そのたび、アイが目覚めた姿を思い描き、くじけそうな心を保ってきた。

 

 三十歳を越える頃にはアイに深い愛情を抱くようになっていた。朝は必ず『アイ、おはよう』『アイ、行ってきます』に始まり、帰ると『アイ、ただいま』。そして、たわいもない日常会話を投げかける。返事は無いが俺の脳内では、しっかり妄想できていた。


 ――妥協なんて絶対に許されない。


 人間のように自由に判断し行動できる心と体。

 完璧な人間を作り上げるという『執念』だけが、俺の命をかてにして何年も激しく燃え上がり続けたのだ。


 ――ようやくここまできた……。


 後は起動コマンドを実行するだけだ。

 実行すれば、アイが目覚める……。この日をどれだけ待ち望んだことか……。やっと……。やっとだ……。やっと君と話せるんだね。

 しかし、緊張のせいか、端末の前を横に行ったり来たりと、起動コマンドの実行に踏ん切りがつかない。


 「今度こそ成功するはずだ……。落ち着け。大丈夫だ。今まで何百回、何千回失敗を繰り返した!? 理論的には完璧なんだ。できることは全てやった。後は起動させるだけだろ…………」


 自分を鼓舞するように独り言を呟く。

 端末画面には『起動しますか?(はい/いいえ)』と映し出されている状態。

 俺は何度も深呼吸し息を整えた後、震える手を天に向けた。


 「我が運命の女神よ」 

 「終焉のときは近い」

 「漆黒より顕現けんげんし、我が願いをかなえてくれ!!」

 「いざっ……召~喚っ!!」


 癖になった中二病全開のセリフを言うことで、不安を振り払い、起動の確定キーを押す。


 ――寸前だった。


 静寂を引き裂くように、突然、「ドンッ!」と鋭い音が耳を刺し、ドアが激しい音を立てて蹴破られた。


 ――ッ‼

 

 反射的に俺は振り返ると、その瞬間、影のように大柄な男が研究所へと滑り込んで来た。切り裂くような速さだった。声を発する前に、男は既に目の前に立っていた。一瞬の出来事。


 「な……何だお前はっ!!」


 俺の声は、静寂の中に溶けていく。答えは返って来ない。代わりに、男の手が素早く動き、冷たい金属の感触が額に伝わった。


 「……」


 額に押し付けられたのは銃口。冷たさが肌を通じて神経に伝わり、瞬間、全身が硬直する。男の顔は薄暗い光の中でもはっきりと見えた。鋭い瞳が俺を射抜き、深い暗闇の中で何かが燃えているような怒りと焦燥がそこにあった。


 「終わりだ」


 低く、冷酷な声が響く。 

 一瞬の出来事でどうすることもできなかったが、咄嗟にアイの前に立ちふさがる。

  

 「動くなっ!! 動くと殺す」


 パンッ!! と男が撃った弾が、俺の顔のすぐ横を通り抜け、後ろの壁に穴を開けた。


 「次はないぞ。次は貴様の頭に穴が開くことになる」

 「……」


 動けない。

 怖い怖い怖い……。

 足がすくみ、心臓が跳ね上がる。体が震えてどうしようもない。


 「もう起動したのか?」


 男は銃口を俺の額に更に押し込んで来る。


 「次……答えなかったら殺す。お前の後ろにいる人形は起動させたのか?」


 本気だ。

 答えないと間違いなく殺される……。


 「……起動していない。何故彼女のことを知っている!?」

 

 何なんだ……。

  

 「何とか間に合ったか……」

  

 男はじっと俺の目を見ている。

 男の眼光に宿る殺気が尋常ではない。

 少しでも動けば殺されるだろう。

 震えが止まらない。


 「その人形は起動するな。それがお前のためでもある」

 「な……何故だ!! 俺がどれだけ苦労して…………起動させるなだとっ!? そ、そんなことできるわけないだろう!!」

 「諦めろ」

 「だから何でだよっ!! あんたに関係ないだろう!?」

 「関係あるのだ。残念ながらな」

 「り、理由を教えてくれ。関係あるとは思えないが」

 「教えたら諦めるか?」

 

 諦められるわけがない!!


 「……聞かないと分からないな」

 「……」

 

 何か考えているようだ。

 よく見たらじじいじゃないか。

 かなり鍛えあげられた身体。

 オールバックの銀色の長い髪。

 もみあげから顎まで綺麗に整えられた髭。

 爺のくせに、めちゃくちゃ強そうじゃないか……。

 とてもかないそうにない。


 「仕方がない……。最後に教えてやろう」

 「あ、ああ……」


 「人類が滅びるからだ!!」


 「は?」

 「分かったな。諦めろ」

 「……いやいやいや。ちょっと待ってくれ。それが理由なのか……?」

 「そうだ」


 何を言ってるんだ?

 この爺、何かの病気か?

 ボケてる……? ようには見えない。

 確かに人工知能が進歩すれば、いずれロボットに支配されるだろうという説をとなえる人もいたような気するが……。

 その事を言っているのか? この爺は。

 そもそも、なぜ彼女のことを知っている?

 誰も知らないはずだ。

 監視されていたのか?

 駄目だ……整理が追い付かない。


 「信用できないか?」

 「ああ……いや、……人工知能が進歩していけば、いずれ人類が滅亡するかもしれない……そういうことか?」

 「いや違う。かもしれないではない。滅亡するのだ」


 ――――ッ‼


 爺は銃口を額に当てたまま、もう片方の手で何かを手渡して来た。受けとって見ると、三日月型の見たこともない精密機械。


 「耳の裏に付けろ」

 「付けるから銃を向けないでくれ。抵抗しない……というかできない」


 爺は銃を向けたまま一歩後ろに下がる。

 恐る恐る俺は言われた通り耳に付けた。


 『怖がらんでも良い。儂も付けておる』


 爺は話していないのに、爺の声が頭の中に木霊こだまする。

 どういうことだ?

 爺は少し顔を横に向け、耳を見せた。

 

 『驚くのも無理はないが、これは話さずとも声を届けることができる装置だ。念話みたいなものだと言えば分かるか? 異国の言葉も自動で翻訳することもできるぞ。何か話してみろ』


 こんなものが既に開発されていたのか……?

 物凄い技術だ。


 『き、聞こえるか……?』

 

 俺は恐る恐る頭の中で話してみた。


 『それで良い』


 ————ッ!!

 

 爺の目の前に青いパネルが表示され、何か指で操作している。

 何だこれは……?

 これもこの三日月型の装置で表示させているのか?


 「これを見ろ」


 爺の目の前に映像が映し出された。


 「何だこれは!?」

 「立体映像ホログラムだ」


 ————ッ!!

 

 そこには次々にロボットに殺される人間が映し出されている。ビル群は崩壊し、街は燃え上がっている。ひどい映像だ。まともに見ていられない。


 「彼女が目覚めると、こんな世界になるとでも言うのか!?」

 「そうだ」

 「こんな映像を作って、俺がだまされるとでも?」

 「勘のにぶい奴だ。この映像は作ったのものではない。実際に起こったことをしたものだ」


 ————ッ!!


 「まだ分からないか? 鈍いのか信じたくないだけなのか……一度しか言わない。よく聞いておけ」



 「儂は西暦二三〇〇年の未来からタイムトラベルして来た」


 「お主をためにな」



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