12話 悪女、決闘

 後宮内では決闘が認められている。

 決闘――それは妃同士の戦い。

 互いになにかを賭け、勝者がその望みを叶え、敗者は賭けたものを失う。

 女同士の熾烈な戦いである。


 律の四四――『決闘』は妃同士でのみ行うことが可能。決闘は仲介人の許可の下、妃本人の力で競われる。

 律の四十五――『決闘』で定められたものはたとえ皇帝であろうとも覆すことはできない。女同士の鋼の掟である。


「紅蘭華、お前は釈放後五日も経たずしてなにをしでかしているのだ」


 翌日、揃って現れた蘭華と蝶月に雨黒は頭を抱えた。


「ですから、決闘ですよ。雨黒様にはその仲介人をお願いしたいのです」


 雨黒が握り締めているのは決闘申請書。

 今目の前にいる二人の決闘を雨黒の名の下に見届けよ、という決闘を行うために必要な儀である。


「紅蘭華がおかしいのは今にはじまったことではないが……蝶月様、貴女も本気なので?」

「ええ。勿論です」


 話を振られた蝶月は自信満々に胸を張った。


「双方の合意があって出された申請を無下にすることはできないと律には記されているが――ちなみに、なにを賭けるんだ」

「私は傍付きの侍女、とう慧を」

「私はこの身を」

「――は?」


 蘭華の言葉に雨国は眉を顰めた。


「どういうことだ。命を賭けるということか?」

「いいえ。私が負けた場合、私は龍煌様の妃を降り蝶月様の側仕えとして働きます」

「――はあ!?」


 雨黒が驚くのも当然だ。

 蘭華はつい先日己の命の危機を脱し、龍煌と婚姻を結び後宮での立場を得たにもかかわらず、たった五日でそれを棒に振ろうとしているのだから。


「一度宣誓を行えば決闘を取り消すことはできない。その時点で負けとなる。今なら引き返せるが、本当にいいんだな」

「ええ、もちろんです」


 にっこり笑う蘭華。


「もちろんですとも。私が負けるはずありませんもの」


 蝶月も高らかに笑ってみせる。

 双方本気のようだ。これはもう決闘を回避する術はなさそうだと、雨黒はそれは目頭を手で押さえながらそれはもう大きなため息をついた。


「ちなみに、勝敗はなにで決するのだ」

「そうですね、それは――」

「この決闘は紅蘭華から投げられたもの。ここは受けて立つ私が決めさせていただいてもよくって!?」


 蘭華の言葉を遮るように蝶月が前に出た。


「一週間後、後宮で毎月恒例の『お茶会』が開かれますの。そこでお互いの刺繍を持ち寄り、より出来が良いものが勝利――というのはいかがかしら!?」


 蝶月は挑発するように蘭華を見下ろした。

 後宮の妃たちは毎月一度集まり『お茶会』を開く。

 そこでは必ず一つ『お題』が設けられ、料理や歌などを披露する――という催しがあった。

 今月の『お題』は刺繍。一枚の布に煌びやかな刺繍を施し、己の腕前を見せつけるわけだ。

 つまりはそこで勝敗を決する、ということらしい。


「さあ、どうです!? 受けて立ちますか!? 紅蘭華」

「もちろんです。謹んでお受け致しますわ、蝶月様」


 突然の提案にも関わらず蘭華はいつものように朗らかな笑みを浮かべた。

 動じない彼女に蝶月は一瞬悔しげな表情をしながらも、にっと笑う。


「ということで、勝負内容も決まったことですし……さっさと受理していただけますか? 雨黒様!」

「…………はあ。皇太子の右腕として、後宮の管理も任せられている。仕方がなかろう」


 これも仕事だ、と雨黒は面倒くさそうに二人の前に申請書を広げ言葉を続けた。


「宣誓せよ――律に従い、己の力を持ってして正々堂々戦うことを誓うのであれば血判を」

「――誓います」


 小刀を差し出すと、蘭華蝶月それぞれ親指を僅かに切りつけ血判を押した。


「――雨黒の名の下に、李龍煌が妃、紅蘭華。そして李煌亮が第一妃、黄蝶月の決闘を受理する」


 こうして決闘は受理された。


「今のうちに侍女としての腕を磨いておくことね、紅蘭華!」

「うふふふっ、これはまた面白いことになりそうですわね!」


 闘志を燃やす蝶月に対し、蘭華の目は生き生きと輝いている。

 こうして妃二人の負けられない戦いがはじまったのであった――。

 

 

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