5-9

「ギャハハハ! コイツの首は1億Gはかてえぞ! ……ん、どしたんだ?」


 意識を失い倒れ込んだデミトリウスを背負いながら、汚い笑顔を浮かべたコウスケは変な喜びの踊りを踊る。


「パパ。もうそんな演技しなくて良いんだよ」

「ごめんなさい。ずっとパパのこと誤解してた」

「はあ?」

「奥さんと子供の仇を討つためにずっと演技をしていたなんて……」

「うん! パパの子供である事はアタシの誇りだよ!」


 スカーレットとヴィオレから尊敬と憧れの視線を向けられ、

コウスケは心の中で叫ぶ。


(うげええ……気持ち悪りい!)


 かつてコウスケには、この様な視線は日常的に向けられていた。

 だが、もう10年以上「ゲス」でやっているので、こちらの方に馴染んでいる。

 今はもう、こんな自分にこんな視線を向ける奴はいない。

 その為、久しぶりにしかも身近な者から向けられる憧れの視線を気持ち悪いとしか思えなくなっていた。

 2人をこの場に置いて早く立ち去りたいくらいだ。


「おい、クソガキ共、こいつを衛兵隊庁舎に引き渡してカネに替えるからついてこい!」


 だが、どれほど気持ち悪くても、置いていく訳にはいかない。

 恐らく予想した最悪の方向に事態は進んでいる。

 2人は守りやすい自分の身近に、置いておく必要があった。



 受付にデミトリスを引き渡した後、強盗殺人の容疑者であるコウスケは尋問部屋に連行された。

 スカーレットとヴィオレもそれに帯同している。

 普段は容疑者と尋問をする者しか入れないのだが、無実の証人だとゴネまくったおかげで特例として許可が下りた。


「へへへ。という訳で副隊長は強盗殺人以外の余罪も沢山あるんですよ。全員把握は出来ていませんが、衛兵隊内に従犯も沢山います。さらに王政府の高官ですし……報奨金は、ざっとどれくらいになりそうですかね?」

「なに訳の分からないことを言ってるんだ? お前は自首をしにきたのだろう」

「証拠も勿論ございます。これが不正会計の帳簿です」


 ページを開いてみせつけた。

 だが、尋問者はそれを見ずにニヤニヤしている。


「これがなんの証拠になるというんだ?」

「いや、見りゃ丸わかりじゃないですか! じゃあこの遠爆人形。これを魔力鑑定してもらえば……」

「そんな事は未来永劫行うつもりはない」



 コウスケの言葉に耳を傾ける気はないようだ。

 スカーレットとヴィオレをここに連れてきて正解だった。


(なんでえ、最初から無理ゲーかよ)


 事態が飲み込めていない2人が、尋問者に憤慨し食ってかかる。


「なによそれ! アタシ達は誘拐されて色々聞かされたんだからね!」

「そうよ! 衛兵になりすましたアイツの手下に……」


 ヴィオレがハッとした顔をして青ざめた。

 どうやら事態を把握したようだ。


「それが君たちの虚言で無いという証拠がどこにあるのかね?」


「まさか、そんな……ありえない」

「どうしたのヴィオレ?」


「こちらのお嬢さんは頭が良いようですね。勇者様も内心気づかれていたのではないですか?」


 勝ち誇った顔のベディが尋問室に入ってきた。


「衛兵隊はどれくらい掌握できてんだ?」

「全部ではないですよ。ですが今庁舎にいる者は全員ですね」


「ちょっとなんでコイツが、ここに入ってきてんのよ!」

「衛兵隊は最初から皆コイツの手下だったのよ。全部知っててパパを……」


 ヴィオレの話を聞き、スカーレットの顔色も真っ青になる。


「さて取引をしましょうか」

「どんな?」

「帳簿と遠爆人形をこちらに渡して頂けないでしょうか? そんなものは持っていても無用の長物だという事はもうお分かりでしょう。それが終わりましたら次は牢に入り裁判を待っていただきます」

「俺には、なんのメリットもねえ話だな」

「代わりに後ろのお嬢さん達にはなにもしません。記憶は消させて頂きますがね」


「はあ? なに馬鹿なこと言ってんのよ!」

「パパ、アイツの言う事になんか耳を貸さないで!」


「お二人の人生が、より良いものになる様、尽力いたしますので、ご安心ください」


 デミトリウスは懐から金属の箱を取り出し、コウスケに渡してきた。

 開けてみると箱には忘却の羽が入っている。

 これは相手の記憶を封印することができる魔道具だ。消したい記憶を思い浮かべながら対象の頭にあてると深い眠りに落ち、目覚めた時には指定した記憶が消えている。

 これを2人に使えという事らしい。


(渡してくるとは、ずいぶん余裕じゃねえか)


 ここで自分たちを殺しても、お前の容疑は増えて苛烈な逃亡生活が続くだけだ。

 そうなったら2人の人生は無茶苦茶になるぞ。

 だから大人しく捕まれ。

 デミトリウスは無言で、そうコウスケに圧をかけてきている。

 だがコウスケを捕まえた後に、結局口封じで2人を亡き者にする可能性の方が高いのだから無意味な脅しだ。


「アタシはパパが罪人になっても平気だよ! だからアイツを……」

「それはダメ! 奥さんの罪が晴れない。ここは逃げてから……」


 しかし気持ち悪くなってしまった2人は、ここで是正しておかなければならない。

 後頭部に羽を当てると、2人は地面に倒れ込み幸せそうな寝顔を浮かべた。

 

「素晴らしい選択です」


 デミトリウスは得意気に拍手をし始めた。

 どうやらこれで罪を全てコウスケに擦り付けれたと思っているらしい。

 しかし、どうあがこうがこいつは全てが白日の下にさらされ、死刑になることは確定している。

 ナランハ達の無念は晴らせた。

 コウスケも明日からいつもの勤務に戻る予定だ。


「あ~あ。大損だ」


 だが、一番の目的である報奨金は諦めるしかない。

 目的を達成ができないので自分は敗北したも同然だ。

 この事実にイラ立ちながら、魔法加熱パイプを口に加える。



「貴様誰がタバコを吸って良いと」

「飲み屋の付けが山の様にあるぞ。お前らどうしてくれんだ?」

「お前、自分の立場が分かっていないようだな」

「そりゃこっちの台詞だ。お前らもうすぐ全員殺されるぞ」


「ハハハ。お前の様なザコが俺たちを皆殺しにできると本気で思っているのか?」 


 尋問者は、コウスケをただのゲスな雑魚だと思い続けてくれているようだ。

さっきから立派な人間扱いされて気持ち悪かったので、強い安心感を感じた。


「デミトリウス様。やはり情けなどかけず、この場で息の根を止めましょう」


 息巻く尋問者を無視して、デミトリウスは激しく動揺していた。

 先ほどの交渉は失敗し、これからコウスケに殺されるとでも思っているのだろう。

 だが、それも違う。


「馬鹿か。どうして俺がお前らを殺さなきゃいけねえんだ」


 魔法加熱パイプを吸いながら、この部屋入った時から、ずっと隠れているアイツの方向を睨みつけた。



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