4-2

「おお! 良い店を知っているじゃないか!」

「へへ。ありがとうございます。さ、お嬢ちゃんこの旦那に酌をたのむ」


 デミトリスと別れた後、コウスケは勤務中であるにも関わらずラウンジに足を運んだ。

 一緒にいるのは、再び仕事の関係で王都を訪れていたヴィオレの義父である。


「離縁を突きつけた時のあの化け物の顔ったら凄かったぞ。しかしセレナの親権を欲しがらないとはなあ……他にもまあ連れて歩くのが……」


 ヴィオレの義父は愚痴ってばかりだが、かなり上機嫌になっている。

 王都で一番高いラウンジに連れてきた甲斐があったというものだ。

 出費は半端なかったが……。

 ずっと引っかかっていた事を切り出すなら今だろう。


「なんにしても君のおかげだ。ありがとう」

「ところで旦那、あの脂肪の化け物が言うには出会ったとき、私はゲルメズ地方で領主をしてたんですよ。旦那は昔からアルボリ地方に住んでるんですよね。それなのに穴兄弟なっちゃえるもんなんですね」

「気持ち悪いこと言うな」

「すいません」

「昔は痩せててキレイだったんだよ。でもアバズレで有名な奴でな。俺も一夜だけのつもりだったのに、子どもができたと言われて結婚せざるを得なかったんだ。そのせいで人生が無茶苦茶だ」

「今、旦那にすごく共感を覚えています」


ヴィオレの義父はひと息つき、淡々と語り始めた。


「……子供が出来たって言われるちょっと前か。あいつが旅の冒険者に君に会えるって言われて、ほいほいついて行って1ヶ月くらい地元から離れたという噂を聞いたことがあったな。多分、その時じゃないか」

「不用心ですね。俺がその冒険者だったら、そのまま養豚場に叩き売りますよ」

「むしろ叩き売って欲しかったよ」


 領主になったばかりの頃、愚純だった自分は賭け事や女遊びを一切やらず、酒も付き合い程度に飲むだけだった。

 

(やっぱ最初の頃はおかしかったよなあ。賭博やったらとんでもない大勝ちで、寄ってくる女は可愛すぎるのばかりだったし……)


 だが、あの事件以降は、気分転換にと周囲に誘われるまま派手な賭博や女遊びに興じた。

 最初は周囲を気づかって、付き合いで参加していた。しかし徐々にハマっていき、気づけばどっぷり浸かってしまっていた。

 自分が怠惰な人間になったのは、あの事件の犯人であろうアイツがそうなる様に仕向けたもの……。

 以前、そんな事を考えたことはあった。

だが、余りにも馬鹿らしいので、即座に頭の中から打ち消した考えだ。

しかし、ヴィオレの義父の話を聞く分には、あながち間違いではないかも知れない。

冒険者だと名乗ったのは、犯人の手下か本人か、それともカネを貰った本当の冒険者か。

いずれにしても、別の地方から態々外見が良い女を手配していたということになる。

 随分と手の込んだことをするものだ。

 そこまでした理由は、あの頃は分からなかった。だが、今の自分と犯人の立場を考えればなんとなく理解できる。

 このこと自体にはなんの違法性もないのでカネにはならないが、当時アイツの考えていたことが分かっただけでも十分な収穫だ。


「旦那今日は俺が奢りますよ!」

「それは大丈夫だ。お前絶対カネ持ってないだろ」

「遠慮しないでください! おらあシャンパン入れろ!」


 生活費はもうほとんど無いが、カネは後から山の様に入るのでいくら使おうが問題はない。

 この日も大盤振る舞いして、ボトルを5本開けて帰宅した。。



「ギャハハ! 帰ったぞ!」

「ったく、いつも酔っぱらて帰ってきて」

(おかしい)


 露骨に不快感を表すスカーレットを横目に、ヴィオレは冷や汗を流していた。


「土産だ食え! ギャハハ」


 可愛い包装がしてあるキャンディを渡してきたコウスケの酒臭い息を避けつつ、最近ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「パパ、最近いつも飲んでるけど、おカネ大丈夫?」


 ここの所、コウスケは毎日、酔っぱらって夜遅くに帰ってきている。

 稼ぎが悪く入ったおカネはすぐ使ってしまう、この父親のどこにそんな余裕があるのだろうか?


「ハハハ! 少なく見積もっても1億G近くのカネが近々俺に入ってくるから大丈夫だ」

(なにを言っているの)

「お前とスカーレットにも100Gくらい分け前をくれてやるから安心しろ! ギャハハ」


 酔っ払いオヤジは戯言をまくしたてて、寝室に向かっていった。


(まさか!)

 

 ここでヴィオレはある事に気づき、戸棚を調べる。


(ない、ない! やっぱりない!)


「ヴィオレどうしたの? この飴美味しいよ。一緒に食べよう」


 スカーレットが笑顔で話しかけてきた。

 だが、今のヴィオレに飴を舐める心のゆとりは無い。


「ないのよ」

「え? なにが?」

「銀行におカネを預けたことを証明する預金の証書が無くなってるのよ!」

「それって」

「うん、このままだと魔法学園に合格しても学費が無いから入学できない」

「……締め上げてやる!」

「待って!」


 木刀を構えて寝室に向かおうとするスカーレットの腕をつかんで静止する。


「どうして? パパが勝手におカネを降ろして使ったに決まってるじゃん」

「そうだけど……」

「でしょ! だから」

「でも、証拠がない。きっとワタシが無くしたって事にされて、逃げられちゃう」

「確かにそうだね」


 ヴィオレは涙を溢れさせながら話しを続けた。


「それにパパを締め上げても使い込まれたおカネは帰ってこない。どうしよう……」


 ついに耐えきれなくなり、膝を地面につき泣き崩れてしまう。

 一度は諦めてから取り戻した夢が、再び遠ざかった絶望は深かった。


「大丈夫だよ!」


 肩を力強く叩かれ、目を開く。

 涙で滲んだ視界の向こうでは、スカーレットが決意に満ちた表情を浮かべていた。


「アタシに任せて!」

「任せるってどうするの?」

「答えは簡単じゃん! お金がなければ、稼げばいいんだよ!」

「稼ぐって、ワタシたちが⁉」

「うん! 安心して。アタシがよい仕事を見つけてくるからさ」

 

 子どもである自分たちが稼げる仕事なんか、本当にあるのだろうか。

 お嬢様育ちのヴィオレは不安で仕方がなかったが、他に解決策もないので、スカーレットの案に乗るしかなかった。


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