1-3

 (やった!)


  顔面から落ちたコウスケを見て少女は心の中で呟いた。

  しかし……


「ぎゃああ! 助けてくれええ!」


 コウスケはすぐに立ち上がり再び逃走する。


(そう簡単にはいかないか)


 少女は木から飛び降り、再びコウスケを追いかけ始めた。


「まてええ!」

 

 もう少しで追いつける。そう思った瞬間、コウスケは観衆女性の背後に逃げ込んだ。

 

(あの人を人質にとる気!? うわさ通りなんてゲスな男なの)


 怒りの気持ちに振るえながらスカーレットが身構えた、その時だった。

 


「助けてくれ。このガキ通り魔だ!」


 身を縮めて女性の背後に隠れて、突然泣きわめきだしたコウスケに、少女は愕然とした。


「え? え?」


 困惑する女性をよそに、コウスケは情けなく泣きながら叫び続ける。


「きっと血に飢えていて、この俺を狙ってきたんだ!」

「あの、その……」


「こいつを退治してくれ! たのむ!」


(な、なんなのコイツ?)


 子供に命を狙われて見ず知らずの女性に泣きながら助けを求める中年勇者。

 今まで見たことがない種類の人間に少女は困惑する。

 どうすればいいかの分からず頭が真っ白になる中、妙な歓声が耳に入ってきた。


「ギャハハ! ゲス勇者! 今日のは格段に面白れえぞ!」

「そうだな。なかなかのショーだっだ」

「え!? ショー? これガチじゃねえのか?」

「どっちでもいいじゃねえか面白かったんだし」


 観衆たちは少女をとコウスケのやりとりを面白がっている。

 そのことは理解できた。

 だが、どうすればいいのか先ほど以上に理解できず、少女は困惑することしかできなかった。


「おい、ゼニ払ってやるぞ」


 この言葉を聞いたコウスケの動きは早かった。

 あっという間に露店からお金を入れてもらうための木の箱を持ってきた。


「ありがとな。幸運を呼ぶ魔法の石もお前にやるよ」

「それはいらねえ」


 そして手当たり次第に観衆に声をかけてお金を回収し始める


「なあ見てて面白かっただろ!? たのむよ」

「おらよこんくらいで良いか?」

「おお金貨じゃねえか! ありがとございやす♪」


「俺はこんなもんかな」

「おいおい銅貨1枚ってあと4枚は追加してくれよ」


「へへへ。結構なゼニになったぜ」


 コウスケはお金がたくさん入った木の箱を見ながら満足そうに笑っている。


「おい、おまえ取り分いくら欲しい?」


 今までどうすればいいのか分からず、呆然としていた少女はこの言葉でハッと我に返る。


「ふざけないで!」


 コウスケはヘラヘラと笑いながら言葉を返す。


「こんなに稼げたのはお前のおかげなんだ。ちょっとくらい分けてやるよ」


「さっきからふざけたことばかり……そんなに私をからかうのが楽しいのか!」


 少女が再びコウスケに斬りかかろうとしたその時だった。


  ぐううううう


 少女のお腹が大きな音を立てる。


「ハハハハ。いい音じゃねえか」


 コウスケはお腹を指さして笑い始めた。


「うるさい!」


 少女の顔が赤く染まる。


「あんな腹の音きいた後じゃ、どんなにすごんでも怖くありましぇ~ん♪」

「馬鹿にして……今だまらせてやる!」

 怒り、恥ずかしさ、色んな感情が少女の心の中にうごめいた。

 そしてまた……、


 ぐうううう


 腹がなる。



「お~こりゃまたさっきよりいい音だな」


 少女は木剣を構えたままコウスケをにらみ続けている。

 その顔色はゆでだこの様に真っ赤だ。

 瞳は悔しそうに涙ぐんでいる。


(報酬いらねえとは、これはラッキーだ)

 

 木の箱に入った沢山のお金を眺めながら、一人ほくそ笑む。

 自分の子供だというこの変なハーフ鬼(オーガ)のガキに絡まれたときは、商売の邪魔だからどう処理しようかと思ったが、あのまま幸運を呼ぶ魔法の石を売っていてもここまでは儲からなかっただろう。


(今日は繁華街にいって久々にパーッとやるか)


 スケベや浪費の妄想をしてコウスケの気はどんどん大きくなり、気前よく誰かに飯を奢ってやりたい衝動にかられる。

 だが、昔と違いどうしようもない馬鹿そのものの生活をおくっている今の彼には友人がいない。

 なので、目の前にいる明らかに腹を空かせているであろう少女に声をかける。


「報酬いらねえなら、かわりに飯おごってやるよ」

「だからいらないってさっきから……」


 生意気だと思ったが、気が大きくなっているので笑顔で受け流す。


「腹が減っては戦ができぬだ」


 少女は目に見えて、動揺しはじめた。


「俺を殺るのは飯食ってからでもよくねえか」


 少女はしばらく、どうすればいいのかわからない様子だったが、最終的にしぶしぶうなずいたのだった。


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