第15話 俺に出来る唯一の事~ブラック視点~

部屋に戻った俺は、感情が抑えきれずに思いっきり壁を叩いた。そんな事をしても無意味なのに。


まさかユリア嬢が、そこまで酷い扱いを受けていただなんて…


ふとユリア嬢の姿を思い出す。どんなに苦しくても辛くても、笑顔を絶やさない彼女の美しい姿。陰でどれほどの涙を流してきたのだろうか…何度無理やり魔力をむしり取られ、激痛に悶絶し、もがき苦しんだのだろう。


7年もの間、そんな日々に耐え、それでも絶望することなく笑みを絶やさない。俺がとても想像できないくらいの地獄の日々を、必死に生きて来たのだろう。


彼女の事を考えると涙が止まらない。俺は無力だ、今もまた彼女が鬼畜共に虐められているかもしれない、魔力を無理やり奪われているかもしれない。その事実が分かった今も、俺は助け出してやることが出来ないだなんて。


あいつらのせいでユリア嬢は、命の危機にさらされているだなんて!許さない!あいつらだけは絶対に!こんなところで落ち込んでいる場合ではない。涙をぬぐうと、再び父上の元へと向かった。


「父上、俺にも調査を手伝わせてください!一刻も早く、彼女をあの鬼畜共から救い出したい!まずはこの書類をまとめればいいのですよね?」


「ああ、そうだ。それから調査をしていく中で、ユリア嬢の両親、元伯爵夫妻も、現伯爵が手に掛けたのではという疑惑も出て来た。でも、その調査はおいおい行っていく事にして、まずはユリア嬢に医者の許可なく治癒魔法を使わせ、衰弱させたことに対する罪について、重点的に証拠を集めよう。ユリア嬢の状況から見ても、1日でも早く助け出す必要がある」


「分かりました。それから、すぐに医者を手配して頂けますか?」


「医者をかい?」


「はい、このまま彼女を放置しておく訳にはいきません。薬があるのなら、彼女に飲ませたいのです」


このまま命が尽きようとしているユリア嬢を、指をくわえて見ている事なんて出来ない!少しでも進行を遅らせたいのだ!


「分かった、すぐに公爵家専属医師をここに呼んでくれ」


「かしこまりました」


父上の指示で、すぐに医者がやって来た。医者に状況を丁寧に説明する。すると


「その様な恐ろしい事が、現実に行われているだなんて…治癒魔法は命を削る魔法です。特効薬は存在しませんが、体の回復を促す薬なら手配可能です。早速準備いたします。出来るだけ毎食、無理でも毎日飲ませるようにしてください。でも、そこまで衰弱していらっしゃるのでしたら、あまり効果がないかもしれませんが…」


「それでもかまわない。少しでも効果があるなら。とにかく、すぐに手配してくれ!」


「かしこまりました」


翌朝、医者から薬を受け取った。とにかくこの薬を毎日ユリア嬢に飲ませる必要がある。最近定期的に休んでいるユリア嬢。きっと動く元気すらないのだろう。今日はユリア嬢、来てくれるのだろうか?


不安に思いつつ門の前で待っていると、来た!ユリア嬢だ。


ただ、顔色が悪く、今にも倒れそうだ。


「ユリア嬢、おはよう」


いてもたってもいられず、ユリア嬢に声を掛けた。するとそれはそれは嬉しそうに、にっこりとほほ笑むと


「おはようございます、ブラック様から声を掛けて下さるだなんて、嬉しいですわ」


そう言ってくれたのだ。ユリア嬢の顔を見た瞬間、どうしようもないほど泣きたくなった。彼女はどれほど辛い思いをして来たのだろう、鬼畜共のせいで既に死が近づいていると言うのに。それでも彼女は、優しい眼差しでほほ笑んでいるのだ。


胸が張り裂けそうになる思いを必死に堪える。


「今日もあまり顔色が良くないね。歩くのも辛いだろう。俺が運ぶよ」


スッとユリア嬢を抱きかかえた。


「私は大丈夫ですわ。ですから…」


「そんな辛そうな顔で、大丈夫と言われても説得力がないよ。そうだ、今日は栄養ドリンクを持ってきたんだ。少しでもユリア嬢に元気になってもらいたくてね。飲んでくれるかい?」


「私の為にですか?でも…」


「ただのジュースだから。どうか飲んで欲しい」


「分かりました。私の為にありがとうございます」


そう言うと、弾けんばかりの笑顔を見せてくれたのだ。この笑顔を俺は守りたい。でも、俺に守れるのだろうか?


「とても美味しいジュースですね。なんだか体が少し軽くなった気がしますわ」


「それはよかった。昼食の時もジュースを持って来るから、飲んでくれるかい?もし君さえよければ、一緒に食事をしたいのだが…もちろん、無理にとは言わない。友人達との時間も大切にしたいだろうから」


1秒でも長く、ユリア嬢と一緒にいたいのだ。ひと時だって離れたくはない。そんな思いで、お昼を誘った。すると


「私と食事をですか?私でよろしければ、ぜひお願いします」


そう言ってOKをくれたユリア嬢。嬉しくてつい笑みがこぼれた。


「ブラック様の笑顔、素敵ですわ…私の様な人間にこの様な事を言われても嬉しくないかもしれませんが、ブラック様はそうやって笑っている方がずっと素敵です」


笑っている方が素敵か…俺は自他ともに認める無表情男だ。でも、彼女がそう言うのなら、笑顔でいられる様に努力したい。そう思った。


今の俺に出来る事は限られている。それでも俺は、今できる事を何でもやっていきたい。彼女の為というよりも、自分自身が後悔しないためにも。




※次回、ユリア視点に戻ります。

よろしくお願いしますm(__)m

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