三十二夜目 レイキ

 スピリチュアルというと、信じる人はとことん信じる傾向にあるし、信じられない人はどこまでも否定的である。

 かくいう私はがっつり肯定者なのだが、問題は信じるレベルならいいが、のめりこんでいる場合である。


 今から十年ほど前のこと。私は『引き寄せの法則』というものにハマった。

 引き寄せの法則は『強く思えば現実になる』というものである。ただし、この解釈には大きな落とし穴があって、ハマった当初はその落とし穴に気づいていない。


 とにかくポジティブシンキング。

 とにかく自分の実現したい未来を思い描く。

 毎日、毎日祈る。

 宇宙の意思とつながるイメージを持つ。


 こういったことを繰り返し、かつ宇宙の画像、特にハップル宇宙望遠鏡の画像を暇さえあれば見るということをしているような日常だった。


 そんな中、PTA役員で一緒になったあるママさんと出会った。

 彼女は引き寄せの法則にも大いに興味と関心がある人のうえ、スピリチュアルにもとても理解のある人だった。


 おそらく、彼女を心から信じることになったのは、自分たちは常識的に物事を考えられる人間だけど、スピリチュアルというところは人によってはすごく胡散臭いもので、大っぴらには話せない。身に着ける石ひとつでも理解してくれない人はいる。それをわかったうえで話をするのなら、スピリチュアルの世界に触れることはなにも悪いことではない――そういうようなことを彼女が語ったからではないかと思う。

 あくまでも常識の範囲内である。


 そんな彼女と仲良くなって、仕事の悩みを打ち明けるようになったころのことだ。


「レイキヒーリングって知ってる?」


 と訊かれた。

 初めて聞く名前だった。


 レイキヒーリングとは靈氣という宇宙のエネルギーをヒーラーが受け取り、手をかざして受け渡しをするという手当療法のことである。

 小さな子供や病気の人にエネルギーを送って元気にしたり、いやしたりすることができるものだと彼女は説明した。

 さらに彼女自身、少し前にその講習を受けてヒーラーとなった。あなたもヒーラーにならないか――という。


 とりあえず説明だけということで、私は彼女の職場へ出掛けた。彼女は美容系の仕事をしており、化粧品販売からマッサージまで多岐にわたって美を提供する仕事をしていた。そのひとつとしてレイキがあったのだ。


 レイキ療法による効果などを一通り、彼女からレクチャーを受けた。彼女は自分自身の実体験も交えて私に説明した。冷え性の自分だけど、レイキを取得してからは手だけは異常に熱いまま、ほら触ってみて。本当でしょう? といった具合である。


 試しにハンドマッサージをしながらレイキヒーリングの施術を受ける。

 なにかわからないけれど、体の中が変わったような気がした。これもエネルギーを受け取ったからなのか。

 その場で返事はせず、一度答えは持ち帰った。

 彼女も無理はしないでいいと言った。


 なにせヒーラーになるにも段階があり、その段階を超えるために高額な費用が掛かるから、母子家庭のあなたは無理をしないほうがいい。なんなら途中まででも大丈夫なんだから、よくよく考えてみてね――と。


 結果、私はヒーラーになる決意をした。

 それは自分が介護の仕事をしていたからというのも理由の一つであったし、普段から苦労や我慢を強いている子供たちを癒したいという気持ちが大きかったらでもあった。


 一回目の受講で自分自身のエネルギー循環回路を開き、宇宙のエネルギーとつながりやすくしてもらう。これはヒーラーからアチューメント(伝授)をしてもらうことによって達成される。ヒーラーへの道の第一段階である。


 自分の過去のトラウマや前世の因縁などを浄化し、宇宙のエネルギーと一体になる体験をする。このとき、インナーチャイルドと呼ばれる、生まれながらにして備わった心の領域にあるしこりを除去していくのだ。


 実際、アチューメントを受けている間、私はボロボロ涙をこぼしながら、魂から穢れが祓われていくような感覚に襲われていた。


 泣き叫ぶ人。

 逃げまどう声。

 赤い炎。

 牢獄に繋がれた自分。

 真っ黒い視界に現れた第三の目がじっと自分を見る。

 それからいくつもの目がぎょろぎょろと現れて、視界を覆う。

 足が伸びて光の道を作る。

 それは地球のコアに向かって流れていき、意識はそこに向かってジェットコースターに乗っているかのように落ちていく――


 そうしてアチューメントが終わり、私は第一の扉を開くのである。

 ただし、このあとが肝心で、循環回路を開いたとはいえ、日々の鍛錬を怠るとすぐに回路が閉じてしまうことになる。だから毎日、自己ヒーリングを行わなければならなかった。


 施術料は三万円。


 それを支払い、私は彼女の職場を後にした。

 次の段階に行きたいときは連絡してくれればいい。

 ただし、料金は五万円と高額になるから、くれぐれも慎重に検討して――そう言われたものの、私の気持ちはほとんど次のステップへ進むほうへと傾いていた。


 毎日の自己ヒーリングを怠ることなく行い、第二段階へ進む返答をしようとしたころ、前夫から「いい加減に目を覚ませ」と連絡をもらった。


「レイキなんて詐欺に引っ掛かるんじゃない。そんなもんなら俺だってできる」


 夜中の電話だった。彼はいいから見ておけと言った。今からそっちにエネルギーを送るからと。

 私は目を見張った。言われた瞬間、手のひらサイズの丸い球形が壁に出現したのだ。それは壁を走り、しばらくして消えた。


「ほらな。それでも信じられないなら自分で調べろ。『レイキ、詐欺』で検索すればわかるから」


 言われたように検索を掛けたところ、詐欺のような手法と思われるサイトが多数ヒットした。

 詐欺だろうか――不安になるのは友人の「友達価格で安くしてあるから」という一言だった。


 騙されているとは思いたくない。

 自分のことを考えて相談に乗ってくれていたし、やってくれたことだ。

 そんなわけがない。

 そんなわけがない。

 だけど……


 悩みに悩んだ末、私は彼女に断りの連絡を入れた。彼女は「仕方ないよ。お金もかかることだし。でも残念。あと一段階進むといろいろ違うのに」


 レイキヒーリングによって悪いものを寄せ付けなくなるようになったり、悪いものを浄化できたりするようにもなると言った。あなたには必要なのにとも。

 これ以降、彼女とはどうにも付き合いにくくなり、また参観会などでも話す機会もなくなり、気がつけば疎遠になっていた。

 それでよかったのだと思う反面、やはり騙されていたのかという失望もある。

 そしてなにより、彼女や前夫が起こした奇跡とも思えるものは脳の作用によるものだろうと私は結論付けている。


 脳は見たいものを見る臓器である。

 自分たちが思い描いているものがすなわち現実であるというのも、脳の機能によるものである。

 とすれば、私が見た不可思議な映像は、自らが作り出したものであると言えるだろう。


 立証はできない。


 しかし少なくとも友人は、親切心だけで私に話を勧めたのではないということだけは現実だということである。

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