第四話 太鼓作り

 翌日からさっそく、太鼓作りがはじめられた。

 白蛇の遺言通り、皮をきれいにはいでから黄平は白蛇の肉を食らった。それが殺したものの責任のように思ったからだ。まだ血の味が口のなかに残っている。


 さすが山の主として君臨していた白蛇の肉だけあって、たしかに力が漲ってくるようだった。はいだ皮を枝に乾かすと、黄平は動物たちに尋ねた。


「この山で一番大きな木はどこにあるんだ?」


 すると、一匹のウサギが答えた。


「この山道をまっすぐ進んだところに、ひときわ大きな木があります。僕が案内しますよ」


 ウサギは黄平に背を向けると、ぴょんぴょんと山道を登って行った。黄平はその背中に黙ってついていった。


 しばらく歩くと、たしかに他の木を三十本ほどまとめてもまだ余りあるような大木があった。さすがに、黄平の体躯をもってしても抱えきれないほどだったが、それでもガシッと両腕で挟むと、力任せにベキベキっと幹ごとへし折ってしまった。


 これには周りの動物たちもびっくり仰天して、逃げ出すものもいれば、恐ろしくなって動けなくなってしまったものまでいた。道案内のウサギはありえない光景を目の当たりにして、青ざめたままコテンと気絶してしまった。


 地響きをとどろかせながら大木を倒すと、黄平はその鋭い爪と歯で幹をくりぬく作業に入った。夜通し作業を行い、七日かけて終えると、次は木の皮をはいで形を整えだした。全部で十四日をかけて太鼓の形に整えている間に、蛇の皮も水に浸けまた乾かし、張り付けられる準備を行ったのだった。


 なにかに取りつかれるように太鼓作りを行う黄平を動物たちは恐れと同時に、敬愛の気持ちも抱くようになった。それで、動物たちは木の実や山菜などの山の食べ物を黄平のもとに運んだりした。


 黄平は感謝して食べ物を頂くと、また作業に没頭した。作業に没頭していると、今まで起きたいやなことが忘れられるような気がした。

 同類である鬼たちからは仲間外れにされ、罵倒され、暴力を振るわれ、やっと自分を理解してくれると思った白蛇を殺して、その皮を使って、太鼓を作ろうとしている。


 殺される寸前の白蛇の目を思い出す。その目はよく澄んでいて、まるで先を見通しているかのような目だった。そのとき、白蛇が見通していた未来は、山が無事でいてここに生きるみんなが平穏に暮らしている景色だったのかもしれない。


(……だけど、俺には未来など皆目見当もつかねぇ。白蛇は俺に任せてくれたが、はたして俺は本当に、ひと月の間も太鼓をたたき続けることができるのか。鬼の村で、なんの役にもたたなかったこの俺が……)


 まるで暗闇で、ひとり、巨大な壁と対峙している気持だった。心地よい空気や光があたりにはあふれているはずなのに、黄平の心は、孤独と不安でいっぱいだった。暗闇で、ただひたすら作業に没頭している。


 乾燥を終えると、白蛇の分厚い皮は鉄のように固くなった。

 黄平は、その皮を広げると、太鼓の胴にあたる部分に被せた。形に沿うように円形に折り曲げながら、枝で作ったびょうを等間隔にこぶしで打ち込んでいった。


 いよいよ太鼓は完成した。木材であつらえた高台座に乗せると、太鼓はまるでたちはだかる壁のようだった。太鼓の頂点が、黄平の半身ほど高い場所にみえる。

 黄平は右足をざっとひいて中腰にかまえると、右手をゆっくりとひきながら、渾身の力をこめて、まず一打を打ち響かせた。

 蛇柄の面を震わして、あたりに響き渡った音は、枝葉だけでなく地面をも震わすほど壮大だった。


 動物たちはその音を耳にすると、命をなげうった白蛇を思い出し、太鼓の方を向き直ると頭を垂れ、目を伏せた。

 今まで、鬼の里でいくつも太鼓を作ってきたが、これほどまでに大きく、力強い音を響かせる太鼓は初めてだった。


 黄平は、ひとしきり自信をつけると、周りを見渡しながら動物たちに尋ねた。

 

「誰か、山の神のもとまで俺を案内してくれるものはいるか」


 すると、一匹のオオカミが目の前に躍り出た。


「私が案内しましょう。先日の寄合では、鬼だからかといってあなたを疑って申し訳なかった。あなたはなにも持たなくてかまいません。太鼓やバチなどは他のものに持たせましょう」


 すると、動物たちがわらわらと集まってきて、太鼓を熊十頭、台座をサル二十匹、バチをそれぞれリス5匹が受け持つと、オオカミを先頭に一同が歩き出した。


 山頂に登ると、しめ縄が結ばれた大きな岩があった。

 それこそ、黄平より一回り大きい太鼓の五倍ほども大きな岩だった。

 もしこの岩が倒れてきたら、太鼓もろとも黄平など簡単にひしゃげてしまうだろう。

 その前に太鼓を設置すると、黄平は運んでくれた動物たちを見下ろして、うなずいてみせた。


「ここからは俺に任せてくれ。ひと月、太鼓を打ち続けて、山の神の怒りを鎮めてみせる」


 動物たちはその言葉に胸をなでおろすと、黄平に期待を抱きながら山を下りて行った。


 それから、黄平は太鼓越しに岩をにらみつけると、あらんばかりの声で、こう言葉をなげかけた。


「おい、よく聞け、山の神! この太鼓が見えるか? 山が荒ぶることがないように、白蛇が命をなげうつことでできた太鼓だ! ここには白蛇の魂が宿っている! 俺はこれからひと月、全身全霊をこめておめぇにこの太鼓の音色を奉納してやる! だから、耳の穴かっぽじってよぉく聞くんだ!」


 黄平はバチを両手にかまえ、右半身をひくと、すぅっと大きく息を吸い込み、


「そいやっ!」


 と声を発しながら上半身のすべての力を込めて打った。


 一打。音は、空高く登りまた地面へ帰るばかりか、四方八方へと飛散し、山の万物を震わせた。

 黄平は、続けざまに太鼓を打った。万感の思いを込めて打った。打っているうちに、心臓のあたりでわだかまっていた黒い感情が、さらに沸き立ってきた。


 怒り。憎しみ。悲しみ。別れ。死。


 自分ではどうしようもない不条理な出来事から生まれた感情をもとに、黄平は太鼓を叩き続けた。


(聞こえるか、山の神。そして、白蛇よ。俺はおめぇたちにこの太鼓を捧げるんだ。ひと月、必ずひと月、全身全霊で太鼓を打ち続けてみせるぞ)

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