うまなちゃんのチョコレート工場 最終話

 少しだけ変な気持ちになっていたことは認めよう。それがサキュバスの体液を使ったチョコレートを食べたからなのか、もともとうまなちゃんに対してそのような感情を抱いていたからなのか、私にはわからない。そもそも、サキュバスの催淫効果は女性にも通用するのかという疑問もあるのだけれど、女性に効果が無いのだとしたら私はうまなちゃんに対して発情していたのかもしれないという事になってしまうのだ。

「お前がうまなに発情してたって聞いたんだけどさ、それってチョコレートのせいにして自分の欲望を解き放っただけなんじゃないの?」

 偽福島君はそんな見当違いの事を好き勝手に言っているのだけれど、なぜかイザーさんもそれに同調して悪乗りを始めていた。一番近くで見ていたから私はそうじゃないってわかっているはずのイザーさんではあったけれど、どうすれば面白いことになるのかという事しか考えていない表情だったので何を言っても無駄だという事だけは理解出来た。

「何バカなこと言ってるのよ。私が愛華ちゃんに好かれてるのは知ってるけど、それって恋愛感情とかじゃないわよ。イザーも私の事を好きって思ってくれてると思うんだけど、それと変わらない感じだと思うよ。だって、私の事を愛しているって思ってくれてるんだったらね、もっと多くの小説を書いてくれてると思うから。今回のチョコレート工場の話だって釧路太郎(愛華ちゃん)じゃなくて釧路太郎(影武者)が書いた小説だったみたいだからね。チョコレートの甘味料としてサキュバスの体液を使うってのは面白い発想だと思うんだけど、そもそもサキュバスの体液って甘いのかしら?」

「少しは甘いのかもしれないけど、そんなに甘くないんじゃないかな。ほのかに感じる甘みって程度で愛華ちゃんが普段食べてるお菓子の甘さとは全然違うモノだと思うな。うまなちゃんが中華料理屋で食べたお団子みたいに甘いって感じじゃないと思うし、味覚的な甘さってよりも精神的にくらくらする甘さって感じなんじゃないかな。私は催淫効果無効だから何も感じなかったし、むしろ苦いチョコレートだなって思いながら食べてたよ」

「でも、食べて甘いってのは感じることが出来たんだから結果オーライなんじゃないかな。サキュバス関連の話題と言えば、『サキュバスを腹上死させた魔王ですが世界中から狙われるようになりました』って小説を参考にしたみたいなんだけど、これは愛華ちゃんが書いた小説だったりするのかな?」

 私はそんな小説を書いた記憶が無いので否定だけはしておいた。そもそも、私の書く小説にサキュバスとかそういう話題が出てくることは無い。なるべく全年齢対象にしたいし、何だったら小さな子供向けの児童文学とか書いてみたいと思っているくらいなのだ。小さい時に読んだ小説の世界に憧れがあるというのは口には出せないのだけど、最終的には小さい子供たちにたくさん読んでもらえるような小説を書くことが出来たらいいなと思っている。

「サキュバスとか本当にいるのか疑問だったけどさ、この世界だったら何でもありなんだからいるんだろうなとは思うよ。でも、お前たちの話を聞いていると、サキュバスの大将って人間だけじゃないんだなって知ることが出来て良かったよ。描く機会なんて無いと思うけど、いつかサキュバスを描く必要が出てきたらその辺も意識して描いてみるわ」

「人間タイプのサキュバスよりも牛やヤギタイプのサキュバスの方が体液をたくさん出してくれるから参考にするといいぞ。ちなみに、サキュバスの体液を採取するのに使う道具は向こうの世界の釧路太郎先生に協力してもらってうまなちゃんが創り出しました。使い方があっているかはわからないのもあったんだけど、オッパイだけじゃなくて下からもたくさん出すことが出来たからね。その時の映像もあるんだけど、福島君はそれを参考資料として見たいって思ってるんじゃないかな?」

「いや、全然思ってないわ」

 偽福島君はチョコレートに伸ばしていた手をピタッと止めたのだが、さすがにそんな話をされた後じゃチョコレートも食べづらいよね。私もサキュバスの体液を使っているという事を知ってからこのチョコレートを食べることを躊躇している。無毒化しているとはいえ、何か物凄い抵抗があるんだよね。

「食べる前から分かってた事だけどさ、このチョコレートって本物のチョコレートじゃないよな。俺だってそんなにたくさん食べた経験があるわけじゃないから正確な事は言えないかもしれないけど、このチョコレートって何か凄く偽物っぽいんだよな。砂糖を使ってないってのもあるんだろうけど、ビターにしては苦すぎるしハイカカオにしては旨味が無さ過ぎるんだよな。そこをどうにかしないと本物のチョコレートを名乗ることは出来ないと思う」

「それはそうなんだけどさ、この世界って他の世界の植物に全く適合してない土地と水だから自生している植物の中から甘いものを探して何世代にもわたって甘いもの同士を掛け合わせていかないといけないみたいなんだ。愛華ちゃんはそっちの勉強はしていなかったんで詳しくないと思うんだよね。もちろん、私もイザーもそんなこと考えもしなかったんで何をしたらいいのかもわかってないんだけど、福島まさはるならそういう事もしていたと思うし得意だよね?」

 偽福島君は何を言っているんだろうという表情をしているのだけど、私も前もって説明を聞いていなければうまなちゃんが何を言いたいのか理解する事は出来なかったと思う。うまなちゃんが言っているのは、“この世界に自生している食べられる植物の中で少しでも甘いもの同士を配合してもっと甘くなるように何世代にもわたって品種を改良して来い”という事なのだ。それを聞いたところで私には理解なんて出来なかったし、そんなことが出来るとも思っていなかったのだ。

 心配そうに私が見守ってしまったからなのか、偽福島君は私から目を逸らすといつもよりも困ったような顔をしてみんなの事を見回していた。

「なあ、それって俺がやらなくても良いと思うんだけど、なんで俺にやらせようとしているんだ?」

「どうしてって、福島君は四人の中で一番真面目で几帳面だからよ。私もうまなちゃんも自分の事すらどうにもできていないし、愛華ちゃんだって意外とぐうたらなところがあるんだからね。福島君は予定のない日でもしっかりしてると思うし、そう考えると納得の人選だと思うな。あと、福島君が色々な時代を見てくることで絵を描くことも今以上に上手になるんじゃないかな」

 偽福島君はなぜかイザーさんのその言葉を聞いて納得していた。なぜ納得するのだろうと思っていたのだけれど、偽福島君は絵を描くことで何か喜びを得ているのかもしれない。そんな事を考えてしまっていた。

「変な誘惑に負けないでちゃんと砂糖みたいに甘いものを作るのよ」

 何の準備もさせてもらえず一人だけ時間旅行へと旅立った偽福島君はとても悲しそうな顔で自然豊かな世界へと旅立っていった。

 砂糖みたいに甘いものを作ることが出来るのだろうか。私はそんな心配をしていたのだけれど、別の時間へと旅立っていった偽福島君に何か言葉をかけることは出来なかったのだ。


 それにしても、“サキュバスを腹上死させた魔王ですが世界中から狙われるようになりました”なんて凄いタイトルだな。あとで時間があれば向こうの釧路太郎が書いた小説を読んでみたいと思っていた。

 別に、サキュバスが出てくる小説を読んでみたいという理由ではなく、何か高尚な理由があるはずのなのだ。それは、今度までの宿題という事にしてそれ以上は考えることを放棄したのだった。

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