うまなちゃんのチョコレート工場 第四話
けばけばしい色の看板を見ながら若干不安を覚えつつあった私ではあったが、イザーさんも四天王の皆さんも何も変なところは無いという感じでいたって冷静にしていた。狼狽えている私がばかみたいに思われそうだったので一応冷静を装ってみたのだけれど、どう見ても繁華街にある怪しい店が集まっているようにしか見えなかった。
「やあやあ皆さん。遠いところまでよくお越しいただきました。こんな遠いところに工場を作ったのには訳がありまして、今から順番にその理由を説明しようと思っています。と、その前に大事な事を一つだけ言わせてもらうよ。ブルーラグーン君にコープスリバイバー君にアキダクト君は残念ながらこの工場の中に入ることは許されないんだ。遠いところをわざわざやってきたのに中に入ることを許されないなんて納得出来ないとは思うんだけど、ここは私の言う事を大人しく聞いて欲しいな。これは意地悪で言ってるんじゃなくて、私は君達に優しく忠告しているって事なんだからね」
私達の後ろにいきなり現れたうまなちゃんが四天王のうち三人にそう伝えたのだけど、そんな事を急に言われても納得なんて出来ないだろう。名指しされて工場に入ることを拒まれた三人がうまなちゃんに食って掛かるところを想像したのだが、その想像は私の頭の中だけで完結していたようだ。
「優しく忠告してくれるという事は何かあるって事ですね。私達が中に入ると良くない事が起こるか、私達の身に何か災いが降りかかるという事ですよね?」
「うん、君達は聞き分けが良くて助かるよ。申し訳ないとは思うけど今回は我慢してもらうことになるからね。また別の機会に君達に楽しんでもらえるように私も頑張るから、期待していてくれると嬉しいな。その為にも釧路太郎先生にはより良い作品を書いてもらう必要があるんだけどね」
「そうですね。俺達も釧路太郎先生の作品に期待してますよ。次は俺達が大活躍するような話をお願いしますね」
うまなちゃんと名指しされた三人は楽しそうにしているのだけれど、私はチョコレート工場の話なんて作った覚えはないのだ。もしかしたら今まで書いてきたどれかの小説に出てきたのかもしれないけどメインとして登場させたことは無かったと思う。
私の頭の中にはいくつもの疑問が浮かんでは増えていっていて今の状況を理解することが出来ていないのだけれど、そんな私の事なんてお構いなしに状況はどんどん変わっていっていた。
名指しされた三人の四天王は工場内に入ることも無くバスに戻っていったのだが、バスに乗った瞬間に子供の姿から何度か見かけたような厳つい男性の姿に戻っていた。あんなに厳つくて屈強な男性たちがさっきまでバスの中で陽気に歌っていたのかと思うと少しだけ頭が痛くなってきた。私もあんな風に楽しそうに歌っていくようになってしまうのかと少し不安になっていたのだけれど、そんな私の事をイザーさんは優しい眼差しで見つめてくれていた。
おそらくだけど、イザーさんは私が考えている事は理解せずに単純に優しく見守ってくれているだけだと思う。うまなちゃんの暴走を止めたり何か問題が起こった時には適切な対応を取ってくれるイザーさんではあるけど、自分の利にならない事にはとことん無関心な場面が見られるので私の事を本気で心配なんてしてはいないだろう。自分の事は自分でやれと言われたらそこまでなのだけど、これまでの決して長くはない付き合いの中で私が感じたのは、イザーさんはわりと私が困っている姿を見るのが好きっぽいという事だ。
あまりネガティブな事を考えるのは良くないとは思うのだけれど、記憶に残るか微妙なラインで嫌がらせをしてくることも多いイザーさんの事を本気で信頼しても良いのかと不安になることもあるのだ。でも、これから見学に行く工場で私が不安を感じるような事はきっと起きないはずだ。そう信じている。
「みんな気になっている事があると思うから先に私から説明しておくね。どうして私の家からこんな離れた場所に工場なんて作ったんだろう。って思ってると思うんだけど、当たってるかな?」
まあ、それはみんな思ってはいるだろう。甘味の圧倒的に少ないこの世界に置いてチョコレートがどれほど貴重なモノなのかわかっていないけれど、甘みに飢えた人達がチョコレート工場を襲う危険性を考えてあえて遠い場所にしたという事だろうか。それとも、チョコレート工場とは言え住んでいる家の近くに工場があるのを良く思わない人達がいるという事なのかもしれない。私が住んでいた世界でもわざわざ工場の近くに住む人なんていなかったと思うし、その考えも間違いではないと思う。
「うまな様の家から離れた場所に作る理由ですか。そんなのわからないですよ。理由なんてあるんですか?」
四天王の人のその言葉にうまなちゃんが答える前に私は思っていたことを簡潔にまとめて言ってみた。我ながらうまくまとめることが出来たと思っていたのだけれど、そんな私の事をイザーさんは冷ややかな目で見てきたのだ。
「そんなドヤ顔で言うような事でもないと思うな。でも、愛華ちゃんの世界ではそうだったかもしれないですけど、この世界でそんな事を気にする人なんていないと思いますよ。大体、うまなちゃんの家の中にだっていろんな工場もあるんだし、発電所だってあるんだよ。何か問題があったとしてもうまなちゃんの力でそれを解決する事も出来るんだからね。私もその時はちゃんと協力するし。それに、この世界は確かに甘いものが極端に少なくて甘いものが食べたいなって思う事もあるけどさ、工場で作っている物を奪ってまで食べようとする人なんていないよ。そんなルール違反はこの世界ではとてつもない重罪だからね。愛華ちゃんの世界では窃盗は大した罪にならないかもしれないけどさ、この世界では窃盗なんてしたら一族郎党まで路頭に迷うことになっちゃうからね」
最後のは本気なのか冗談なのかわからないし、私にドヤ顔で言うような事じゃないと言ってるイザーさんの方がドヤ顔になっている気がするんだけどな。
「でも、そうだったとしたらこの世界で物を盗む人がいないって事ですか?」
「うん、いないよ。盗むなんて真似はせずに力ずくで奪ってしまえばいいだけの話だからね」
「ちょっと待ってください。それって、窃盗じゃなくて強盗って事じゃないですか?」
「そうかもしれないし違うかもしれないな。強盗って言うよりも略奪って言った方があってるような気もするけど、イザーはどう思うかな?」
「さあ、私はそんなこと考えた事ないんでわからないよ。この世界に存在している物は全てうまなちゃんのモノだし、うまなちゃんのモノを盗ろうなんて人はいないと思うよ」
イザーさんの言葉を聞いて私の中で某ジャイアンが浮かんできたのだけれど、少しだけ冷静に考えるとそれとは話が違うように思えた。イザーさんの言う通り、この世界の全てはうまなちゃんが作り出した世界なんだし、そう考えるとこの世界のモノは全てうまなちゃんのモノと言っても間違いではないような気もする。
でも、そう考えてしまうと、今こうしている私って本当に私であるのだろうか。うまなちゃんが作り出した架空の私だったりするのだろうか。
「愛華ちゃんは愛華ちゃんのままこの世界にやって来てるからそんな心配しなくても大丈夫だよ。バスに乗った四天王の三人もそこにいる四天王の三人も私もイザーも福島まさはるが作ったキャラクターではあるけど、愛華ちゃんは愛華ちゃんのままこの世界に入って来てるんだからね。ほら、見た目だって自分の知ってる愛華ちゃんのままでしょ?」
うまなちゃんは私の心を確実に読んでいると思うんだけど、それって私が本当の私ではなくうまなちゃんによって作り出された私って事なのかな。凄く不安になっていた私は工場の入口にある身だしなみを確認するための姿見を見ることにした。
「ちょっと待って、この鏡に映ってるのって私じゃないよ。顔は私だと思うけど、私ってもっと胸が大きいもん。この鏡に映ってるのは私じゃない」
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