第十八話 見た目は男児、中身は女性

 会うたびに姿が変わっているうまなさん……うまなちゃんにようやく慣れてきた頃、私は今まで気付くことのなかった真実に気付いてしまった。うまなちゃんは見た目は変わっても声が変わっていないので声さえ聴けば見分けることが出来るのだ。

 私が使っている家の近くに住んでいる人は誰もいないのでうまなちゃん以外に会う人と言えばイザーさんと偽福島君だけなので見分けること自体は簡単なのだけど、時々イザーさんがうまなちゃんの似ていない声真似をするのが私を貶めるためのトラップなのか私を和ませようとしている冗談なのかがいまだに見分けがつかないというのだけが悩みだった。

「そろそろ何か新しい事でもしたいって思ってないかな。そんな時には君が新しい世界を舞台にした小説を書いて福島君にイメージイラストを描いてもらえばいいんじゃないかな。僕は釧路太郎先生が投稿してくれた作品を全部読み終えてしまったから、新しい物語を切望しているんだよ」

「あの、今日はいったい何のキャラクターになってるんですか?」

 気分を変えるためにちょっと散歩でもしようかなと思って外に出た瞬間に奇妙な子供に話しかけられたのだ。最初は知らない人だと思って警戒してしまっていたのだけれど、声を聴くと誰がどう考えてもイザーさんでしかないのだ。小さな子供の見た目をしているのに声が大人なので違和感はあるのだけれど、偽福島君が描いたキャラクターに声があっていないだけなのだから気にする必要なんて無いのかもしれない。

「今日はね、うまなちゃんを喜ばせるために小さな子供になってみたんだよ。でも、見た目は小さい子供なのに声も考え方も大人だから気持ち悪いって言われて追い出されてしまったんだ。ねえ、今の僕ってそんなに拒否したくなるほど気持ち悪く見えてるのかい?」

「はい、見た目は凄く可愛いですし、声だって凄く大人の色気があって良いと思いますよ。思いますけど、その二つの相性って凄く悪いんだと思います。その見た目に合わせるんだったらもう少し子供っぽい感じにした方が良いと思いますし、声に合わせるんだったら普段みたいに綺麗なお姉さんにした方が良いんじゃないですかね。あと、私の事をペンネームで呼ぶのはやめてください。その名前で呼ばれると、新しい小説をすぐに作らないといけないような気になっちゃうんです」

「ギャップというのは心惹かれるものと聞いたんでいいのかなと思ったんだけど、そんな風に思われることもあるんだ。ちょっと勉強になったよ。あと、一人称が僕ってのは大丈夫かな?」

「大丈夫だと思いますよ。その見た目でいつもみたいに私って言っている方が不自然だと思います。うまなちゃんもその点は喜んでたんじゃないですか?」

「そうなんだよ。うまなちゃんは僕って言ってることだけは認めてくれたんだよ。やっぱりうまなちゃんはショタ好きだったりするのかな」

「え、ちょっと待ってください。普段のイザーさんって女性ですよね?」

「どうしたの急に。私は、僕はずっと女性だよ。男性みたいな振る舞いはしてる時もあるけど、こう見えても立派な大人の女性なんだからね。今は福島君とうまなちゃんのお陰でこうして男児になってるんだけどさ」

 私はうまなちゃんとイザーさんの外見が毎日変わっているという事に慣れてきていたと思っていた。ケモ耳だったり妖精になったり鬼になったり半サイボーグになったり妖怪になっているのは見てきたけれど、そのどれもが完全に女性だった。性区分のない生物になっている時も明らかに女性っぽい感じに見えたのだけれど、今のイザーさんはどう見ても男子幼稚園児にしか見えない。そうなると、偽福島君の描いた絵次第では性別も超越してしまうという事なのだろうか。新しい小説を書くためにもそれは確かめないといけない事なのではないか。別に己の欲望を満たしたいという事ではないし、これを確かめるという事は今後の展開も大きく変わるというものなのだ。

「あれ、ちょっと目つきが怖く感じるんだけど、愛華ちゃんは何か変なこと考えてないよね?」

「変な事って何ですか。私は新しい小説のためのプロットを頭の中でまとめられそうなところまで来ましたよ。それもこれも、全部イザーさんが今日その姿で来てくれたことによってですからね」

「よくわからないけど、僕が釧路太郎先生の役に立てたんだったら良かったよ。じゃあ、先生も忙しそうだし僕はこの辺でお暇させていただくね。じゃあ、また何かあったらよろしくお願いしますよ」

 何かを察知したイザーさんは挨拶だけをして帰ろうとしていたのだが、私がそんな事を許すはずも無いのだ。クルリと後ろを向いて立ち去ろうとしているイザー君(男児)の手をしっかりと掴むと、振り返ったイザー君(男児)に向かって満面の笑みを浮かべていた。たぶん、私は今まで生きてきた中で一番感情を込めた表情をしていたと思われる。

「あれ、ちょっとその笑顔は怖いかもしれない。ねえ、先生の顔は凄く笑顔なのに、なんだかその視線は怖いんだけど」

「怖い事なんて何もないよ。ちょっとだけでいいんだけど、先生にイザー君の事を教えてもらっても良いかな。今のイザー君って女の子なのかな、男の子なのかな?」

「それって、僕が男の子に見えてるって事なのかな?」

「そうだね。今の君は男子幼稚園児にしか見えないよ。もしかしたら、偽福島君は発育の悪い小学校低学年男子をイメージしたのかもしれないけど、どう見ても男の子にしか見えないんだよね。そこで、実際はどうなのかなって思ってて、それがわからないと私は新しい作品を書き始めることが出来ないかもしれないな」

「あ、そうなんですね。僕も釧路太郎先生の新作を読みたいんでその質問に答えますね。でも、なんでその質問が新しい作品に繋がるんですか?」

「まあ、色々とあるって事でね。私も伊藤さんと石原さんに色々と教えてもらって知識だけはあるから、その知識が正しいものなのか確認する必要があるのかなと思ってね」

「ちょっと何言ってるのかわからないですけど、質問に答えますよ。僕は見た目は男の子っぽいけど女の子のままですよ。福島君が細かい部分もちゃんと描いてくれたら男の子になってたかもしれないですけど、そういうのはうまなちゃんが嫌がると思うんで今後も無いと思いますよ。って、あれ、もう質問は良いんですか。これから部屋に戻って新作に取り掛かるって事ですか?」

 たぶん、そうなんだろうなって思ってはいたよ。体は男の子で中身は女性ってのはありなんじゃないかなって思ってたんだけど、現実はそんな事ないんだよね。

 質問に答えてもらったって事もあるし、何か新作を書き出さないといけないよね。あれからずっと待っててくれているうまなちゃんのためにもイザーさんのためにも楽しんでもらえるような作品を作らないといけないよね。

 でも、ちょっとだけ横になって何も考えない時間は必要かもしれない。

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