第七話 新しい世界へ

 私はクラスだけではなく学校でも居場所が無くなってしまった。

 伊藤さんも石原さんも私に謝ってくれはしたけれど、私を助けてくれることは無かった。私を助けるという事は、伊藤さんも石原さんも私と同じように居場所を失いかねない。それを理解しているので私は何も言えなかった。伊藤さんも石原さんも何も悪くないという事はわかっているし、岡田君が言った事を真に受けてしまった私が悪いというのは理解している。

 でも、私は自分が置かれている状況を変えることなんて出来ないし、何かしようとしても悪い方向へと進んでいってしまうという事が痛いほど身に染みていた。

 私が書いたエッチな小説が何故か学校中に出回ってしまっていて、不良の先輩たちにもそういう目で見られるようになって一人でどこかへ行く事すら出来なくなってしまった。先生たちも形だけは私を守ってはくれているけれど、あんな小説を書くような女子生徒を本気で守ってくれようとする先生なんてだれ一人として存在していなかった。むしろ、そういう小説を書くような生徒なんだからちょっとくらい良いんだろうと考えているのがその行動の端々からうかがい知ることが出来てしまい、なぜか私は自己嫌悪を抱いてしまっていた。

 私が学校へ行かなくなったのはそれからすぐの事だったのだが、伊藤さんと石原さんは時々私にチャットを送ってくれていた。病気になった時と同じように通話はせずに文字だけのやり取りではあったけれど、何となく二人の他に誰か他の人が見ているような気がしてきて、私の返事はだんだんと遅くなっていってしまった。最終的には私から返信することは無く二人から一方的に送られてくるだけになっていた。


 中学校での居場所を失って部屋に引きこもってしまっている私が出来ることと言えば小説を書くことだけなのだけれど、知識も教養も無い中学生の小娘が書けるものなんて似たり寄ったりの物ばかりになってしまう。見てくれる人もソレなりにはいるので嬉しいのだけれど、だんだんと私は学校だけではなく趣味の場でも居場所がないように思えて益々塞ぎ込むようになってしまっていた。

 両親はそんな状況の私を責める事も無く根気強く付き合ってくれてはいたのだけれど、このままの状況を継続しても何も解決することは無いという事をみんな知ってはいた。知ってはいたけれど、何か行動を起こすことが出来ずにいたのだ。もしも、また私が失敗してしまったとしたら、その時は今以上に塞ぎ込んでしまうのではないかと思っていたようで、その一歩を踏み出せずにいたのだった。

 そんな私を変えてくれたのは親戚のおばさんだった。おばさんは誰に対しても遠慮が無く良く言えば面倒見がいいのだけれど、悪く言えば面倒くさい人なのだ。おばさんは大学生の娘と二人暮らしになるから気分転換を兼ねて家に来いと言ってくれた。私は普通に面倒だと思ったので断っていたのだけれど、おばさんは持ち前の面倒臭さを前面に押し出して私を強引に自分の家へと連れて行った。

「あの、私は家事とか何も出来ないですよ。おばさんの家にいても何の役にも立てないと思うんですけど」

「家事なんてしなくていいわよ。あなたはまだ中学生なんだしそんな事気にしないで留守番だけしててくれればいいから」

「でも、本当に何も出来ないから」

「良いの良いの。うちのお父さんも家事なんて何もしてないんだから気にしなくていいわよ。それに、お父さんと違って愛華ちゃんは可愛くていい匂いしてるからいてくれるだけでいいのよ。それと、お父さんが単身赴任でいなくなっちゃったから番犬としてチワワを飼ったんだけど、この子って一人じゃ大人しく留守番も出来ないから見ててほしいのよ。悪いことをしたら叱ってもいいけど、叩いたりしちゃダメよ。私は仕事もあるし佳乃は大学もあるから日中はリビングにいてくれたらいいから。おばさんか佳乃が帰ってきたらあとは自由にしてていいからね。お風呂だっていつでも入れるようになってるから好きなタイミングで入って良いし、お腹空いたら冷蔵庫にあるもの勝手に食べていいからね」

 軽く付き合っている状態だと面倒臭い人だと思っていたおばさんだったけど、私が困っている時には私が望む程度にだけ面倒臭い事を言ってくる人になっていた。何日か一緒に過ごしてみてわかったのだけれど、おばさんは距離感がちょっとおかしいだけでちゃんと人の事を見ている人なんだという事も理解出来てきていた。

 佳乃さんは大学の事を教えてくれたり勉強も見てくれたりしていた。おばさんと違って適切な距離感を保つことが出来る佳乃さんではあったが、それはおばさんを見ていて学んだと言っていた。親戚の集まりで会った時はおばさんと違って無口な人だなと思っていたんだけど、それは単純に距離感を探っていただけなんだという事も知ることが出来た。

 料理は苦手だという事は自覚しているので手伝ったりもしないのだけれど、その代わり掃除と洗濯は進んでやるようになっていた。時々犬のコタローに邪魔されることはあったんだけど、それも楽しいと思ってやることが出来るようになっていた。この時から少しだけ前向きに物事を考えられるようになっていったと思う。おばさんも佳乃さんもそれは感じていたようなのだけれど、私に余計なプレッシャーをかけないようにと見守ってくれていたのである。

 その頃になると、私も少しだけ勇気が出てきて、伊藤さんと石原さんに返事を返すようになっていった。通話をするにはまだ勇気が必要だと思うのだけれど、伊藤さんも石原さんも以前と変わらないように接してくれるようになっていた。あの時感じた他の人の気配は全く感じることも無くなっていた。


 そんな生活が半年ほど続き、佳乃さんが就職活動を始めたという話を聞いて私も漠然と将来について考えるようになっていた。

 中学校にもろくに行っていない今の私に出来ることっていったい何があるんだろう。このままずっとおばさんの家にお世話になるわけにもいかないし、かと言って実家に帰っても両親に迷惑をかけることになってしまうんだよな。そんな事を考えたところで、私に出来ることなんて何も無い。今はまだ年齢的にアルバイトも出来ないし、どうしたものかと思いながら小説投稿サイトを見ていると新しいサイトを見付けた。

「えっと、あなたが創造した作品を投稿してください。ジャンル不問、形式不問。イラスト、音楽、映像、小説、漫画何でも投稿してください。あなたの好きを仕事にしよう。あなたの作品をこの世界に広めよう。だって、何だか胡散臭いけど一応投稿してみようかな。今まで書き溜めてた分がたくさんあるし、時間はかかっちゃいそうだけど全部投稿してみようかな。仕事に出来たらいいと思うけど、あんまり期待しないでおこうかな」

 私は今までコツコツと書き溜めていた作品を一気に投稿する事にした。短編も長編もジャンルなんて気にせずどうとでもなれと言う軽い気持ちで五百万自分の小説を送ってしまった。これからも毎日何かしらを書いていくと思うので投稿する作品自体は増えていくと思うけど、そのどれか一つでも目に留まってもらえたら少しは自信に繋がるかもしれない。そう思っていたのだけれど、あれから何の連絡もないまま時間だけが過ぎていった。両親がたまに遊びに来てくれることがあるので寂しくないし、おばさんも佳乃さんもコタローも優しいので何とも思っていない。

 私自身は何も変わらない生活なんだけど、おばさんは仕事であった事を話してくれるし佳乃さんは大学の事や就職活動の事を教えてくれていた。二人の話を聞いていると、私も外の世界で何かした方が良いんだろうなという考えが浮かんできた。でも、私の年齢では出来る仕事なんてほとんどない。

 そんなある日、私宛に一通のメールが届いた。メールの送り主はあの時に見て一気にたくさん投稿したあのサイトになっていた。私の話を聞いてみたいという事が書いてあったので一応それに関して返事を送ってみたところ、ものの数分も経たないうちにそれに対する返事が届いていた。

「なになに、私が送った小説について興味を持ちました。つきましては、直接お話をしてどんな方か知りたいと思い連絡させていただきました。へえ、私の送った小説に興味を持ってくれたって事だよね。もしかして、これって私の好きな小説が仕事になるチャンスって事なのかな。ちょっとイイかも」

 私は両親に今すぐにでも伝えるべきなのか悩んだが、最初にこの事を伝えるのはおばさんにした方が良いかもしれない。私の両親はきっと何も考えずに喜んでくれると思うけど、おばさんはちゃんと私の事を考えてくれそうな気がしていた。さすがに反対されることは無いと思うけど、相談はしておこうと思ったのだった。

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