第十話 どうりで好みど真ん中
三日目。
(手は繋ぐなよ、手は繋ぐなよ……。)
と物陰から、市歩きを楽しむ若い男女に念を送った。
天気に恵まれ、
「ぐぬぬぬ……。」
「ほら、手を繋いだりしてませんよ。見て納得できたでしょう?」
あまりに父がうるさいので、こっそり、市歩きする二人の跡をつけて、物陰から見守る事にしたのだ。
「ほら、あなた。いい加減、認めてあげなさいよ。
「そうですよ。」
まったくもって、その通りだ。
鎌売はいつも怖い顔をして、
……だって中身も怖いもんね!
漏れ出ているのである。
兄として、からかうのは面白いのだが、億野麻呂は本気で、この
良いところも沢山持っている鎌売だが、それを知る前に、顔も怖ければ、口も怖い鎌売に、大抵の
家族にとっては、可愛い娘だ。
幸せになってもらわないといけない。
今、
あの鎌売がである。
今まで家族にも見せたことがない表情だ。
(可愛いもんだ。良かったな。)
「ね、あなた。
「そうですよ。」
今までどこかで顔を見たことはあったかもしれないが、彼を近くで見たのは、先日、向こうの両親と一緒に、うちの屋敷に婚姻の申し込みに来た時が初めてだ。
大柄で、全身、筋肉が鎧のように覆っている。
鍛え上げられた武人。
座っているだけでも、静かな気をあたりに放射しているような気がする。
豪族の息子として、
目の前に八十敷が座ると、喧嘩しても勝てない、と本能が告げる。
八十敷はいかにも無骨な武人といった、
その顔を見ていると、
(わあ〜、頼もしい〜。)
と億野麻呂はつい黄色い声をあげたくなったものだった……。
しかし、今、鎌売を見る八十敷は、別人のように優しく目尻が下がり、とろんととろけそうな微笑みを浮かべている。
(わあ〜、骨抜き〜。)
そんなにうちの
二人は装飾品を扱う店に入っていき、しばらくして出てきた時は、鎌売の結い上げた髪に、素朴な
鎌売ははにかんで微笑んでいる。
ん?
ちょっと今、手が触れ合ったぞ。
二人とも照れて、すぐに手を離した。
「う……、ぐお……、うおお……。」
父が血涙を流しはじめた。
まずい!
「父上、まだ手は繋いでません!」
「まだああああ?!」
あ、しまった。
「父のうらぐ!」
叫びだしそうになった父の口をさっと塞ぎ、
「母刀自!」
我が家最強の母刀自を呼んだ。
母刀自の動きは迅速にして正確であった。
「はぁ!」
父の背中の
本当の
「あはああん!」
相変わらずな声を出し、父は白目をむいた。
億野麻呂は怪我をさせないように、父の身体をゆっくり地に横たえた。
鎌売と八十敷は、こちらに気が付かず、市の向こうへ歩いていった。
手は繋いでいない。
(ふう。)
億野麻呂が安堵のため息をつくと、
「あの……、そちらの方は体調が優れないのですか?」
と控えめで可憐な
振り向くと、仕立ての良い衣を着た二人の
後ろに二人の働き
十五歳くらいの、凛とした美女。
十四歳くらいの、優しそうな可愛い
どちらも、顔立ちが
億野麻呂十八歳。どん、と
「いえ、ご心配なく。ちょっと家族でじゃれていただけです。すぐ気が付きますよ。」
そう微笑んで億野麻呂がかえすと、
「……もしかして、
「ん?!」
「あたし達は、
「んん?!」
どうりで好みど真ん中なわけだ!
想いを受け入れてもらえず、黄泉に渡ってしまった
「あたし達、
「姉はあんなことになってしまいましたが……、姉と話をする億野麻呂さまは、いつも落ち着いて、優しそうでしたわ。
あたし達二人は、ずっと、億野麻呂さまを忘れておりません。」
「えっ……。」
「あたし達、今日は、良い筆を探しに参りましたの。よろしければ、一緒に探していただけないでしょうか?」
「お時間があれば、ぜひ、ご一緒に。お願いいたします。」
「んんん……!」
突然の展開についていけない。
いや、ここで動かず、何が
億野麻呂は、きり、と顔をひきしめて、
「承知しました。必ずや良い筆を目利きいたしましょう。」
と凛とした美女と可愛い
「母刀自、あとは頼みました。」
と母刀自に父を任せる。
「はい、いってらっしゃい。あたしも
母刀自はにこやかに返した。
「行きたい店はあるのですか?」
と億野麻呂が美貌の姉妹に
「ええ、ありますわ。」
「参りましょう。楽しみですわ。」
と、姉妹は右と左から億野麻呂を挟んだ。
両手に華。
心なしか、距離が近い。
凛とした美女が、
「あたしが姉で、
と魅力的に微笑み、可愛い
「あたしは、
と頬を染めて笑った。
「はっ、はい。わかりました!」
億野麻呂は鼻の下を伸ばした。
浮かれて歩き出すと、背後では、
「ふん!」
と父に気合を入れる母刀自の声がした。
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