恋する暗殺者(少女)は標的(初恋)を殺せない。
王白アヤセ
第1話 初めてのお仕事
──私は今夜、初めて人を殺す。
18歳になったばかりの小柄な少女は、真っ赤なドレスとハイヒールに身を包み、所属する組織の命令で、あるホテルの一室に居た。
「……まったく。エロおやじのせいで、予定より遅れてしまったわ」
あどけなさを残した少女の手には、空のワインボトルが握られている。
彼女はそれをテーブルに置くと、床で寝転がっている中年男性へと視線を移した。
『少女と楽しい一夜を楽しめる』
そんな気分で、酒に酔っていたのだろう。
男はぶくぶくと太った惨めな裸体を晒し、下卑た笑みのまま気絶していた。
「そこで眠っていなさい、淫欲のブタめ」
そう冷たく吐き捨てる様に言うと、少女は身に着けていた衣類を全て脱いで、設置されたダブルベッドへと放り投げる。
そして、あらかじめ用意していた上下黒の特殊なタイツへと着替え始めた。
(……これ、体のラインがハッキリ出るから、嫌いなんだけど)
着心地を確かめる様に調整した後、肩まで伸ばした艶やかな黒髪を後ろで一纏めにして結ぶ。
それからもう一度、男の様子を窺った。
(こんな奴らがいるから……)
少女は小さな溜息をつくと、壁のスイッチに触れて部屋の電気を消し、廊下に出ようと扉を開いた。
「……」
扉の隙間から外を覗く。
そうして、部屋の前に誰もいないことを確認すると、少女は廊下へと出た。
……と、その時。
三人の黒ずくめの男たちが、瞬く間に彼女の事を取り囲んだ。
廊下に設置された壁掛けランプの灯りが、四つの人影を床へと映し出す。
「おい、殺してはいないだろうな? ブラックローズ」
三人の内の一人、初老の男性が少女へと声をかける。
それに対して、ブラックローズと呼ばれた少女は、涼し気な表情で頷いた。
「ええ。脂ぎった顔でしつこく迫ってくるからイラっとはしたけど、空のワインボトルで気絶させただけよ。余計な殺しはしない……。そうでしょ?」
言って、彼女は音も無く部屋の扉を閉めた。
「ああ、そうだ。我々は崇高なる国家の理想の為に働いているんだ。ただの殺人鬼ではない。そこを履き違えるな」
「言われなくても、心得ているわ。この国に住む全ての子供たちの為に、私は影に徹すると誓ったのだから」
その言葉に、白髪の男は彼女へ頷いて見せる。
「ならいい。上からの情報では、ターゲットはこの廊下の奥の部屋にいるそうだ。初仕事だからって、緊張してしくじるんじゃねぇーぞ、嬢ちゃん」
それは彼女を心配してではなく、どこか侮っているかの様な口調であった。
その事が癪に障ったのか、ブラックローズは目を細めて男を睨み返す。
「ナンバー577。私を誰だと思っているの? あなた達みたいに識別ナンバーではなく、コードネームを貰った女なのよ」
577と呼ばれた白髪の男は、苦々しい表情を浮かべると、小さく舌打ちした。
「ちっ、いくぞ」
それを合図に、四つの影は一斉に廊下の奥へと向かって動き出した。
廊下に敷かれた厚手の絨毯の上を、彼らは疾風の如く走り抜けていく。
すると、三人の内の一人である若い男が、異変に気付いて驚きの声をあげた。
「へへっ! おい、ブラックローズ! これがお前の”遮断の力”ってやつなのか? 足音が狭い部屋にいるみたいに籠って聞こえるぞ?」
その問いかけに、ブラックローズは事も無げに答える。
「そうよ、ナンバー978。私から3メートルも離れてごらんなさい。あなた達の声と足音は演奏会よろしく、廊下中に響き渡ることになるわ」
「はっ! さすがは『名前持ち』様だ。なぁ、979!」
「ああ、全くだ! 俺ら凡人とは、出来が違うってね!」
979と呼ばれた同じく若い男は、皮肉交じりに微笑む。
「無駄口叩いてんじゃねぇ。集中しろ、ガキども」
577の言葉に、978と979はお互い顔を見合わせて鼻で笑う。
そうして、目的の部屋の前で止まった四人は、扉の部屋番号を確認して頷いた。
「501号室、ここだ」
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