第5話


「はい、コレ」

「へ?」

「落としましたよ」


 和希は今日も、いつものように落とし物を拾っては、届けた。たとえ相手が鍵を落として気づかないまま角を曲がってしまおうとも、和希は正確に持ち主に届けた。


「あ、ありがとうございます」


 落とし主は大抵、驚いた顔をする。最初はその反応に戸惑っていた和希だが、今ではすっかり真顔だ。


「ねえ、なんでそんなことしてるの?」


 少し離れた後方でその一部始終を見ていた少年は、男子生徒と入れ替えに現れた。


「何が」

「落とし物。拾ってるじゃん。まるでボランティアみたい」


 いつもみたいに図書館へ向かう和希の横を、揃って歩く。


「知ったら、お前は拾わないの?」

「いや、拾うし、届けるけど。和希はさ、超能力でわざわざ落とした人見つけてさ、返してるじゃん?」

「見つける?」

「違うの? じゃあ、どんな能力?」 


 心なしか足取りが早くなって、和希は質問とともに少年を置いていこうとした。しかし少年は無邪気なまま、図書館の入口で扉に足止めされた和希の横に、たどり着く。


「なんで、名前」

「は?」

「名前、なんで知ってるの?」

「や、名前ってすぐに分かるじゃん。学校だよ? 名前、どこもかしこにも書いてるじゃん。ほら、図書館でも書いてるじゃん」


 静かにしなければならない図書館で、少年の声は響いていた。


「お前、何の本、待ってるの?」

「いや、待ってないけど。見えたんだよ、書いてるとき、隣にいただろ」


 図書委員に注意され、少年は声を潜めた。


「あれ、覗いたらいけないものだろ」

「覗いてない」


 これは嘘だ。いつだったか、和希が本を予約待ちの用紙を記入するとき、少年は和希の名前を覗きこんでいた。


「じゃあ、なに?」

「あー、俺の超能力?」

「そんなもの、あるわけないだろ」

「和希がそれ言う?!」


 またも注意されて、少年は両手で口を覆った。


「馴れ馴れしい」

「だったら、お前も名前で呼べよ」


 和希は本棚を眺めながら、面白そうなタイトルに目をつけては、手にとった。それを真似るように、少年も近くの本を手にとって、おもむろにページをめくった。


「俺、葉佑。秦 葉佑。漢字はね、」

「聞いてない」

「ヒドっ! まあ、呼ぶだけなら必要ないけどさ。聞いてくれても良いじゃん!」


 どこからともなく聞こえてきた咳払いに、少年――葉佑は怯えて、本を落とした。

 

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