妖刀と鍛王

海湖水

妖刀と鍛王

 昔々、あるところに刀鍛冶の里があった。里の住人たちは、毎日、最高傑作がを作るために、鉄を鍛えていた。

 そんな中、一人の若い刀鍛冶がいた。彼は若かったが、腕は里に敵うものはいないほどだった。そんな彼のことを、皆は尊敬の念をこめて「鍛王たんおう」と呼んだ。

 彼の名は、その国の王の耳にも届いた。王は、彼に数本の刀を作らせた。

 彼の作る刀は、全て美しく、素晴らしいものだった。だが、彼は納得せずに、刀を作り続けた。

 ある日、彼は二つの刀を作り上げた。どちらも、美しく艶やかに光り輝いていた。また、それらの一方は刀身が黒く光り、もう一方は太陽のように光ったことから、人のなせる業ではない、と誰もがその迫力にため息をつくほどだった。彼もまた、この刀の出来栄えに満足し、「やっと鍛王の名に恥じぬものができた」と喜んでいた。

 王はその剣も差し出せと命じた。鍛王はそれを拒んだ。この二振りを、王に渡したくなかったからだ。


 「鍛王を殺し、刀を奪え」


 王にそう命令された兵士たちが、里を襲ったのは、鍛王が刀を差しだすのを拒んだ、わずか3日後だった。里には火をつけられ、ほとんどの住民は殺された。

 鍛王は2つの剣のうち、「闇夜」と名付けた方を彼の妻に渡し、子と共に山に逃がした。一人、里に残った鍛王は、自分を殺さんと攻め来る兵士たちを、もう一つの「陽光」で切り裂いた。まさに、一人、炎の中で刀を振る姿は、まるで鬼神のようだった。しかし、鍛王の体にも、一つ、また一つと傷が増えていき、最後には炎の海の中に溺れた。


 「命に懸けても、守る」


 炎で霞んでいく夜空に、彼の声がこだました。






 「旅の方はどこから来たんだい?女性が旅をするなんて珍しい」


 こういう質問が一番困る。出身地なんて言えるわけないし、そのため、どこから来たかは、なんとかぼかすしかない。

 なにより、腰の刀が反応している。カタカタと小さく音を立て、押さえつけておかなければ、今すぐ飛び出し、前の男の喉を切り裂いてしまいそうだ。この刀に何度助けられたかはわからないが、制御がきくようにしてもらいたいものだ。


 「さあ、どこでしょうねー。ははは……」


 ああ、絶対不審に思われた。こんなにわざとらしく言ったら、不審に思われるに決まっているではないか。ごまかすように手に持った団子に食らいつくと、話題を変えるために手配書を指さした。


 「人じゃなくて、動物に懸賞金ですか……。珍しいですね」

 「まあな。王様も変なことを考える……。まさか、あの『賢王』を殺そうとするなんてなぁ。お役人は言うには、国を亡ぼすかもしれないから、だそうだ」


 手配書には、大きな白い狼が描かれていた。「賢王雪狼 死体でも可」。手配書にはそう書かれており、かけられている賞金も、手配されている者の中では、一番高い。

 

 「まだ、捕まってませんかね?」

 「どうだろうな。賢王が住む、北の方に行ってみたらどうだ。賞金稼ぎをするなら、急がないといかんがな」


 それを聞くと、少女は立ち上がった。刀はいまだにカタカタと揺れ、飛び出そうとしているが、上から押さえつけられているため、大事には至っていない。


 「ありがとうございました」


 そう言うと、少女は北へと歩き出した。

 賢王を殺し、父の仇をとるために。



 「来たはいいけど、どうするかなぁ。私は、賢王の居場所を知っているわけでもないし……」


 周り一面には草木が生い茂っており、地面には、まだ少しだけ、雪が残っていた。雪たちが、太陽の光を反射して、眩しい。しかし、今まで過ごしてきたところも、似たような場所だからか、安心感をおぼえた。


 「まあ、とりあえず歩いてみるか……」


 歩き始めて数分後、少女は洞窟にたどり着いた。賢王の場所が本当はわかっていたのか?いや、違う。場所は刀が教えてくれた。かつては名刀と呼ばれ、今はその面影すら残さぬ、血を求める妖刀が。

 

 「うっわー‼︎くっさいなぁ。血の匂いがプンプンするよ」


 この匂いならば、近くにさえ来れれば、この洞窟に何かあるのかくらいはすぐわかる。まあ、その正体が、この地域の守り神のようなものだなんて、誰も思わないだろうが。


 「誰だ?また、王が放った兵士か?」


 洞窟に一足入ると、奥から大きな声が聞こえた。人の言葉を喋ってはいるものの、奥から発せられる気配は、人のものではない。

 賢王だ。そう思えるほど、奥からの声には威厳と威圧感があった。


 「違う。だが、貴殿の首をとりにきた。貴殿に恨みはないが、あの王に会うために、貴殿には死んでもらわないといけない。どうか恨まないでくれ」

 「ほう……」


 そう言うと、奥から一匹の大きな狼が出てきた。賢王だ。毛の色は雪のように白く、背の丈は少女の2倍ほどもある。目はギラギラと燃えるように光っており、息遣いがここからでも伝わるほどだ。


 「私の首を取ろうとは、愚かな娘よ。貴様は何者かな?王に会うためと言ったが、貴様は王にあって、何をするつもりだ?」

 「私は、かつて王に滅ぼされた刀鍛冶の里の『鍛王』だ。まあ、二代目だが……。王に会う目的は、私の父である『鍛王』の仇を討つこと。どうか、死んでくれないだろうか」


 それを聞くと、賢王は腰にぶら下げていた「闇夜」を見た。普段はすぐに斬りかかろうとする「闇夜」も、今回はピクリとも動かない。

 

 「なるほど。貴様が噂に聞く『鍛王』か……。確かに、貴様の腰にある刀は、素晴らしいものだな。まさか、『鍛王』がこんな小娘とは思わなかったが、そうか、二台目か……」


 賢王は遠くを見つめるような仕草をすると、あかりの方へと近づいた。明るみに出て、初めてわかったが、賢王のところどころには、数本の刀が刺さっていた。美しいはずの毛は、ところどころが赤く染まっており、痛々しさが十分に伝わってきた。


 「私の命は長く持つまい……。だが、この首一つで、あの愚王を殺せるのなら、それもまた一興というもの。さて、『鍛王』よ。我が首をくれてやろう」


 そう言うと同時に、少女の腰の「闇夜」が、賢王の首を切り裂いた。真っ赤な血が吹き出したが、「闇夜」は全ての血を回転して受け止めると、煙を出して、血を吸い取った。吸い取り切った後の「闇夜」はより一層、輝きを増し、ドス黒く光っている。

 

 「あの愚王もバカなものよ。まさか、我が首だけで復讐しようとは思わないだろうなぁ。ああ、滑稽滑稽」


 そう賢王が言うと、賢王の切り離された首は動くのを止め、立ち続けていた胴体も、横に倒れた。


 「ありがとう」


 そう言うと、鍛王は首を布で包み、持ち上げた。かなりの重量だが、寺で育てられてきた時に持ち上げたもののほうが、ずっと重かった。「闇夜」は主人の仕草を見たと思うと、すぐに腰の鞘におさまった。



 「ああ、素晴らしい‼︎あの賢王を仕留めるとは‼︎どんな褒美でもとらせようぞ‼︎」


 王宮で鍛王は王と面会していた。腰の「闇夜」は今か今かと、カタカタと鳴り、王の後ろに飾れらていた「陽光」も、それに呼応するように小刻みに揺れていた。


 「ならば、一つ。願いがあります。あなたには死んでいただく」


 そう言うと、鍛王は「闇夜」を抜いた。それを見たかと思うと、王と周りの家来たちも、一斉に刀を抜く。その時だった。


 「ぐおっ‼︎な…ぜ…⁉︎」

 「まあ、そりゃそうだよね。その子も、あんたのことすごい憎んでたもの」


 後ろから、「陽光」が王を刺し殺した。陽光は、そのまま王に刺さったまま、鍛王の元へと向かってきた。

 鍛王はそのまま王の首を刎ねると、その首を踏みつけた。そして大きく口を開くと、家来たちに向かって叫んだ。


 「私が『鍛王』だ‼︎死にたい奴からかかってこい‼︎」


 そこからは一瞬だった。かかってくる家来たちは、皆殺しにされた。鍛王に近づくことすらできず、その前に、空を舞う二つの刀に切り裂かれたのだ。少しの違和感としては、彼女のことを倒そうと向かったもの以外は、誰も殺されなかったことだろう。


 「命にかけても、あなたを守る、か。お父さんも上手いこと言うもんだね」


 鍛王は今も、山奥で一人、刀を作っている。いつか、父親を超える作品ができることを信じて。

 少し欠けた、だが美しく輝く月が、そして二つの「空」の名を持つ刀たちが、一人の少女の成長を見守っていた。

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