第4話
「これは、一体?」
家令から事前に旦那様が帰ってくるであろう時間を聞いておいたので、玄関ホールに仁王立ちで待っていた。後ろには今日ミラベルにやらかした使用人たちが正座している。
「旦那様、お時間いただけますか? 今すぐ」
ミラベルの気迫に押されたのか、弱気なのか。旦那様は「疲れてるんだが」なんていう問題発言はせずに頷いた。
「朝汚水を持ってくる、男爵家に劣る朝食を出すといったことを本日この方々にされまして。聞いたところ、結婚前に旦那様が結婚を控えた男性とは思えないほど落ち込み悲しんでいたことからこのようなことを起こしたと言っているのですが、いかがですか? 私が無理矢理旦那様と結婚したと思っていらっしゃるようで」
「落ち込んでいたのは本当だが……この結婚を決めたのは両親だ。それに、なぜ君にこんなことをする理由になるんだ?」
いくら顔が良くても想像力は欠如してるのか。というか落ち込んでたって認めないでよね。ついでにいうと契約書にあなたもサインしたんだからあなたもこの結婚決めたでしょうが。
「旦那様に進言するか、お義父様かお義母様に何か言えばいいと思うんですけどね。この結婚について。正直、彼らの言い分は言い訳に過ぎずいじめやすい私をいじめたかっただけだとは思いますが。あぁ、こちらの彼女は旦那様の愛人狙いでしょう」
汚水を運んできた女性使用人を指す。
「旦那様は私が今日のように扱われることをお望みですか?」
朝食と昼食も玄関ホールに持ってきているので指差す。
「そんなことはない」
「では、どのように私を扱う予定ですか?」
「それは、もちろん。侯爵夫人として……私のような者に嫁いでくれたのだから」
「ではこの者たちはクビにしてよろしいですか? 旦那様の意向を勝手に曲解して私を軽く扱ったのですから」
「いや。そこまでは……」
ギルバートはちらりと使用人たちに視線をやり、縋るような目を向けられてすぐにそらす。
「男爵家よりも質の劣る使用人が侯爵家にいては恥をかきませんか? これ以上、恥をさらす必要があるのですか?」
初恋の女性が結婚したのにずっと引きずって結婚しなかったことくらい普通に社交界で使い古されるほどウワサになっているのだ。
「君の好きにするといい」
「ありがとうございます。他の仕事についてはまた追々決めていきましょう」
ギルバートが頷くのを見てから、もう一度聞く。
「こちらの子は旦那様の愛人志望ですがどうされますか? そういったことも決めておきましょう」
「君は愛人を持てと言っているのか?」
「いいえ。私を軽く扱ったのは彼女が愛人狙いだからということなので。あわよくば私の後釜に座りたいのではないでしょうか。旦那様にその気があるのかどうか聞いておこうと」
「ふざけるな」
ヘタレかと思っていたギルバートの低い声にその場にいた全員が固まる。
「ふざけているのは彼女であって私ではありませんけど。侯爵家ではこのようなことが当たり前なのか聞いておこうと思いました」
「……愛人を持つなど汚らわしいことはしない」
「分かりました」
ミラベルの皮肉を込めた言葉で一瞬で正気に戻ったらしいギルバートは「もういいか」と言うと、疲れた様子で部屋に向かって行った。
愛人だのなんだのにあれほど怒って汚らわしいと反応するなんて、初恋をまだまだひきずっているらしい。自分は後継者になるために契約結婚をしておいてよくあんなことを言えるものだ。
今日のことでミラベルの中のギルバートの評価は「ヘタレで潔癖で視野が狭い」になった。
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