第14話 公爵夫人とのお茶会

「ウィラちゃん、怪我の具合はどう?」

「ええ、もうすっかり良くなりました。お気遣いいただき、ありがとうございます。お義母様」


 あの事件から約1ヶ月後の昼下がり。

 私は公爵家の庭で、アルトナー公爵夫人とのお茶会をしていた。……マンツーマンで。


 公爵様や公爵夫人と対面するのは、まだまだ緊張する所はある。が、この間の事件で一世一代の勇気を出したからか、それともその時に本当に涙を流し心配をしてくれたことで、とても優しい心を持った御二人なのだと実感したからか。

 ここ最近は、少しその緊張も解れてきたような気がする。


 その影響で、私は公爵夫妻の呼び方を「お義父様」「お義母様」に変えた。いつまでもビビッて、お優しい二人の心遣いを無視するようなことはしてられない。

 ちなみに、初めてお二人をそう呼んだ時は泣いて喜ばれた。泣いてたのは主に夫人だけど。

 でもそれを見て、「こんなに喜んでもらえるなら、もっと早くに呼んでいればよかったなぁ」と思ったのは事実だ。


(だからといって、アイラちゃんのことを忘れるようなことは絶対しないけどね!!)


「そう、それは良かった……。私も夫も、本当に心配していたのよ。私達のせいで、息子のかわいい婚約者に、大きな傷を与えてしまったと」

「……本当に、あの時は御心配をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いいえ、何を言いますか! あなたの行動はとても勇敢だった。あなたのおかげで、私達の大事な一人息子は救われたのよ! 感謝こそすれ、私達があなたを責められる理由なんてどこにも無いわ」

「お義母様……」

「だから、その報告が聞けてとても嬉しいの、今」


 優しく微笑む公爵夫人。その表情は、まさに母が子に向けるもののそれだった。


 あの時は本当、色んな人に迷惑と心配をかけてしまったと思う。その行為が結果的に人助けになったからまだ良かったものを。


  ……お父様とお母様には泣いて怒られたし。ヴィクトール兄様には、優しく諭された。「君の行動は勇敢だった。けれど、君が傷付くことで悲しむ人達が居ることも、忘れてはいけないよ」と。

 あの時は、本当に兄として心配して、優しく叱ってくれたように思える。



 そこで、ふと私は思ったことを公爵夫人に尋ねてみた。


「あの……お義母様」

「なぁに?」

「ユーリ様の御様子は、いかがでしょうか……」


 狙われ、そしてうっかり庇われた当事者であるユーリ。

 彼が泣きながら吐露してくれた激情は凄まじかった。だからこそ、あの事を未だに気に病んでいないかと考えてしまう。


 気にしてないのなら、それで全然いいんだけど。


 私の心情を察してか、公爵夫人は頬に手を当てふぅ、と息をついた。


「そうね……、表面上は普通にしているけれど。やっぱり、どこか元気のない姿を見せることもあるかしら」

「……左様ですか……」


 やっぱり。

 頻繁にうちにお見舞いに来てくれてたけど、表情暗かったもんなぁ。

 笑顔を見せてくれてはいたものの、やはりどこか陰のあったユーリの姿を思い浮かべる。


「ごめんなさいね。心配させてしまって」

「いいえ! そんな……」


 悲しげに目を伏せる公爵夫人に慌てて答えた。


 それにしても、うーん。

 これは一体、どうしたものか。


(いくら気にするなと言っても、本人の心持ちがどうにかならんとどうしようもないし……)


 やはり、彼の中であの出来事を消化して、自然と元気が出るまで待つしかないのだろうか。


(…………ん?)


  ……はた、と。ある考えが、一瞬頭を過ぎった。


(待てよ。これもキャラの曇らせポイントになるのなら、将来主人公と会った時に好感度を上げるエピソードとして成立する……?)


 私の勝手な行動によって、今現在、ユーリというキャラクターを形作る重要なエピソードを一つ、強引に無くしてしまった形になる。

 でもそれが「本人の心の傷となる」ような話であるのなら、それは、結果としてゲームと同じような末路を辿る手段となるのではないだろうか。それなら、私が摘み取ってしまったものを新たに補う苗となるのでは。


(……、……いや、その考えはちょっと、さすがに良くないな)


 思いつきとはいえ、自分の嫌な考え方に自己嫌悪がじわりと滲んだ。


 それはさすがに、あまりにもユーリの心を踏み躙りすぎている。

 心の傷なら何だっていいのか。だから「思わず重要な話無くしちゃったけどこれでゲームが問題なく進行するなら結果オーライだなヤッター!」って喜ぶのか。ダメだダメだそんな考えは!!

 心の中で頭を横に振りまくった。だって私のせいで彼は元気を無くしてしまっているのに、それをまるでゲームのための材料として扱おうとするなんて。


(それに、エピソード一つ無くなったってきっとユーリはアイラちゃんに惹かれる筈だ!)


 何も重要なイベントはそれだけではないのだし、きっと暗い過去なんかが無くても、主人公である彼女はきっと彼を光として導き惚れさせてくれるだろう。

 だって、ここは乙女ゲームの世界。


  “彼女”のためにある、世界なのだから。



「そうだ!」


 すると公爵夫人が突然明るく大きな声を上げた。それにより、思考が現実世界へと帰ってくる。


「ウィラちゃん、この間のパーティーは散々だったし……、怪我も折角治ったなら、ユーリと王都に行ってデートでもしてきたら?」

「えっ」


 思わぬ提案に目を丸くする私を他所に、公爵夫人は「そうね、それがいいわ!」とルンルンでノリノリだ。

 

「それに、丁度今王都では春祭りが行われている時期よね! 街をぶらぶらして、素敵なお店を覗いたりランチをしたり……、ええ、きっと楽しいはずよ!」

「お、お義母様……」

「それに、元気になったあなたとお出かけしたら、……少しは、あの子も元気を取り戻すと思うし」

「…………」


 ……そうかな。

 そうしたら、ユーリの気力も、少しは元に戻ってくれるだろうか。


「分かりました。ぜひ、行かせていただきたいと思います」

「ありがとう、ウィラちゃん! そしたら早速出かける日程を決めなきゃね!」


 私の言葉に、公爵夫人はとびっきり嬉しそうに破顔した。



 それにしても、デート、デート……。


(まぁ……、婚約者って間柄だし、そうなっちゃう、のかな?)


 お助けキャラと攻略対象がデートをするというのが何とも違和感を覚えてしまうが、まぁ、ゲーム本編が始まるまでは何が起こるか皆目検討もつかないし。


 ……しょうがないよね。

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