第9話 超個性的デザイナーとの出会い

 何で、こんなことになったんだっけか。


「申し訳ありません、もう少し腕を上げていただいてもよろしいでしょうか?」

「は、はぃ」

「ありがとうございます」


 言われた通りに腕を上げると、女性は優しく微笑んでお礼を言ってくれた。

 多分リラックスさせようとしてくれてるんだろうけど全然そうできない。


(早く……、早く終われ……)


 心からの念を送る。


 何が早く終わってほしいのかと問われれば、それは今やらされている身体の採寸のことだ。

 じゃあ何で採寸されてるのか、そもそも何の採寸なのかと言われると。


 時間は1~2時間ほど前を遡る。



 *



「このお菓子、すっごいふわふわですね! お茶もなんだか、普段飲んでいるものとは少し違う感じがして、でもとても美味しいです!」

「あはは、ウィラはいつもうちのものを喜んでくれますね」


 ────あれから数ヶ月。

 元々の親同士が仲良し、ということもあり、しょっちゅう私とユーリは互いの家を行き来していた。

 婚約者同士の定例会というか、まぁそんな所だ。お互い授業やら他の家とのお茶会やらで忙しいこともあるから、月に1度か2度ぐらいの頻度だけれど。


 ユーリとも大分仲良くなれたように思う。

 というより、最初の方に私から婚約者としての本音を曝け出したからだろうか。あまり余計な肩を張らずに、あくまで同年代のお友達として自然と話せることが増えた。……いや、精神年齢は大分離れてるけど。


「あなたの言う通り、今日のお茶はちょっといつもとは違うんですよ。隣国から取り寄せたものでして」

「隣国っていうと……、もしかしてタマルフォン国の?」

「ええ、そうです。あちらはここよりも濃い味というか、所謂スパイシーな味付けが多いらしく。だからお茶も普段とは一味違うのかと」

「へぇー、そうなんですね」


 隣国からのものとか取り寄せられるもんなんだ。知らなかった。知り合いに貿易商が居るとかなのか、それともアルトナー公爵家が輸入したものなのか。

 ……婚約者という立場でありながら、公爵家に嫁ぐ気が無さすぎて公爵家の領地のことやらを聞きかじった程度しか知らないな……。それも忘れる時は忘れちゃうし。

 ええっと何だ。確かアルトナー公爵領はとにかく広いんだっけ。で、昔から王家にも顔が利いていて……とか何だか……。


  うん、とりあえずなんかすごいとこだって認識ぐらいでいよう! 今は!


「あ、こっちのクッキーも美味しい……、幸せ」

「君、見かけによらず食いしん坊ですよね」

「んぐっ! ……す、すみませんつい。ユーリ様の前ではしたない真似を」


 公爵家のおやつが美味しいのがいけないんだ。と責任転嫁しつつ、現世の自分が淑女としていけませんわよ! と叱咤をかける。

 しかし、ユーリはそんな様子を見てもクスクスと笑っていた。


「いいえ、むしろあなたが自然体でいてくれるのは僕も嬉しいですから」

「……フォローしてくれなくてもいいんですよ別に」

「本当のことなんですけども……」


 微笑みながら、優雅にお茶を口につけるユーリ。

 お前ほんとに11歳か? っていうくらいのロイヤルさである。

 これで本物の王子じゃないんだから世の中わからんな。


 ……まぁ多分、三人の内まだ出会ってない最後の攻略対象が「隣国の王太子」だから、キャラ被りを回避するためにそうなったんだろうけど。と、突然のメタ。


「あなたはこれを聞いてどう思うか分かりませんが」

「?」

「僕はあなたが婚約者となってくれたことを、存外に悪くないなと思っているんですよ」

「?!」


 何……だと。驚愕の事実である。


(まさかユーリからそんな台詞が出てくるとは……。本編では私のこと興味ないっていうか、むしろ嫌がってる節あったのに)


 まぁ、公式のウィルヘルミナって、地味で弱気な割に惚れっぽくてミーハーな所あったからな。そういう所とかが好きじゃなかったのかもしれない。


 それにしたって一体どういう心境の変化なんだ。そう思った理由を知りたいが、なんか踏み込みたくない気もする。

 ……いや、待てよ。よく考えれば好都合か? どうせ恋愛事には発展しないのだし、きっとこの言葉も気心知れた友人に対するものに違いない。

 嫌われるよりかはまだ友人のような間柄で居た方が、後々の信頼関係も変に拗れずに済むかもしれないし。


 と思ったので、努めて明るくにっこりと微笑んで返す。


「そうなんですか。それはとても有り難いです! これからも仲良くしていきましょうね!」


 婚約者と書いて「トモダチ」と呼ぶ関係性として。

 私は君とアイラちゃんの恋路を応援しているよ。正しく言うと「アイラちゃんの逆ハー状態に入ることになるであろう君の恋」を希望しているからね。大丈夫。このゲーム逆ハールートもちゃんとあるから。安心して励んでほしい!

 そしてオタクの渇いた心をオアシスで癒やしてくれ!!


「……やっぱりどこかすれ違ってる感があるんですよねぇ……」


 ユーリが何かぼそりと呟く声がしたので、「え? 何か言いました?」と言おうとした、その時だった。



「ウィラちゃーーーーんっ!!」

「うぇっ?!」


 部屋の扉をバーン! と勢い良く、それはもう元気にお開けになった公爵夫人が来たのは。


「あ、アルトナー公爵夫人……?!」

「やだ~っ! 公爵夫人じゃなくて「お義母様」って呼んでっていつも言ってるのに~! 相変わらず謙虚なんだから!」


 呼べるか。そんなことしたら身分差の恐怖が殴ってくるよ。


 この元気な金髪美女はエカチェリーナ・アルトナー公爵夫人。ユーリ様の実のお母様であらせられます。

 豊かなウェーブがかった金糸を綺麗にまとめ、右の髪だけちょっと垂らしているというオシャレヘアーっぷり。その美しさと社交性から社交界の華とも呼ばれ、私如きが身内扱いするには恐れ多い相手だ。

 ちなみにユーリの父も同様。婚約者であるユーリはこれまでに何度か遊んだことがあるし、何より同年代だから親しくなれたけれど、実際の公爵やその夫人を前にして恐々としないわけがない。


 ぷるぷると可哀想な小動物のように震える私を見兼ねてか、ユーリが「何の御用ですか母上」と助け舟を出してくれた。

 さすがユーリ! さすが王子様系キャラ! 王子じゃなくて王子様「系」なのがミソねこれ!


「んふふふ、実はねえ、今日はウィラちゃんにしてもらいたいことがあってぇ」

「してもらいたいこと……?」

「まぁまぁ、ひとまずこちらにいらっしゃい!」

「えぇっ?!」

「ちょっ、母上?!」

「ユーリもこちらに来なさいな~」


 迫力バツグンの金髪美女に手を引かれるがまま部屋を出る。どうやらこの公爵夫人の突撃訪問はユーリも知らないところらしい。ついてこいと言われたので、諦めてひとまず後ろについていくことにしたようだ。


 それにしても、一体なに。どこに連れて行かれるの私は。



 *



 意外にも、連れて行かれたのは公爵家の応接室だった。

 そこに居たのは、長身で紫色の髪をした美形の……、


「ンま~~っ! この子がウワサの婚約者ちゃん!? 可愛らしいわね~~っ!!」



(オ、オネエだーーーーーーーーッッ?!?!)


 オネエである。

 身長と体型から言って紛れもなく男性、なのにこの口調。完全なる、オネエである。


「そうでしょうそうでしょう! ベルンハルド、この子のドレスを新しく作って欲しいのよ!」

「べっ、ベルンハルドって……! ま、……まさか」

「あら! もしかしてアナタ、このアタシが手掛けるベルリーナ・ブランドをご存知で?」

「も、勿論知ってますよ! というか、貴族の子女で知らない子は100%居ません!!」

「ウフフ、まぁ当然のことだけど! 嬉しいワ、アリガト♡」


 パチン! とかまされるウィンクが眩しい。



 現在巷で大活躍中のスーパーデザイナー、ベルンハルド・カヴァーニが手掛けるベルリーナブランドは、全ての女の子の夢が詰まった憧れの服である。


 噂では、この人の作ったドレスは貴族の中でも少数……、いわば選ばれた者しか着れないほどの値段がするらしい。それもまた希少価値を上げており、毎年社交シーズンは注文が殺到するのだとか。

 そのデザイナーさんが今、目の前に。

 か、感動で足が震える。


 しかも、オネエだよ。オネエ。


(ダメだ。オネエというだけで無条件に「あっこの人のキャラサイコーだな」と思ってしまう。オネエの無条件にめちゃくちゃ信頼できる感じ何とかして)


 正直この時代にそのキャラはどうなんだと思わなくはないけど! 乙女ゲームの世界だから気にしなくてOKだな! オタクはオネエに弱えんだ!!(※偏見)


 ────そこではた、とあることに気付く。


 思わぬオネエキャラについテンションが舞い上がってしまったが。

 ついさっき、この美女公爵夫人は何て言った?


「まさか、本気でアレをやらせる気なのですか? 母上」

「勿論! だって長年の夢だったんだもの~~!! この機会を逃してなるものかってカンジよ!!」


 待って何の話。私を置いていかないで。なんだかものすごく嫌な予感がするから余計に置いていかないで説明して。


「……あ、あのー……、申し訳ありません、ちょっと事情が見えてこなくて……」


 おずおずと手を上げて言うと、公爵夫人はキラキラと輝く瞳で私を振り返り、こう言った。


「再来月はユーリの誕生日パーティーがあるでしょう?」

「は、はぁ、そうですね……」

「だから、その時にウィラちゃんが着るドレスを作ってもらうのよ!!

ユーリとお揃いデザインのもので!!」

「は、」


 な ぜ そ う な る ? !

 

 あんぐりと開けた口が塞がらないまま、あまりの衝撃にふらふらと身体をよろめかせると、オネエデザイナーさんが両肩を支えてくれた。

 と思ったのも束の間。


「さぁ、まずは採寸からよ~~!!」


 ────どうやら、この肩にかかる手のガッチリ具合から見て、親切心のみで掴んだわけではないらしい。

 その言葉を聞いた瞬間、さっきはあれ程神々しく見えた彼が私の中で悪魔にすり替わった。

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